7.私を知らない皇帝陛下
でも、そうか。こちらの私は自立を目指さなかった。
誰かに助けてもらう道を選んだからエルネスタと出会わなかったし、転生者同士ともわからない。
「オルレンドル帝国には皇太子からヴィルヘルミナ皇女殿下が退き、ライナルト殿下が代わりに立った。そこからは、ま、色々あってなんとか皇帝にって感じね。被害も大きかったけど、辛勝って感じ」
『箱』が気になるけど、尋ねようにもあれは機密事項に近い。繊細な問題だから質問のタイミングは考えなきゃならなかった。
「あのときの街はけっこう痛手を負ってたわね。宮廷は大爆発、皇女殿下は亡くなっちゃったけど、殿下の手回しが良かったし、民の人気が高かったから歓迎はされてた」
「ああ、エルネスタさんが銃を開発したからそのあたりも?」
「銃?」
不思議そうな顔をされてしまった。
エルが銃を開発してオルレンドルに波及させたはず、おかしなことは言ってないはずだ。
「エルネスタさんが銃を開発されたんですよね。だからオルレンドル帝国に普及してるんじゃないですか」
「なにを誤解してるかしらないけど、わたしはたしかに硝子灯の開発なんかや銃の改良は手がけたけど、銃自体は昔からあったわよ?」
――え?
「あれは使い勝手が悪くて目立たない、対費用効果が高いだけの日陰者だったのは確か。だから誰でも使えるようには手がけたけど、だからってわたしが開発者なんておこがましいこと言う気はないわ」
元の開発者の功績を奪うつもりはない、と断言される。
私の心は、まるで途方に暮れた子供のように立ち尽くした。
「あれ……?」
「ちょっと?」
あれ、あれ?
さっきからなにかが違うと頭の片隅で感じていた。際限なく違和感が付き纏っていたけれど、喉がからからになって、さっきの自分への忠告なんて忘れて問うてしまう。
「エルネスタさん」
「なによ」
「転……う、生まれ変わりって、ご存知ですか」
この質問は禁忌だ。知っていれば私が何者かといった話になる。さらなる困惑を招く事態を覚悟せねばならなかったが、予想に反し、エルネスタは顔を歪めるだけだ。
「そのくらいはわかるけど、あなた変な宗教にでも被れてるの。わたし、そういうの信じてないから押しつけは困るんだけど」
心底迷惑げな、頭がおかしい人間を見つめる眼差しだった。この姿に嘘偽りはなく、私は彼女が「転生」そのものを知らないのだと気付いてしまう。
じゃあ、もしかしてこのエルネスタは、私に出会わなかったエルじゃなくって、そもそも転生者に肉体を乗っ取られなかったエルネスタ?
たまらず机に身を乗り出し詰め寄っていた。
「前帝カールの側室はわかりますか!?」
「また変な質問を……。一応はわかるわよ、どうぞ。なにが知りたいの」
「な、ナーディア妃です。四妃ナーディアという人はいますか!?」
「四? だとしたら聞いたことない名だわ。六番目くらいまでなら関わったことあるから知ってるけど、そんな名前の人はいなかったはず。末席にいたら流石にわからないけど……」
「では『山の都』は?」
「また珍しい名前を……たしか銃を伝えた国らしいけど、昔滅ぼされてそのままでしょ」
「な、なんで長年放置されていた銃の改良をエルネスタさんができたんですか」
この質問はエルネスタのご機嫌を損ねてしまったらしい。素っ気なく「知らない」と言われて教えてもらえなかった。
嫌な予感に、背中に汗がひとすじ流れる。
転生召喚の元となった『山の都』の子孫ナーディアがいないなら、こちらの私は、本来生まれていたはずの私になるの?
エルネスタの話を思い返す。キルステン母の不貞がきっかけとは言ったけど、記憶障害があったとは言わなかった。
二の句が継げずにいる間に、エルネスタは最後の一口を食べ終えた。
「私はまだ仕事が残ってるから、これが最後よ。精霊について知りたいでしょ」
「あ、はい。果物を用意しますから、そちらも食べながら、是非」
だめだ混乱してきた。頭を落ち着けるべく、いったんこの話は脇に置いておこう。
用意したのは梨だ。甘い果汁を満喫しながら、ずれた話題を元にもどす。
「色つきは、精霊に関連してる」
曰く、色つきが出現しだしたのは一年くらい前から。魔法院の人に限らず、一般の人も突然髪色が変わって、魔法の才能を開花させた。
「大昔に姿を消した精霊が突然姿を現し始めたのも一年ちょっと前。それからしばらくして、各国の代表に接触して共存を図りたいと申し出てきた」
「……皇帝陛下はなんて返答を?」
「もちろん否よ。陛下は魔法を嫌ってるし、いまさら申し出てこられても、って感じ。共存とは言っても、精霊の要求は土地を寄越せ弄るな近寄るなってものだったし、それを認めちゃったら新しい都市計画を止めなきゃいけなかった」
簡単に説明してくれるが、現実問題、相当揉める内容だ。
精霊にしたら住む場所を返せと主張しているだけかもしれないが、人間側にしてみたらぽっと出の者達に入り込まれ、土地を奪われるも同然になる。
為政者としてはたまらないだろう。
皇帝は精霊を認めず、彼らの要請を拒み、拒絶した。この時にはヨーへの進軍が始まっていたから尚更だ。彼にとってみれば、大陸制覇の夢半ばに精霊に茶々を入れられたようなもの。不愉快極まりなかったはずと容易に想像できるが、精霊が接触を図ったのはオルレンドルだけではない。
ラトリアやヨー連合国は精霊の出現を歓迎した。
即位から数年の間に力を付け、勝ち戦を進めていたオルレンドルに対抗する力を必要としたためだ。
実際、精霊の協力を得てから一年ほどでヨー連合国は力を付けた。
トゥーナ領の半分がヨーに落ち、領主たるトゥーナ公もまた戦死した。ヨーの出現は神出鬼没で、不思議な空飛ぶ生物がいたとも囁かれた。帝都からの援軍は間に合わなかったのだ。
トゥーナ公、リリーが死んだという報は私に衝撃を与えたが、疑問は残る。
「精霊って、人の戦に手を貸すんですか……?」
いつか接触した純精霊の記憶では、彼らは人の政に干渉するのを禁忌としていた。
私の疑問にエルネスタは肩をすくめる。
「私は精霊じゃないから知らないわ。ただ彼らが戻ってくるまでの期間は相当長かった。考えが変わった可能性や、大陸に戻ってくるために条件を呑んだ可能性はいくらでもあるでしょうよ」
「そうですね、戻るまでは時間があった……」
「精霊側の代表は通称白夜と名乗った。女形の精霊で、彼女は陛下との交渉の後に、こう言った」
『貴殿が我らを拒もうとも、すでに兆候は始まっている。人は我らを拒めないよ』
この兆候が始めなんなのかは不明だったものの、しばらくして理由が判明した。
「"色つき"の出現よ。特に魔法院の中に多く出現したのがいけなかった。連中の多くは昔通り精霊を迎えるべきだと声高に唱えたし、離反者まで生んだから……」
皇帝は、精霊は侵略者なのだと唱えた。精霊に同意を示した“色つき”の言葉は邪魔以外の何物でもなく、大半は捕らえられた。帝都内は”色つき”、ひいては魔法使いにピリピリしている。
「幸いなのは、わたしたちに利用価値があること。オルレンドルに従順であれば殺されはしない。だから下手な行動を起こさず、静かにしていなさい」
「エルネスタさんは、魔法院に登録されていない私を弟子にして大丈夫だったんですか」
「大丈夫ではないけど、もし向こうに確認が入ってもシャハナなら黙認してくれるわよ」
おかわりまできっちり食べ、私の分のお皿まで回収してくれる。追いかけようとすると断られた。
「今日はもういいから風呂入って寝なさい。明日は出かけなきゃいけないし、その顔色を明日まで引きずられると迷惑よ」
「出かける? まさか私もですか?」
「うちに貴女の服はないし、この先薄毛布だけで過ごせるわけないでしょうが」
「お金、ないですよ」
「わたしが出すに決まってるじゃない」
だいたい、と彼女は私を指さす。
「そんな仕立ての良い服で、家政婦だって名乗られても説得力の欠片もないのよ」
「他に服持ってないですし」
「だから揃えに行くの。それにいつまでもなにもしないと、この子達がうるさいったらありゃしない」
そんなわけで、翌日に森を出たのだが、やはりといおうか、エルネスタの家は帝都グノーディアを出た外周の山奥にあった。街道に出れば、たくさんの人や荷馬車が行き来していて賑わっている。帝都内と違って笑顔が多いけれども、人々がこちらに向ける目は険しい。
フードは目深に被り、小さくなって歩く私に、堂々と闊歩するエルネスタは呆れた。
「辛気くさい、せっかくの外なんだからしゃきっとなさいな」
「してますよぉ」
「帝都じゃなにやったって変わんないのよ。だったら堂々としている方がいいってもんでしょうが。なんにも悪いことしてないんだから」
昨日の無理が祟って身体に影響が出ているが、怠い程度だからまだ問題はない。
エルネスタは私の私物を買い足してくれるが、私も日常品を含め、買い出し品をメモしている。
「最初は服がいいかしら」
「いえ、急を要するものが荷物になるから、先に食品店で買い物して、早めにお家に届けてもらうよう手配しましょう」
「ええ……適当でいいじゃない」
「もう血抜きもまともにできてないお肉なんてごめんです」
「でもいい肉って高いし」
「捌く前のもののまとめ買いだったらいくらか安めでしょう、なんだったら猟師さんに直接交渉してもらった方が早いくらいです」
「……捌けるわけ?」
「得意です」
懐疑的だが、自信満々に頷いた。鹿は吊す作業に力を使うけど、そこは黒犬と黒鳥がいるから手伝ってもらえるし、一頭丸々捌けばかなり持つだろう。豚、牛、兎と仕入れられたら万々歳だ。保存肉の作り方はコンラート時代に教わっている。
必要なものを指折り数えた。
「お野菜は家庭菜園があるから助かりますけど、芋類は必要でしょ。あと小麦粉も少なかったし、チーズは絶対です」
「大量買いすれば流石に届けてくれるけど、なんかほんと、あべこべなお嬢様ねえ」
「理由聞きたいです?」
「やめていらない」
「あっ、待ってください。置いていかないでー」
早歩きで行ってしまう。
帝都に到着した私たちだが、遭遇したのは大通りを埋め尽くす人の波だ。エルネスタはげんなりとした様子でしまったと呟いた。
「演習って今日だったのか。明日にしておけばよかった」
「みなさん盛り上がってますけど、演習がそんなに嬉しいものなんでしょうか」
「そりゃあオルレンドルの熱心な国民の皆さんだもの」
皇帝陛下直々の演習凱旋の帰還行進らしい。精霊の出現で多少揺らぎはしたが、オルレンドル帝国を屈強にした皇帝陛下は民にたいへん人気らしく、演習の帰還は決まって人でごった返すそうだ。集う人々には、初日に皇帝の噂話を話していた人達とは違う熱気を感じた。
……ここで待っていれば皇帝が通る。
エルネスタとは別行動をとり、行進を見学させてもらうことにした。エルネスタは薬草店へ、私は目立たぬよう後方で待っていたら、しばらくして周囲のざわめきが大きくなった。
私の知るオルレンドル兵の行進は戴冠式のものだけど、その時にも引けを取らないほど人々は熱狂的だ。数百の兵士たちが前進すれば、大地自体が彼らの歩調に合わせて震え、太陽の光を浴びる軍旗が誇り高く空を舞っている。
そんな中で、ひときわ目を引くのは非人間的な美貌だ。
見知ったようで知らない人が民の羨望を一身に集める様に、苦々しい思いを隠せない。
あの人は私の婚約者ではないけれど、ひと目でも見たいと思ったのは帰還の決意を固めるためだ。
皇帝は笑んでいても、民に対して感動がなかった。見かけだけの表情にうっとりと焦がれる人もいたけれど、彼における民衆とは、国を動かすための駒達だだ。
客観的に見れば私のライナルトだってそういう人ではあるけれど、人を人と思わぬ目を直接向けられたことはないから、胸が痛みを覚えてしまう。
だって、まだたったの三日。
会いたくて、大丈夫だと抱きしめてほしくて、愛しいがゆえに目が合った気がするなんて錯覚まで覚えてしまう。
私の知るライナルトそっくりだったら落ち込んでいたかもしれないが、ちょっと長めの短髪が別人だと教えてくれたので、泣くには至らないのが幸いだった。
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