第3-10話 真面目な話をする時は宇宙服を着てない方がいい
【研能】オフィス屋上、休憩スペース――。
屋上といっても外部からの
2人はベンチに腰を掛ける。
「それで碧偉ちゃんの話って?」
炎は宇宙服のマスクを取り外し、猫耳獣人の顔貌で碧偉に尋ねる。
対する碧偉の表情は
「ああ。ごめんね。大事な話なのかもしれないのにこんな宇宙旅行から帰ってきましたみたいな格好で」
場を和ませようと冗談を言ってみるもスベッたなと内心凹む仮面冒険者。
どこか後ろめたそうな表情で碧偉を口を開く。
「炎さんはどうしてN県北部の大氾濫ダンジョンを潰したんですか?」
「それはまあ……公式アカウントに送られてくるDMでもあの大氾濫による避難生活で苦しんでいる方達の窮状をどうにかしてもらえないかっていう内容が結構あったし。あれは自分がやらないといけない事だと思ったから」
桂城和奏との事は相手が碧偉でも話せないが、これも嘘ではない。
「それだけですか?誰か近しい人に頼まれたなんて事は?」
男は内心ギクリとしつつも、即座に逆質問を返す。
「経産省に勤めているお姉さんから探りを入れてこいって言われちゃった?」
「そ、それは……」
『――その声を記憶する魔導具は感心しないわね』
焔霊剣皇イルフェノがボイスレコーダーの存在をほのめかす。
「炎さんすいません!私……私……」
炎の大精霊に見透かされ、自責や葛藤に耐え切れず目を潤ませる碧偉。
「別に碧偉ちゃんの事を責めたい訳じゃないんだ。俺に聞かせてくれない。碧偉ちゃんのご家族の事」
碧偉は目を伏せ、俯いたまま話はじめた。
「……早海家は代々弁護士か検事か官僚か政治家を志す事を求められてきた家系なんです」
「うわぁ。超エリート」
「私も子供の頃から兄さん姉さん達に追いつけるよう頑張ってきたんですけど、早海家の基準からしたら落ちこぼれみたいで……」
「それで配信冒険者に?」
「はい。【聖女職】のスキルで冒険者として活躍出来たら両親や兄さん姉さんも私の事見直してくれるかなって。それに――」
「それに?」
「冒険者になったらそんな危ない事やめろって心配してもらえるのかなって」
彼女の表情が暗くなる。彼女の家族は彼女が望む反応をしてはくれなかったのだろう。
「私、御両親に絶対冒険者になるなって言われた炎さんが羨ましいです」
「いやまあ。俺はその親の願いを無視して冒険者になっちまった親不孝者だけどね」
「そんな事ないです。炎さんが今している事を知れば絶対自慢の息子だって言ってもらえます」
「そこなんだよね。碧偉ちゃん」
「え?」
「俺、別に両親に褒められたくて冒険者になったんじゃないんだ。勿論親の期待に沿う生き方をすれば親孝行にはなるんだろうけど、自分の人生、何もかも全て親に左右されなきゃいけないなんて事はないんだよ」
「碧偉ちゃんの好きに生きていいんだよ」
碧偉は炎の仮面冒険者からの言葉に目を見開く。
今まで生きてきた中で自分を圧し潰そうとしていたモノが掃われた気がした。
「碧偉ちゃんからしたら求められるモノが高すぎて居心地の悪い家族空間だったのかもしれないけどさ。碧偉ちゃんももう大人の女性なんだし、好きな人と結婚して自分で新しい家族を創ったっていいんだよ?」
「新しい家族……」
「そう。なんなら好きな人とこどもも創っちゃって自分の理想の家族・家庭像を目指せばいいんだよ」
「ふぇぇ??」
突然の子作り提案に碧偉はその聖女然とした顔貌が真っ赤になる。
「ん?どうしたの?碧偉ちゃん?」
「そんな真っ直ぐ私を見つめないでください……」
「いや宇宙服で首が回らなくて」
『――じゃあこうすればいいんじゃないの?』
「あ。おい。イルフェノちょっと待て!」
突然、炎の猫耳獣人の首がにょきっと伸びる。それを見た碧偉は――。
「きゃあああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
驚いて叫んだ。
その悲鳴を聞きつけ駆け付けた【研能】のスタッフの人達にも驚かれ、ただひたすら謝る事になった仮面冒険者であった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その夜。早海家豪邸にて――。
「帰りました」
大理石が敷き詰められた玄関ホールで碧偉を待っていたのは姉の橙子だった。
「首尾は?」
碧偉は姉から託されたボイスレコーダーをバッグから取り出す。
「――――ッ!?」
橙子は驚く。何故ならそのボイスレコーダーが【黒く燃えていた】から。
「姉さん。私、早海家を出る事にしました。これから【黒猫ハーバリウムの碧偉】として自分の好きなように生きていこうと思います。不出来な妹ですいませんでした」
碧偉は深々を頭を垂れた。
「そう……なんで謝るわけ?」
「炎さんに言われました。家族の期待に応えられなかった自分と
「これからのアナタにとって私たちの方が他人になるのね。あの仮面冒険者の事、好きなの?」
橙子の問いに碧偉は鷹揚に微笑む。
「うーん。どうでしょう?私、炎さんが何処の誰かなのか知らないですし、それに突然、首が伸びる人は心臓に悪いので」
「伸びたの?首?」
「じゃあ失礼します」
「それでも絶縁までするつもりじゃないんでしょ?偶には帰ってアナタの仲間の話聞かせなさいよ」
「分かりました。気が向いたらで」
「言うようになったわね」
「私の事を好きだと言ってくれる、守ろうとしてくれる視聴者さん達が沢山いるので。それに日本で最高の冒険者もなにかあれば力になるって言ってくれましたから」
碧偉は晴れやかな足取りで早海家から立ち去った。
「首が伸びたってろくろ首かしら?」
一人残された玄関ホールで橙子はそう呟いた。
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