第3-23話 剣聖、怖がられる


原宿ダンジョン113層――。この階層で兎耳族の村は発見された。



そこまでの移動で既に謎の剣聖――月野餅不和吐露つきのもちふわとろ師匠による剣の指導が始まっていた。




「【縮地】を習熟したいのであればまずは強く踏み込む為に脚力を鍛えるのは至極当然のこと」



炎の仮面冒険者はダンジョン内でかかとを地面につけないジャンプでの移動を課せられた。



「ああぁぁ……きつかった」



冒険者に転向してからは筋力トレーニングもそれなりにやってきたが【精霊術師】としての範囲内での鍛錬だった。


最近は普通の一般冒険者としてクラン内で考案された体幹トレーニングもやり始めたので今回の指導にもかろうじて耐えれる下地を作れていた。


本格的に剣士としての動きを習得するためのトレーニングは初めてだった。



「てっきり兎跳びを強いられるのかと思ってました」




全身兎コーデの師匠はピンク色のマスク越しに複雑な表情を浮かべた。



「兎跳びはスポーツ科学的にも効果はないと証明されてるから……だけど!兎の跳躍を彷彿とさせる脚力は剣士に必要不可欠な要素だから!!」



これから【兎流抜刀術】とか教えられるんだろうか?と思っていたら目的地に辿り着いた。



「師匠。着きましたよ」

「―――――ッ!」



森の中に存在する村は【樹の精霊】に創ってもらった外壁で囲まれていた。



村の入り口にはたしかに兎耳うさみみの獣人が門番をしていた。


人間とほぼ変わらない体躯で急所を守る為だけの動きやすい樹の皮の鎧を纏っており、その空色の髪が生えている頭部には兎の耳の獣人。



「はわわわわわ」



【バニーガール剣聖】――月野餅不和吐露はずっと閉じていたその両眼を開き、感慨深げに『はわわ』していた。



門番の兎耳獣人が炎の仮面冒険者の存在に気づく。



【魔族】の呪いを浄化してくれ、村の外壁やログハウスも創ってくれた経緯もあり、全身炎の兎耳獣人を警戒する素振りはなかった。しかし――。



『そっちのはなんだ?』



精霊の魔力を感じる炎の兎耳獣人よりも『はわわ』している兎のモコモコ部屋着のなんちゃってうさちゃんの方が彼らには異様に映ったようだ。




『えーっと。キミ達に逢いたくて仕方なくてやってきた剣の達人かな?』



焔霊剣皇イルフェノにそう伝えてもらった。



『剣だと?』



門番の兎耳獣人たちが持っていたのは柄の長い斧だった。斧刃の部分は石のようだ。



「もしかしてキミ達、剣に興味ある?」



なんちゃって兎ちゃんな【剣聖】は瞳をキラキラ輝かせながらまたも一瞬で距離を詰めた。



『うわああああ。なんだコイツはぁ!?』



突然の瞬間移動に兎耳獣人たちが酷く狼狽える。彼らも【斬られた感覚】を経験した。


防衛本能から振り回した石斧もなんちゃって兎ちゃんな【剣聖】はひらりと躱す。



『逃げろ!!』



コイツマジやべえと判断した門番の兎耳獣人2人は高い外壁を飛び越え村の中へ逃げた。



「凄いジャンプ力」



感心する炎。



「つい本物の兎耳に興奮して、また驚かせちゃった。どうしよう?」



【剣聖】は出会った時は堅めの口調だったが、徐々に年頃の女性の口調に変わってきていた。



「師匠。いきなり外壁飛び越えて村に侵入とか絶対やめてくださいよ。村がパニックになります」

「もしかして私、村に入れてもらえないの?」

「俺も【魔族】の呪いから助けた経緯がなかったら兎耳族の皆に受け入れられたか分からないですし、異種族間交流はそんな簡単じゃないです。一度恐怖の印象を与えてしまったら尚更」

「そんな……」



至福の瞬間を味わうはずがまさかの絶望展開に兎ちゃん剣聖は目を潤ませる。



「でも挽回の方法はあります」

「どんな?」

「だからいきなり距離を詰めないッ!!!」



また一瞬で距離を詰める、懲りない【剣聖】。



「この兎耳族の村でも日本の配信を見られるように準備しているんです。日本人に慣れてもらう為に。だから師匠も配信動画でアピールするんです」


「配信動画?私みたいな田舎者に出来るのかな?」


「配信機材やらそこらへんの事は俺達がやります。師匠は兎耳族の皆が、月野餅不和吐露かっけぇ!ってなる【剣聖動画】を作るんです」


「私の剣技――【月弦兎飛無刀流】の動画を?」



「あ。やっぱ兎の字、入ってるんすね。ていうか無刀流ッ!?」



炎の仮面冒険者はそういえばこの【バニーガール剣聖】、剣を持ってないという事実を改めて認識する。


てっきりユニークスキル天稟で亜空間に剣を収納できるのかな?と思っていたがどうも無刀流だったようだ。




「師匠は剣無しで闘うのがデフォルトなんですか?」


「何かおかしい?【剣を失ったら斬れない】なんてのは剣士失格だろう?」

「ちょっと何言ってんのか……俺の剣士観が崩壊しそうです」


「そうか?私の弟子となった貴君も真紅の剣ではなく厳密には炎の精霊の力で溶断しているではないか?」

「あれが溶かしてるってわかるんですね」


「勿論さ。剣の道を歩めば歩むほど【剣】がいかに不自由な存在か実感するものだ。だからこそ愛おしく感じるのかもしれない」

「その言葉、全身兎姿で聞きたくなかったです」


「とにかく『【月弦兎飛無刀流】かっけぇ動画』を作るんだろう?どうすればいい?」

「じゃあ一度、動画撮影用機材を取りに戻りましょうか?」

「戻るのか。承知した」




そう言った瞬間、【剣聖】はその場から消えた。


その場に取り残された炎の仮面冒険者は思った。




「あの人が動いてる姿、動画にするの無理じゃね?」



剣の師匠との動画撮影修行が始まる。

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