第17話 ヤローとバトル

 成海優についてはどう調べたものか。夢くんに直接聞くのも悪い気がするし、由真さん……だとお祭り騒ぎになりそうだし。ここはやはり伊田屋さんだろうか。でも亡くなった人の個人情報を教えてくれる可能性は低いかも。


 そんなことをずっと考えていたらいつの間にか授業は終わり、今日は制作の手伝いはないので夜までは時間がある。

 夢くんとの約束のためにしっかり準備しておこうか……って、別にやましいものがあるわけじゃなしに……『綺麗にしとけよ!』って、さっき陽平がこざかしいことを言ってきたので、とりあえずぶん殴っておいた。


 靴を履き替え、校舎を出て学校の正門へ。

 するとそこに見たことのない妙な黒いセダンが停まっていた。


(あからさまにあやしいじゃん……)


 ガラスにはフィルムが貼られているのか中は見えないが、アイドリングがかかっているということは中に人はいるのだ。

 誰かの迎えかと思って車をにらみつつ、通り過ぎようとしたら狙っていたように窓が開いた。


「やぁ、夢彦の親戚ちゃん」


 ガラス窓の向こうから不敵な笑みを出したのは自分の大嫌いな“ヤロー”だった。思わず窓から石を投げ入れようかと思ったが、後ろ姿だけちょこっと見える運転手が体格が良いように見えたので、それはやめておいた。


「キミのこと、待ってたんだ。良かったら、というか話がしたいから乗ってくれる」


「嫌だと言ったら?」


「嫌だと言ったら、別に夢彦が困るぐらいじゃないかな」


 その言い方にまたカチンとくる。一応恋人のくせに夢くんを盾に使うなんて。きっと自分のことは親戚である、あの白髪部長にでも聞いたのだろう。そいつ諸共、絶対にぶん殴ってやると心に決め、仕方なくうなずいてやった。


 運転手によって自動的にドアが開いた、が自分が立っている方とは反対側だった。普通は近い方のドアを開けて、中にいるやつが「どうぞー」と奥へ詰めるだろうに、とことん性格が悪い。

 相手にもわかるよう舌打ちしながら反対側に回り、鈴城の隣に乗り込んだ。


「出していいよ」


 車内にフレグランスの香り漂う中、鈴城が運転手に指示を出すと車が動き出した――それは、いいのだが。


(あ……もしかしなくてもヤバいところにきちゃった、俺……?)


 一瞬にして今の自分の立場を理解した。

 この状況は……密室、連れ去り、拉致監禁……? あー人生、詰んだかも。もしくは俗に言う、海や川に沈められるパターン?


「ねぇ、キミってさ、夢彦とは親しいの? 親戚というのはわかってる。今は成り行きで一緒に暮らしているというのもね。でもそれだけだろ。キミには将来性もなければコネもない、後ろ盾もない、何もない」


 よくそこまで大して知らない他人をバカにできるものだ。このヤローにとって他人などどうでもよく、好きな人が黙って言うこと聞いてればいいのだろう。


「ふん、俺だってあんたのことは情報を集めてんだ。あんた、高校の時からずっと性格最悪なんだろ……いや、絶対にガキの時から悪いんだな、じゃなきゃそんな素晴らしい性格にならないもんな」


 負けじと言い返してやる、まだ情報は少ないけど。運転手がズンズン知らない道路を走って行ってるけど。かまうもんか……でもちょっとだけ、スマホをこっそりと確認……はい、オッケー。


「あんたはずっと周りを見下してきた。自分が気に入ったやつしか認めない最悪なやつだ。嫌いなやつはとことん追い詰めてきたんだろ」


「……何が言いたいわけ?」


 鈴城の表情に不愉快さがにじみ出てきた。きっと今まで言い返してくるやつなど、そういなかったのだろう。言い返せばみんな返り討ちにあうから……自分は怯んでたまるか、夢くんを守るんだ。


「あんたは周りを追い詰めまくった。その結果、取り返しがつかないことになったやつだっていたんだろ。成海優のこととかな!」


 その人物の名前が出た途端、鈴城のシャープな眉が歪む。


「なんでキミがそいつを知ってるわけ?」


「ふん、あんたを蹴落としてやるためだ。成海さんはあんたも関わるツクルGで働いていたけど死んでしまった。あんたがいじめたからだよな!」


「そんな証拠があるわけ? ねぇ、そう言うのって侮辱罪になるよ、いいの?」


 そんな脅しが聞くか。負けじと鈴城をにらみ返し、日々希は鼻を鳴らした。


「そんなに言うってことは図星なんだろ。あんたが高校の時から成海さんをいじめてたのは有名だ。んで社会人になってからもそれをやっちまった。きっとツクルGにいる“おじさん”とやらがその証拠ももみ消したんだろ!」


 ――ガンッ。

 鈴城が怒りをあらわに車のドアを殴った。


「さっきからさぁ、腹が立つ勝手なことばっかり言ってくれるよね。だから、証拠、あんの? 仮におじさんが消したとしたら証拠はないわけでしょ? 大人の世界はさ、証拠がないと誰も動いてくれないんだよ? ガキがギャアギャア騒いでるだけじゃね、誰も聞きゃあしないわけ」


 それに――と。

 鈴城は足を組むとバカにするように口角を片方だけ上げた。


「成海を追い詰めたのは僕じゃなくてキミの大好きな親戚のお兄ちゃんなんだけど?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る