無理恋でもマジ好きで(土日更新)

神美

俺はアニメキャラで愛を叫ぶ

第1話 俺の好きな人

「あ、日々希ひびき! 行ってらっしゃ〜い」


 朝の見送りの挨拶なんて聞き慣れない。

 しかも今まで一緒に住んだこともない相手からの挨拶なんて。


「い、行って、きます……」


 けれど嫌悪なんて微塵もなくて。緊張と嬉しさに胸がはずんだ。ホントは笑顔で挨拶を返したかったけど、たどたどしくなってしまったことに後悔して、足早に顔も見ず、大好きな人がいるリビング前を通り過ぎた。


(な、何やってんだよ俺っ……! 演劇科トップが、こんな醜態っ!)


 声にならない声で「くぅ〜」と歯を食いしばるが、もう遅い。自分は玄関にたどりついている。できたらもう一度やり直したい。笑顔で「夢くん、行ってきます!」と言いたかった、はぁ……。


「あはは、日々希くん、かわいっすね〜」


 悶々としている自分をよそに、リビングから声がした。この明るい調子の良さそうな声は彼の部下の声だ。


「声優志望なんだよな? aBc学園でやっていたアニメの生アフレコ、良い声してたって話だったな」


 この低めの声は彼の上司の声。

 そして――。


「そうですね、もう少しで高校卒業なんで。いつか一緒に制作できたら嬉しいです。まさか俺の家から近い学校とは思わなかったけど」


(……夢くん)


 この声が自分の心臓を速く動かす声。

 遠縁で小さい頃はよく会ったけど、十歳上の彼が社会人になってからはほぼ会わなかった。

 新谷夢彦あらたにゆめひこ、ツクルGというゲーム制作会社のプランナー。


「卒業まであと半年くらいでしたっけー? その間、夢彦さんとこで居候するんすよね? オレも居候したいなー」


 明るい声の主がそう言うと、低い声の主の面倒くさそうなため息が聞こえた。


「お前が居候してたら、仕事がますます進まねーわ。今回はお前の希望を聞いて夢彦んちに朝から来てるが明日は会社でやんからな。あ、今日希望を聞いてやった礼忘れんなよ、スナバのコーヒーな」


「えーっ⁉」と、明るい声の主。


「マジっすかぁ? だって日々希くんの声、聞きたかったしぃ……それにスナバのコーヒー高いんすよぉ、安月給のオレにはきびしーんすけど」


「それが嫌ならさっさと良いゲーム考えてAD卒業しやがれ」


 部下と上司のやり取りに、夢くんが笑う声がする。楽しそうでいつまでも聞いていたいが登校しなければ遅刻だ。


(夢くん、行ってきます!)


 あらためて気合いを入れ、日々希は玄関を飛び出した。






 それは数ヶ月程前のこと。

 自分が在籍するaBc学園は学園祭を開催するにあたり、準備期間にあった。

 自分が所属する演劇科は最後の学園祭ということで好きなメンバーで分かれ、それぞれにやりたいことをしようということになった。


 自分は一年の時からつるんでいる同級生の陽平と准との三人で、あることにチャレンジを決めている。

 アニメの生アフレコ……アニメーター科とのコラボ作品にしようと何ヶ月も前から話し合いを重ね、アニメを流しながらキャラのセリフを三人で生披露しようという計画だ。


 自分の夢、それは声優になることだ。

 演劇科を取っているが、もっぱら演劇よりは声を出す方を専攻させてもらっている。これでも実力は高いと評判で、何気にファンも多いのが自慢だ。


 生アフレコなんて絶対楽しい、と張り切っていたのだが。企画初っ端、アニメーター科からとんでもないリクエストがきてしまった。


「日々希くんの声で、ぜひ恋愛ものをやってほしい! ボーイズラブでいこう!」


 それを聞いた途端、三人で唖然とした。別にボーイズラブが嫌だとかではなく、恋愛と聞いた途端、自分の中にずっと会えていなかった一人の人物が浮かんだから。


「日々希くん、好きな人いるー? いるならその人っぽいキャラを描いてあげる! その方が気持ちが入りやすいでしょ? 問題なかったら名前もその人の名前、つけちゃってもいいよ?」


 アニメーター科からのとんでもリクエストはさらにとんでもな展開だ。でもそう言われると、その方が確かに気持ちは入りやすい。最後の学祭だし、学祭は多くの人が来るし、実力を存分に発揮すれば声優としての道を切り開きやすくなるかも。


「えっと……髪はこげ茶で、ふんわりウェーブの短めの髪。笑顔が素敵で……」


 ずっと会ってはいないけど、親戚の集まりに顔を出す母親から定期的に携帯へ写真が送られている。


「あんた、夢くんのこと大好きだったもんねー。ほらほら、相変わらずとっても素敵なイケメンよ。あんたも目標にしなさいね」


 しなさいね、と言われても。自分は彼のように背は高くないし、髪は好きでシルバーに染めてるし、好きでゴシックファッションにしてるし。

 でも送られてきた写真の彼は笑顔が相変わらず素敵過ぎて胸キュンだった。どこに住んでるのか、ゲーム会社勤務してるとしかわからない。


 でもゲーム会社にいるなら、いつか声優として売れれば制作側として会えるかも……。

 そんな淡い期待を抱いている。

 だからどんな内容でも全力を尽くすに限る。


「んで、日々希くん、キャラの名前どうする?」


 声当てするキャラの、お相手になる名前。アニメーター科の生徒のスケッチには彼に似た笑顔が素敵なキャラクターが描かれている。

 名前、出しても大丈夫、かな……でもその方が、やはり気持ちの入れ方が違う。


「ゆ、ゆめ……ユメで」


 夢彦で、とはさすがに言えなかった。

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