第2-23話 死にそうなのでチェンジします

炎の仮面冒険者と焔霊剣皇イルフェノは大氾濫ダンジョンの下層へと進んでいく。



不気味なくらいの快調さで――。


彼らにとって浅い階層で接敵する魔物など相手になりもしないわけだが。


魔物よりも気になるのはダンジョンにしては広々とし過ぎている、下層への階段までご丁寧に教えてくれる一本道が続く空間。



『魔物で対抗できないなら入り組んだ迷路で惑わせたりしそうなんだが。早く下層に来いって言われてるみたいだな。完全に罠なんだろうけど』

『――だからって尻尾巻いて逃げる訳じゃないでしょ?』

『それはまあ』

『――行くわよ』




それから1時間後――。




『――閉じ込められたわね』

『ああ。閉じ込められた』




通常であればダンジョンの50階層に相当する場所で閉じ込められてしまう。


そして地響きと共に、正面の岩壁、左右の岩壁、背面や天井や地面も――四方全ての壁が炎の仮面冒険者へと迫り始める。



『ヤバいな。逃げ場なくして圧迫死狙ってきてるぞ』

『――とにかく強行突破するしかないわね【焔刃溶斬】』


イルフェノは真紅の大剣を巨大化させ、天井に向かって振り上げる。


真紅の巨刃は轟音とともに天井部分へと直撃し、岩壁を溶かし大きな穴を開けるものの、上の階層への逃げ道は既に封じられており獲物を逃がすまいとばかりに穴もすぐに塞がれてしまった。



『――ッ!?』

『どうした!?』

『――今魔力マナを吸い取られたような奇妙な感覚があって』

『大丈夫か?』

『――大丈夫だけど大丈夫じゃないわね』

『え?』

『――ワタシとしてはこの魔窟に暫く閉じ込められてしまうだけだけど貴方はぺしゃんこになるかも』

『だから言わんこっちゃない。【増援】呼んどいてよかった。ノワルエにチェンジ!!!』



炎の仮面冒険者がそう叫ぶと、炎の女帝は姿を消し、そこには顕れたのは土竜もぐらだった。


土竜は慌てて目前に迫ってきた岩壁に穴を掘り始める。

それにより四方から迫りくる岩壁による圧死を回避した。



『あっぶねぇ。本当に死ぬところだった。ありがとう。ノワルエ』

『――気にせずともよい。焔霊剣皇に見初められた【精霊術師】よ』



炎の仮面冒険者がノワルエと呼ぶのは土の精霊槍皇――。



――壌霊槍皇・ノワルエ=ランガローデン。



『それでこれからどうしようか?もう道すらないダンジョンになっちまった』

『――心配は無用だ。土を司る精霊である我からすれば地中は澄み渡る母なる海と大差ない。目的の場所まで導いてみせよう』

『じゃあ頼んだ』

『――ではいくぞ。ああイルフェノよ』

『――何よ?』

『貴様は剣に徹しよ』

『――はいはい。わかりました』




真紅の大剣を背負った土竜もぐらが地中を掘り進めていく。



『――ここだ』


下へ下へと掘り進めた結果、広い空間に出る事が出来た。



そしてその空間にいたのはダンジョンの壁と同質のゴーレム巨人




『【ダンジョンウォール魔窟壁ゴーレム】。あれがこの大氾濫ダンジョンのラスボスか?』

『――どうして魔窟の壁で構成したゴーレムなんか創るのよ?』


『ダンジョンの壁には特殊機能があるからだよ』

『――特殊機能?』




――冒険者はダンジョンの壁を破壊して進む事は出来ない。



壁を破壊する事自体は不可能ではないが、壁を破壊した代償としてその冒険者の体力、魔力などステータス上のモノが全て『1』になるとダンジョン有識者は語る。


その状態でダンジョンを踏破する事は実質不可能に近い。だから冒険者の選択肢から壁を壊す事は排除されている。


それがたとえ日本初の100層踏破者であっても――。



『――継戦能力を奪う素材ね。じゃあさっき魔力マナを吸い取られたような奇妙な感覚もそれが原因だったのね』

『そういう事。浅い階層がやけにスッカスカだったのはこれが理由か』


浅い階層の壁を目の前のゴーレムの材料にしたのだろう。



『あのゴーレムの魔核がお前達の目当ての物のようだ』



ノワルエはそう指摘する。



『あれ?でもさっきダンジョンの壁に四方から迫られて穴掘って回避して、その後も此処まで穴掘って大移動したけどノワルエは戦闘能力奪われてないような?』

『――特殊な素材と言っても岩なのだろう?岩ならば壌霊槍皇たる我なら余計な干渉など受けずに同調する事など容易い』

『もしかして勝ち確な感じ?』

『――いや万が一という事もある。ゆえに既に消耗しているイルフェノがあのゴーレムの外殻を突き破るべきだ』

『――ワタシなの?アナタには関係ないんでしょ?ならアナタがやるべきでしょ?』

『――貴様はもし万が一我が力を失った時、貴様が番と呼ぶその人間を地上へと導けるのか?』

『――うっ……』


ノワルエの問いに返す言葉がないイルフェノは真紅の大剣から大槍へと変貌する。



『――どうした?』

『――この方がアナタは闘い易いんでしょ?だからよ』

『――フフ。その気遣い有難く頂戴しよう』



土竜から大蛇に跨った重装備の皇帝へと変貌した壌霊槍皇ノワルエは真紅の大槍を掴む。


そして大量のつちの尖槍を顕現させる。


『――好機は一度きり、必ずや魔核を穿ってみせる』



壌霊槍皇ノワルエの存在に気付いたダンジョンウォールゴーレムはその巨腕を振るい襲い掛かる。



『――ゴーレムは動きが緩慢で回避が楽で助かる』


ゴーレムの攻撃をひらりと躱し、急所へと狙いを定める。


『――此処だ』


壌霊槍皇ノワルエは真紅の大槍をゴーレムの中のダンジョンコアに向かって投擲した。


無数のつちの尖槍が真紅の大槍を追いかける。

焔の大槍は轟音とともに魔窟壁で構成されたゴーレムの外殻を溶かし突き破った。

そして晒されたダンジョンコアに無数の壌槍が突き刺さりコアを破壊した。


ダンジョンウォールゴーレムは心臓を失い、事切れる。



この瞬間、大氾濫を引き起こした悲劇のダンジョンは終焉を迎えた。



『――決着はついたようだ』

『この大氾濫ダンジョンを攻略できたのはノワルエのおかげだ。ありがとう』

『――礼などよい。面白いモノが見れたからな』

『??』

『――うぅ。このワタシが生まれたての火精霊みたいになっちゃうなんて……』



炎の仮面冒険者の目の前を漂っている蛍の光のような火精霊がイルフェノだった。


魔窟壁の特殊機能により魔力マナを極限まで吸い取られ、『1』の状態になってしまったのだ。



『――焔霊剣皇よ。随分と可愛らしい姿になったではないか?ハハハハハッ!!愉快愉快』

『――わ、笑うんじゃないわよッ!!!このダンジョン、大っ嫌いッ!!!!早く火山へ整えに行くわよッ!!!』

『そんなサウナに整えに行くみたいに言うなよ』

『――その言い方教えたの貴方じゃないッ!!!』



こうして炎の仮面冒険者と大精霊たちは【ゴーレムダンジョン】を後にした。

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