第2話 アオハルアフレコ

「俺は、俺はっ、ユメのことが大好きなんだ!」


 二次元のことだとわかっていても、知らず知らず拳を握るくらい力が入っていた。声も震えた。

 けれど逆にそれがよかったようで、アニメーター科からも陽平と准からも絶賛された。


「いいじゃん、日々希っ! アオハル中の恋するやつって感じ! 相手役のオレがドキドキしちまうわ〜」


 赤茶色の髪した陽気な陽平ようへいが台本片手に肩をバンバン叩いてきた。

 一方のじゅんは黒髪の下にあるメガネを指で押し上げて「確かにすごいね」と冷静なコメントだ。


「実際の相手の名前使うと思い入れが違うな。でも内容……恋人持ちのユメを一途にひびきが想い続けているのはいいけど、卒業までの間に印象づけ、略奪狙って最後は告ってハッピーエンドってどうなの? 正当なアオハルなのか?」


 准の言い分もわかる。アニメーター科と相談して作ったシナリオではあるけど、ド直球のアオハル……ぽくはない。どっちかと言うとドロドロ系? 略奪って……。


「まぁ〜どっちかっつーと。それまでの間、響がユメと過ごすムズキュンが楽しいみたいだぞ」


 陽平がヘラヘラと語る。妙なシナリオでも別に気にしない性格だ。


「あとは単に、目的は日々希の声だろうな。テストで聞いてるみんなも盛り上がってるし。多分日々希の声で聞きたいセリフをみんな言わせてんじゃね?」


 日々希は台本に目を落とし「まぁ、盛り上がってるならいいけどさ」とつぶやいておく。

 でも主人公の名前も漢字は違うけど“響”にしたのはやり過ぎだったかも。台本に並ぶ“ユメと響”を見ると恥ずかしくなってくる。


「なぁ、日々希。ところでさー、ユメってどんなやつよ?」


 陽平の質問に日々希は台本を手に固まる。


「ど、どどど、どんなやつって……」


「あ、めっちゃドモッてる、おもれー。准、校内にユメなんて名前のやつ、いたっけ?」


「いや、わからない。というか校内にいたら堂々とその名前と自分の名前を使わないだろ。イタすぎる」


 准の指摘に(悪かったな)と返しておく。どうせ自分はイタイやつだ。


「そっか、校内のやつじゃねぇのか……じゃあ他校? なぁなぁ日々希、どんなやつー? 告ってないのー?」


「こ、告れるわけないだろっ」


 相手は十歳も上。大人だし。そもそも会えてないからどんな状況なのかもわからない。


(もしかしたら恋人がいるかもしれないし……結婚は……母さん情報だと、まだないけど)


 このユメと響のように。響が想い続けて、いつかユメが恋人と別れ、ユメが響の大切さに気づいてくれてハッピーエンド……なーんてことになれば。


(……会いたいなぁ)


 母さんに『学祭に呼んでよ』なんて頼んだら来てくれるかな、なんて。

 いやそれよりも連絡先交換できたらな、なんて。あわよくばたまに会えたりしないかな、なんて……。


「おーい……おーい、日々希ー?」


「ダメだ、陽平……完全に飛んでいってる」


「ははは、おもれー。オレも高校のうちに恋人欲しかったなー」






 そんなこんなで迎えた学園祭当日。定番のカフェやお化け屋敷、ギャラリーなど多数の催しが揃って大盛況の中、演劇科のイベント内容が校内放送された。


『間もなくB教室にて演劇科とアニメーター科とのコラボ作品が上映されます。アニメーター科が生み出したアオハルアニメに、演劇科の声優陣が声当てして生み出す素晴らしい作品に胸キュンすること間違いなしです――』


 小っ恥ずかしくて背中がムズムズしてしまうアナウンスを聞き、控室にいた日々希含む演劇科は「さて行くかぁ」とB教室へ移動したのだが――。


「な、なんだよこれっ!」


 教室に入る前から廊下に並ぶ行列に呆気に取られた。ここは大人気のラーメン屋かと思うぐらい、人でごった返している。どうやら教室内はすでに満席で、並んでいる人達にはこの後も同じイベントがあるので整理券を配っているらしい。


「すっげぇなー、さすが日々希くん人気?」


 お気楽な陽平がケラケラ笑っている。


「あぁ、それもあるだろうが……多分ジャンルが人気なのかもしれないな……ボーイズラブが」


 准の解説に「へぇーそうなの?」と陽平が関心していた。


「昔は隠れファンが多かったみたいだが今はなんでもオープンだからな。好きなイベントがあれば飛びつくさ」


「ふぅーん、でも日々希くんはリアルでもしっかりボーイズラブしてるもんな? ユメみたいな子にさぁー」


「へ、変なこと言うな! 教室入るぞっ」


 失礼しまーす、と声を張り上げ、人の波をかき分けて教室へ入る。

 そこは普段は授業を行う教室の一つだが、今日はイベントだ。黒板前には天井から巨大スクリーンが吊るされ、その前にはプロジェクター。観客席はパイプ椅子を五十人分セットしてある。


「スッゲ、満席だ」


「これは失敗できないな日々希?」


 プレッシャーだ、こんなに大盛況とは。

 観客席には女子男子を含む生徒の他、社会人らしき女性も男性も多い。なんならスーツ姿の人もいるがスカウトだったりして。


(……キャラの名前、ユメにしておいてよかったかも)


 たかが学祭とはいえ、こんなに人気なら手は抜けない、元から抜く気なんてないけど。本当に大好きな人の名前なら、しっかり気持ちを込められる。


(ユメ……夢くん、俺、頑張って、夢くんに追いつくから。そしたら……そしたらいつかは、俺、夢くんに……)


 アフレコは声優陣の顔は見せないで行う。なのでスクリーンの後ろにスタンバイして、日々希は大きく深呼吸した。

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