第2-21話 桂城和奏の哀願
「桂城さんのお兄さんがあの大氾濫で……」
和奏の告白に男は言葉を失う。
「――私の兄は防衛省のダンジョン特別任務部隊に属していました。大将である野心鬼さんにも可愛がってもらっていたと聞いています。けれど7年前、市民の皆さんを避難させる為に魔物の波に抗い続け命を落としたと後で聞かされました」
男にとって7年前といえばちょうど就職活動中だった。
日本初の
魔物災害に苦しむ人達の様子は連日ニュースで伝えられ続けていたが、男からしたら自分がちゃんと就職できるかどうかの心配の方が大きかった。
自分の事で精一杯の傍観者。
おそらくは男より4歳ほど年下の彼女は当時まだ女子高生だったはず。
そんな彼女にとって兄の死はどれだけの衝撃だっただろう。
「そうだったんですか……それで桂城さんも防衛省に?」
「はい。両親からは猛反対されましたが、兄が生前、その命を賭して守ろうとしてきたモノを少しでも知りたくて……」
ダンジョン対策支部大将補佐官として相対した初対面の時とは異なり、彼女の瞳、表情から生気が失せている。
男の目の前にいるのは国民の命を守る防衛省の人間としての毅然とした態度とは程遠い、弱弱しい女性だった。
これが7年間、兄の死と向き合い続けてきた彼女の『素』なのかもしれない。
「桂城さんのお兄さんの事は分かりました。でもそれだったら俺が仮面冒険者の時に話せばよかったんじゃないですか?何も自宅に来なくても……だってこれ桂城さんも麗水ちゃんもバレたらタダじゃ済まないですよね?」
「そうですね。
「だったらなんで?」
「……
男は最後には怒気がこもった彼女の吐露をただ黙って聞いていた。
彼女の親友だという天才開発者も彼女はもう限界だと理解し、自身の解雇も覚悟の上で此処へ行かせたのだろう。
日々人々を守る為に命を賭してきた方達の凄絶な内側を見せつけられて男は以前野心鬼から投げかけられた言葉を思い出す。
『――その力、どうしてもっと早く人々を守る為に使ってくれなかった?』
(あの人からしたら一番守りたかったのは防衛省の仲間たちだったのかもな。麗水ちゃんもこんな事しちゃうくらい防衛省ってもうボロボロなのかも……)
日本の冒険者の一番手になった以上、今度は自分がその人達を守る番なんだろうと男は思いつつも――。
(おっもぉ……日本一番手の冠おっもぉ……。『冒険者にだけはなるな』って言ってくれた父さん母さんに感謝だわ。10代からこんな役回りさせられてたら確実に早死にしてる。俺の事守ってくれてた両親、愛してるッ!!でも結局冒険者になっちゃった。ごめん)
このダンジョン時代、10代に兄を亡くし苦しんでる目の前の女性に手を差し伸べない選択肢など日本一番手の冒険者にはなかった。
「桂城さん」
「はい」
「流石に大氾濫が起きた後も7年間放置されてたダンジョンなんて原宿ダンジョンとは比べ物にならないですよ?俺でも無理かもしれません」
「N県のダンジョンに行ってもらえるんですか?」
「N県の特産品ってなんでしたっけ?結局ダンジョン潰しは無理で観光して終わるだけかもしれないですけどそれでいいなら。あ。観光中は奢ってくださいね?」
「そ、それは勿論」
「じゃあ行きましょうか?N県に」
『――ちょっと待ちなさい』
軽い口調で話す男を大精霊が制止する。
桂城和奏からすれば初めて聞く威容のある女帝の声。
「なんだよイルフェノ?」
『――そこの娘。カツラギワカナだったかしら?アナタ、他人に命賭けさせようとしてるのに何の代価も払わないつもり?』
「―――ッ!」
大精霊からの指摘に彼女は言葉を詰まらせる。
「おいおい。ちょっと待て。何言ってんだよイルフェノ?代価だなんて」
「そうですね……それが当然ですよね」
「桂城さん?」
「炎さんに命を賭けて頂く以上、この桂城和奏の残りの人生全て炎さんに捧げますッ!!!」
「え?」
「私の事を好きにしていただいて構いません。なんでもさせて頂きます」
「ちょっと待って。ちょっと待って。なんでそんな話になるんですか?残りの人生全部は大袈裟過ぎますよ。そんなネット小説のお約束みたいな展開要らないですからね!!」
『――良い覚悟ね。それならワタシも力を貸すわ』
「イルフェノこらぁ!!!」
こうして1週間後、N県北部の大氾濫ダンジョンへ赴く事が決まった。
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