第2-17話 ダンジョン歌枠・前編
炎の仮面冒険者によるダンジョン配信チャンネルの2回目の配信【ダンジョン歌枠】当日――。
土曜日の午後過ぎ。既にチャンネル登録者たちはコメント欄で配信開始を待ちわびていた。
:ダンジョン歌枠ってなにやんだ?
:そりゃ歌うんだろ
:【悲報】100層踏破した冒険者、やる事なくて歌い出す
:まあどんなに面白いゲームでも攻略し終わったら虚無るしな
:要するにダンジョン2週目、歌いながら魔物を倒す縛りプレイが始まるって事?
:舐めプにも程がある
:【防衛省の麗水(よす)ちゃん】皆さん、こんにちはー。このダンジョン配信チャンネルの
:麗水(よす)ちゃんきたわぁ
:歌枠でも防衛省の人がモデレーターやんの?
:【防衛省の天才開発者、麗水(よす)ちゃん】炎さんの配信はボクが今一番やりたい研究開発のサンプルを取る目的もあるんです。ふふふ
:わざわざ名前に天才開発者付け加えんでいい
:炎の仮面冒険者が研究対象って事?
:撮影ドローンが20台以上用意されてるのもその為?
:炎「いやん。丸裸にされちゃう」
:多分精霊関連じゃね?
:【防衛省の天才開発者、麗水(よす)ちゃん】開発に成功したら防衛省から正式にリリースさせていただきますのでお楽しみに。ふふふ
:【防衛省の麗水(よす)ちゃん】そろそろ配信開始時間になります。投げ銭の説明をさせていただきます。今回は攻略配信ではないので『億スパ』解放はナシです。上限1万円、スパチャ連投不可。お財布に余裕がある方は良い歌だなと思ったらスパチャよろしくお願いします。収益は全て奨学金基金にプールさせていただきます
:本当に仮面冒険者が歌うの?
:【防衛省の麗水(よす)ちゃん】歌うのはクラン【炎麗黒猫】に所属する女の子ですね。歌手志望らしいです
:女の子……だとッ!?
:急にスイッチ入ったヤツいるな
:炎が歌うわけじゃないのか
:【防衛省の麗水(よす)ちゃん】ボクも音源聞きましたけど抜擢されるだけの歌唱力はありますよ。ただ初登場なので優しくしてあげてくださいね。それでは【ダンジョン歌枠】スタートです。炎さんと初登場の威理(いのり)ちゃんです。どうぞー!
配信視聴者の画面に映し出されたのは炎のマイクスタンドと肩にかかるくらいの黒髪を左側だけ編み込んでおり、髪の一部分を紅く染めている少女だった。
「こんにちは。仮面冒険者――炎です」
「は、はじめまして。【炎麗黒猫・
:今日はマイクスタンドかーい!
:歌枠の時はそれがデフォなの?
:女の子の方は初々しいな
:【黒猫】の綾覇みたいに凛々しい美人系か。でも綾覇より年下だからか可愛さも残ってる
:威理で『いのり』って読むのか
:【研能】に応募するだけあってビジュも良い
「此処は吉祥寺ダンジョンの34層です。まず見ての通り緊張してる彼女に配信に慣れてもらう為に歌う予定の場所まで散歩しようと思います」
:ダンジョン内で散歩とか
:そう言えちゃうのが100層踏破者の貫録
:魔物が襲いかかって来ても燃えるだけだしな
「じゃあ威理ちゃん行こうか?」
「は、はい」
マイクスタンド姿の仮面冒険者と威理は歩き出した。20台以上の撮影ドローンがゆっくりと2人の姿を追う。
「いきなり歌うんじゃなくてリラックスする為に鼻歌混じりに散歩しよう」
「鼻歌ですか?」
「威理ちゃんの好きな曲でいいよ」
「じゃあ皆さんが知ってる童謡から」
彼女の鼻歌は確かな歌唱力を感じさせるものだった。
:確かに歌上手そうだな
:でも『歌が上手いだけの人』なら世の中にゴマンといるんだよな
:歌手として成功するには歌唱力だけじゃ厳しいのよね……
:やっぱり曲だよなぁ
:それな
コメント欄には辛口な感想も書き込まれた。
:吉祥寺34層って何があったっけ?
:基本見晴らしのよい草原エリアで階層の特徴として【レアアイテムがゲットできるハードな湖エリア】があったような
:ハードな湖エリア?
:湖の中央に浮かんでる小島に続いてる唯一の細道を歩いてる間、無数の
:じゃあ今2人が向かってる場所ってもしかして?……
「着きました。今日は此処で威理ちゃんに歌って貰います」
2人が到達した先には広い湖に浮かぶ小島、そして小島へと続く細道。
:大量の飛び魚が襲いかかってくる小島がライブステージww
:やっぱりダンジョン歌枠ってトチ狂ってんな
炎は威理を連れて悠然と細道を進んでいく。
:大量の飛び魚たちが2人に近づく前に焼き魚になっていくんだが
:炎の簡易結界みたいなもんかね?
湖中央の小島に辿り着くとそこには大きな台座が。
そこに掲げられるように浮いてるのは渋味のある深緑色の甲羅盾。
:あれってたしか【湖亀の甲羅盾】だっけ?
:ああ、各種耐性つきの高防御力の盾でDEFランクの
:冒険者ギルドに売ったら20万はもらえるんだっけ?
「まあこの甲羅盾さんにはあとで仕事をしてもらうとして……」
炎は深緑色の甲羅盾を台座からどかす。
「じゃあこの台座の上で歌ってもらうから。頑張ってね」
「はい」
「威理ちゃんの今のスキル習熟度ならこの湖の魔物は十分倒せるから。もしなにかあっても俺が力貸すから――」
「――大丈夫。俺が死なせない」
:出た。女子限定『俺が死なせない(キリッ』
:いや魔物が襲いかかってくる場所で歌わせるヤツがいう台詞じゃないんよ
:ビックリするほどその
:【もしなにかあっても】が不穏すぎるんだけど
:ていうか威理ちゃんがスキルで戦うの?
:みたいだぞ
炎も小島から離れ、その場には威理がひとり。
その手には脚のないマイクスタンド――紅いマイクスティック。
彼女は正面を見据え、マイクスティックを自身の口へと構え、
:【防衛省の麗水(よす)ちゃん】威理ちゃんの準備が出来たようなのでまず1曲目いきまーす。
配信視聴者たちの画面にも
:歌と同時に炎の簡易結界も解かれた気がするんだけど大丈夫かよ
:飛び魚たちが威理ちゃんに襲いかかってるじゃん
:歌どころじゃねぇ!
:威理ちゃん逃げてー!!
彼女は曲の始まりと共にひらりと身体を1周横回転させ、周囲の魔物たちの接近具合を把握する。
「震えている~私の手を~」
彼女の発声とともに無数の炎の刃が顕現し、エッジフィッシュの群れを切り裂いていく。
:なになに?
:飛び魚たちが炎の刃で両断されてるぞ?
:あれも仮面冒険者がやってるの?
:いやあの炎の刃は威理ちゃんから生まれてない?
:【防衛省の麗水(よす)ちゃん】あれが彼女のスキル『歌の斬撃』みたいですよ。火精霊との契約で威力が上がってるようです。
:『歌の斬撃』ってマジ?
:そんなスキルあるんだ
:たしかにそれなら魔物が襲ってくる場所で歌った方が
:まさに【ダンジョン歌枠】の申し子じゃん
:でも流石に威理ちゃん一人で全方向から来る、あの数の飛び魚倒すの無理ゲーじゃない?
彼女が対応できない飛び魚たちは炎文字が迎撃していた。
:あれ?撮影ドローンに映ってた歌詞の炎文字?
:今度は歌詞魔法で援護かい
:火柱もボーボーなんだけど
:威理ちゃんの周りを細長い方の龍が飛び始めたぞ
:圧巻の炎の舞台演出
:とにかく威理ちゃんが安全なのはわかった
1曲目、2曲目が終わり、3曲目。
:激しめな曲が続いたら今度はバラードか
:雪をテーマにしたバラード曲だとちゃんと雪降らすのね
:というかバラード曲の時は湖面を凍らせて飛び魚さんたちが襲えないようにするのね
:4曲目はまた戦うのか
:もう落ち着いて歌が聴きたいんだが
:そう思えるくらい威理ちゃん、歌上手いわ
:声量も凄いし、高音も苦にしてる様子なく出てるな
配信視聴者の中には彼女の歌声に魅了される者も。
:【防衛省の麗水(よす)ちゃん】次の5曲目で今回のダンジョン歌枠は最後となりまーす。初登場の緊張・精神的疲労もあると思いますのでご容赦をください。
:次でラストかい
:まあ戦いながら歌うじゃ1時間もたないと思う
:今日はアンコールも無しな感じね
「じゃあ最後の曲が始まったらこの甲羅盾をポイーっと」
最後の曲の
:おい。誰かさんがレアアイテム【湖亀の甲羅盾】を湖に投げ捨てたぞ
:嫌な予感しかないじゃん
「初めて気づいた~」
5曲目の大サビを迎えようとした瞬間、突然湖面が大きく波打ちだし、地響きと共に湖から巨大な深緑色の亀が姿を現した。
:なんかすげえでっかい亀が出てきたんだけどぉぉぉぉぉ!!!??!??!
:絶対レアアイテム投げ捨てるとか罰当たりな事するから湖のヌシが激怒したやつじゃん
:『もしなにかあっても(自作自演』
:撮れ高の為ならなんでもするこの配信中毒者やっぱりやべえぇぇぇぇぇぇ!!!wwww
※※※ダンジョン歌枠エピソード、後編へと続く※※※
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