第4-4話 彼女との最後の夜
東京都内某マンション。
桂城和奏は退勤後、自宅のベッドに膝から崩れ落ちるように身体を投げ出していた。
身体が重い。
原因は彼が既に死を覚悟しているかのように振舞っているのを身近で見ているのが堪えたからだ。
「お願い……炎さん。死なないで……」
それに加えて7年前に喪った兄の事まで思い出してしまうともはや身体が深海に沈んでしまったかの様だ。
深海の水圧に為す術なしという感じで全身が全く動かない。
「あぁ……また……」
瞳から零れ落ち枕が湿っていく。
そんな最中、玄関のインターホンが鳴る。
「……??」
宅配業者が訪れるような時間はとうに過ぎている。
防衛省で働く親友・麗水海咲の場合、自宅に来る際、必ず連絡をしてくる。
(誰?)
不審者の登場かもしれないと思った瞬間、皮肉にも和奏の身体は動いた。
恐る恐るインターホンの映像を見るとそこにいたのはどこにでもいそうな一般成人男性だった。
「炎さんッ!?」
桂城和奏は大急ぎで玄関のドアを開ける。
「どうしてッ――!?」
男は彼女が口を両手を塞ぐ。
「しぃー。ドア開けたまま大声出すのはやめよ?入れてもらっていい?」
和奏は男の意図を察し、部屋の中へ招き入れる。
「いきなり来てごめんね。イルフェノからさ。『――ワカナに逢いに行きなさい』って言われて。麗水ちゃんから住所聞いて勝手にきちゃった。突然の自宅凸。いつかのお返しだねって。か、桂城さん!?」
和奏は男に抱き着いた。
「お願いします……120層の攻略には行かないで下さい……」
彼女の涙を見て何も感じない訳がない炎の仮面冒険者だったが、彼女を抱きしめ返しながら自分の意志を伝える。
「綾覇ちゃんを見殺しにする事は出来ない。それがクランを創った人間としての責任だから」
「病気による死期の事までクランマスターが責任を追う必要なんてありません!!」
「クランマスターだからというだけじゃないよ。俺が綾覇ちゃんを見捨ててしまったら今俺の事を慕ってくれてる周囲の人たちからも桂城さんからも失望されるんじゃないかなって。そっちの方が怖いんだ俺……」
炎の仮面冒険者は自分の正体を知っている彼女の前で初めて弱音を吐いた。
「周囲がどう思うと私は絶対軽蔑したりなんかしません!私は最後まで炎さんの味方ですッ!!!」
「ありがとう」
男は彼女の身体を更に強く抱きしめる。
「でもごめん。明日俺は120層に行く。桂城さんには絶対帰ってくるからって約束する事しか出来ないけど。防衛省の人達に俺の事伝える?」
彼女は涙を拭いつつ、首を横に振る。
「そんな事したら炎さんに嫌われちゃいます」
「黙っててくれてありがとう」
「お願いです。今夜は炎さんの事を一生忘れられないくらい、愛してくれませんか?」
「もし俺のこどもが出来たらその子のお母さんになってくれる?」
「勿論です。『貴方のお父さんは日本で一番凄い冒険者だったんだよ』って1万回でも10万回でも言い続けます」
「そこまで言われ続けたら逆にその子に嫌われそう……」
「でも一日3回を1年間、それを10年続けたら1万回はいっちゃいます」
「意外と現実的な数字。でも
「ふふっどうでしょう?私の事、ベッドまで運んでください」
「承知しました」
男は彼女に喜んでもらえるかわからないがお姫様抱っこをした。
ベッドに辿り着くと、彼女の了承を得て、彼女の衣服、そして下着まで脱がし、一糸まとわぬ姿にした。
彼女の姿を見て男は自分の身体の体温が急激に上がるのを感じた。
そして自分の衣服も脱ぎ捨て、彼女と見つめあい、キスをした。
2人にとって最後かもしれない肌の重ね合いは夜が明けるまで続いた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
翌朝。原宿ダンジョン――。
「相変わらず桂城さん凄かった……」
120層――魔族都市踏破の日にも拘わらず、炎の仮面冒険者はゲッソリしていた。
『――昨晩は派手に盛り上がったわね。ふふふ。ワタシもまた楽しませてもらったわ』
焔霊剣皇イルフェノは感覚共有で再び抱く方も抱かれる方も楽しんだようだ。
「今日、死ぬかもしれない決戦の日なんだけど、俺こんなゲッソリしてていいの……?」
炎の仮面冒険者は完全に思ってるのと違う展開に困惑していた。
もっと死への緊張感に押し潰されてもおかしくないはずなのだが、身体が
昨晩の事も思い返せば自然と頬も熱くなる。
『――元々貴方、自分の身体で戦ってる訳じゃないじゃない。頑張るのはワタシ。それが貴方にとって今回のダンジョン踏破でのベストコンディションよ』
炎の仮面冒険者はイルフェノの言葉が理解できなかった。
「まあイルフェノの言葉を信じるよ」
炎の仮面冒険者は宙に浮かぶ撮影ドローンを見る。
「やっぱり俺はガチ踏破でも配信で流したい配信冒険者なんだなって思う。さあ視聴者の皆に見てもらおうか」
こうして120層攻略が始まった。
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