第2-22話 リメインズゴーレム

N県北部――。



7年前に大氾濫が起きた悲劇の土地に人の影は見当たらない。


そんな土地を一台の大型車両がひた走る。

魔物との戦闘局面を想定されて設計された特殊車両だ。

備え付けの折りたたみ式ベッドも完備され宿泊拠点としても対応できる代物だ。


そんな車両を運転しているのは桂城和奏。



「長時間運転させてしまってすいません」

「いえ。このくらいは。これからコアテリトリーに入ります」



運転を続ける和奏の視界に映ったのは事切れた岩壁巨人ゴーレムたち。



日本初の大氾濫を経て、判明した事実がひとつある。


どうやらダンジョンコアから30キロ離れてしまうと魔物達の動きが明らかに鈍くなり、最終的に動かくなるようなのだ。


――ダンジョンコアの統制圏は半径30キロ以内。


その範囲が危険魔物区域として定義された。更に警戒避難区域として20キロ追加された。




コアテリトリーに突入した車両は緑を失った砂地を快調に走り続ける。


風光明媚な田園風景だったはずの土地は今は見る影もなく砂塵舞う荒野となっている。



途中魔物に襲われる事もなく、2人は目的地である大氾濫ダンジョンから1キロ離れた地点へと辿り着く。


ダンジョンコアの統制圏に突入したにもかかわらず1体のゴーレムとも接敵しなかった理由――。




「荒らすだけ荒らして気が済んだら自己防衛かよ」



そう吐き捨てる炎の仮面冒険者。


目の前に聳える世界遺産と見紛うような荘厳な遺跡そのものが魔物なのだ。

数百数千数万ものゴーレムを融合させて創り上げたリメインズ遺跡ゴーレム。


まずこの魔物の遺跡を突破しない限り、ダンジョンに入る事も敵わない。



「それじゃ行ってきます」

「気をつけて下さい」

「うーん。やり直し」

「はい?」

「ヴァーチャルライバーの子みたいに『気をつけて!頑張ってね!』って言って貰えますか?とびっきりの笑顔で」


まさかのダメ出しに和奏は目を丸くする。


「まあ今のは冗談です。ただ桂城さん美人なんだからそんな暗い顔似合わないですよ」

「炎さん……」

「じゃあ今度こそ行ってきます。あ、少し離れて貰っていいですか?」



炎の猫は和奏に距離を取らせた後、突如として激しく燃え上がり火柱となる。



『――漸く突飛な格好せずに存分に戦えるのかしら?』



天を衝くような火柱。


火柱が収まるとそこには自然界に存在する森羅万象の中で最も美を極めたといっても過言ではない炎の女帝が顕在していた。


和奏は蒼穹に浮かぶ焔霊剣皇イルフェノのその類のない美貌にただただ見惚れていた。



『――ワカナ』


「え?は、はい」


『――ワタシはつがいと違って無償で動いたりはしない。【なんでもする】といった言葉に嘘は無いわね?』


「は、はいッ!!」


『お前は桂城さんに何させようとしてんの?』

『――貴方は黙ってて。色々あるのよ。言質も取れたし行きましょ』

『大精霊が言質とか言うなよ』



炎のツッコミを無視してイルフェノはリメインズ遺跡ゴーレムに向かって蒼穹を翔ける。



『――それじゃあまずはご挨拶ね』



焔霊剣皇イルフェノの右手から真紅の大剣が顕現し、その焔の大剣は徐々に巨大化していく。



『――道をひらけ【焔刃溶断】』



イルフェノは巨大化した真紅の大剣を大上段から振り下ろす。

振り下ろされた真紅の巨刃は轟音と共に荘厳な遺跡の魔物に直撃する。

真紅の巨刃が直撃した箇所は、元からも何も存在していなかったような空間と化した。


魔物の遺跡すらも一刀両断してしまう真紅の大剣。



『相変わらずすげえ斬れ味だな』

『――本当は斬ってるんじゃなくて【溶かしてる】んだけどね』



イルフェノによる溶撃によりダンジョンの『入り口』だった部分も溶滅し、下への穴を視認する。しかし――。


地響きと共に左右に分かたれたはずの遺跡部分が空白となった中央部分へと動き始め、また新たな遺跡が構成された。



『本当に【遺跡の魔物】なんだな』

『――攻撃されても反撃せず守勢を続けるのね』

『まあダンジョンの魔物って基本【階層徘徊型】と【特定箇所防衛型】だからな。どうも入り口を守れが最優先指令みたいだ』

『――何もしてこないならやりたい放題させてもらうわ。縦斬りだと再構築しやすいみたいだから次はこれでいこうかしら?』



イルフェノは真紅の大剣で今度は袈裟斬りをする。斜めの真紅の巨刃を連発する。


最後まで反撃の意志の示さなかったリメインズ遺跡ゴーレムは一方的に蹂躙され、溶滅した。

 


『ここまで何もしてこないと不気味だな』

『――ひとつの戦略ではあるわ。上級精霊でもこの時点で魔力マナ切れだもの』

『疲弊させた餌をダンジョン本体が美味しくいただこうってか。ヤる気満々って事ね』



イルフェノは浮遊状態を保ったまま、ダンジョンの『穴』へと近づいていく。



『イルフェノ。気をつけろよ?本当に何が起きるか分からないからなこのダンジョン。まあだから万一に備えて【増援】を呼んでるけど』

『――ワタシとしては不服なのだけど。信じてもらえてないみたいで』

『そう拗ねるなよ。備えあれば患いなしそなうれだよ』

『――なにその略し方。じゃあ行くわよ』



炎の女帝はダンジョンの昏き魔窟の穴へと飛び込んだ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る