第3-29話 彼女の【運命】

焔霊剣皇イルフェノの登場にコメント欄は大爆発。




:うおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉおおお!!!

:これが仮面冒険者が契約した炎の大精霊なん?

:あまりの美しさに目がぁぁぁ目がぁぁぁぁ!!!

:俺決めた。この配信終わったらもう目ぇを開かない

:そしたらもうこの美女精霊見れなくなるぞ

:やっぱ前言撤回するわ

:こんな美女がアルパカとか冷蔵庫とかベビーカーに変身してたのか?

:仮面冒険者はよくそんな要求出来たなw

:改めて【精霊術師】というクラスのヤバさよwww




「綾覇ちゃん。生きてるよな?良かったぁ……」




綾覇救出に精一杯で絶頂のコメント欄の事など頭にない炎の仮面冒険者は綾覇はまだ無事である事を確認し、安堵した。



自然界に存在する森羅万象の中で最も美を極めたといっても過言ではない炎の女帝の登場に【魔族】たちは恐れ慄く。



『『『『『『『『『『―――――――ッ!!!(逃げろッ!!!)』』』』』』』』』』』



その紫の翼で上空に浮かんでいた千を超える【魔族】たちは応戦する事なく逃げ出し始めていた。




「あれ?」



これだけの数の【魔族】と戦うとならば死闘――そしてその後の【城の主】との決戦も覚悟していた炎の仮面冒険者は若干拍子抜けした。




「まあ戦わずに済むならそれに越したことはないか」




炎の仮面冒険者は綾覇と新人マネージャー風の『師匠』を閉じ込めている井戸のような石壁を真紅の剣で【溶断】する。



石の障害を取り除く事に成功し、周囲を見渡せるようになった『師匠』は周囲に【魔族】の気配を感じなくなり、剣代わりにしていた紫色の体躯を放り捨てた。



綾覇は俯いたまま何も話そうとしない。




「『師匠』、彼女の危機に迅速に駆けつけてくださって感謝です。俺だけでは無理でした」

「気にする事はない。遠因は私にもあったのだから。しかしこれで問題が解決するという訳ではないのだろうな」



『師匠』は新人マネージャーを装うための眼鏡越しに覇気を失っている綾覇を一瞥する。



「……綾覇ちゃん。一緒に戻ってくれるよね?」

「……はい」

「では大変ご心配をおかけしてしまった配信視聴者の皆さん、無事彼女を保護できましたので今回の配信はここで終了とさせていただきます」




:まあ彼女が死なずに済んで良かった

:【城の主】は見れんかったけどそれ以上にいいもん見れたわ

:炎の大精霊、美しすぎてしゅき……

:この美女精霊から男の声が発せられるの違和感半端ない

:確実に数日間、この炎の美女精霊の話題で持ちきりやん

:また皆でSNSバズらせるぞぉぉ!!




こうして彼女の暴走配信も悲劇の結末を大衆に見せる事なく終了した。


虚ろな彼女をクラン【炎麗黒猫】の拠点まで連れて帰る事も出来た。





    ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





原宿ダンジョン、クラン【炎麗黒猫】の拠点にて――。





碧偉、龍美、清楓――。


【黒猫ハーバリウム】の3人に加えてマネージャーの野河南月も駆けつけていた。



彼女達は綾覇に会ったら言おうとしていた言葉を思わず飲み込む。


目の前にいる彼女はもはや自分達の知っている綾覇ではなかったから。



『――もはやむくろね。決死の覚悟で挑んだ大勝負が邪魔され、生き延びた人間はこうなるのかしら?』



イルフェノは炎の仮面冒険者にだけ伝わるように念話で飛ばした。


虚ろな彼女は見ているだけで痛ましい姿だった。


話してくれるかわからないがそれでも彼女がこのような行為に至った理由を聞かないといけなかった。




「綾覇ちゃん。どうしてこんな事を?」



今は炎の猫姿の仮面冒険者は彼女に尋ねた。


彼女は既に聴覚を失っているのかように仮面冒険者の言葉にも何も反応しない。



「綾覇ちゃん……どうして?」



その沈黙に耐え切れずとうとう清楓が涙を零す。



綾覇ちゃん……死にたくなるくらい辛い事があったんですか?お願いです。教えて下さい」



碧偉も目に涙を湛えながら綾覇に話しかける。



「このダンジョン時代。別に死にたいならそれでいい。いつ死んでもおかしくないんだから。だけどなんで死ぬのかは教えて。貴方と関って仲間になって遺された者には知る権利がある」



龍美も一見突き放した言葉を浴びせるが、その切れ長の瞳を潤ませている。



「嫌ッ!わたし!綾覇ちゃんに死んで欲しくないッ!!!」



清楓は縋るように椅子に座ったままの綾覇の下半身身体に抱き着いた。



「ごめんね。さやか……どんなにお願いされてもそれは無理なの……」



自分の身体に抱き着いている清楓に視線を向ける事無く、綾覇は懺悔する。



「なんで死ぬか?【死んだ人間がどう語られるかはその死に方で決まるから】じゃない?私はその死に方で死ぬのが私の運命なのが不満なだけ」


「綾覇……あなたまさか……」



これまでずっと黙っていた野河南月は彼女の運命が何なのか朧気ながら理解した。


死ぬ前提で話す彼女に炎の仮面冒険者も彼女が直面した運命が何なのか察した。


それは碧偉、龍美、清楓も同様だった。




答え合わせをするように彼女はその【運命】を虚しく口にする。





「――私、もうすぐ病気で死ぬの」



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