第25話 仮面冒険者、ハーバリウムになる
新クラン【炎麗黒猫】のオーディション会議の1日前。
東京都港区某所――。大手配信冒険者事務所【研能】オフィス。1階ゲストルーム。
賓客用の洗練されたデザインの革のソファに座る炎の仮面冒険者がいた。
――猫の姿の自身を透明の球体に閉じ込めた姿で。
駆け付けた綾覇や南月らはそれが自分達のグループ名であるものとすぐに理解した。
「ハーバリウム……」
ハーバリウム――。
本来は彩り鮮やかな花を油漬けにして硝子瓶などに閉じ込め、より長くより綺麗に見せるものだった。
今、目の前にあるのは炎の猫のハーバリウムだった。
そんな炎の猫が口を動かす。
「いきなり押し掛けてすいません。明日の会議を前に一度ご挨拶した方がいいのかなって」
炎の猫というファンタジー全開な存在からの丁重な社会人の振る舞いに戸惑うものの、南月は訪問の意図を理解し、大人の対応を見せる。
「初めまして。私、野河南月と言います。彼女たち【黒猫ハーバリウム】の専属マネージャーをしている者です。以後お見知りおきを」
挨拶をする南月の真っ白な両掌を見た炎の仮面冒険者は一瞬硬直する。
「どうかされました?」
「あ、いや、野河さんですね。仮面冒険者――炎です。よろしくお願いします」
「御活躍は拝見させていただいております。あとこの子たちを黒竜から救っていただき本当に感謝しています。改めてお礼を……」
「いえ!全然気にしないでください。俺が勝手にやった事ですから」
仮面冒険者と南月の長くなりそうな社会人的やりとりを遮るように綾覇は口を開く。
「どうして今日はハーバリウムなんですか?」
「それは……【炎麗黒猫】にはこれが一番相応しい姿な気がしたのと、【黒猫ハーバリウム】の誕生の地にリスペクトを。あとスプリンクラーが不安だったんで」
炎の猫は部屋の天井のスプリンクラーを気にする仕草を見せる。
コミカルな動きを見て安心したのか清楓が近寄る。
「ハーバリウムにもなれちゃうのすっごーい!」
「いやただの球体ケースに入ってるだけなんだけどね。スプリンクラー作動させてご迷惑をおかけしたくないんで」
清楓と和気藹々な雰囲気になる仮面冒険者。
南月が龍美にアイコンタクトを送る。
「あのッ!」
龍美が意を決して仮面冒険者に尋ねる。
「なんだい?」
「貴方はどうやってそんなに強くなったんですか?」
日本初の100層踏破者の強さの起源――。
今現在世間でも様々な考察が展開されている話題の核心に迫る問いを龍美はぶつけた。
「皆やっぱりそれ知りたいよね」
「教えていただけるんですか?」
「こんな変なのと一緒にクランを頑張ってくれるっていう君達が知りたいなら正直に伝えようと思う。ただ人払いはして欲しいかな」
「じゃあ私どもは出ていきます」
仮面冒険者の言葉に反応した南月が人払いを買って出る。
「いや野河さんもいてください」
「私も……ですか?」
「はい」
南月は女性スタッフに人払いをするように指示。
騒がしかった1階ゲストルーム外の廊下も静かになる。
「既にSNSやメディアでも推察されてるようにこれは俺自身の力じゃないです」
「精霊みたいな存在の力を借りてるって事ですか?」
「そう。俺は幸運な事に炎の精霊剣皇と契約してる」
「精霊剣皇――ッ!」
「まあ契約した精霊がそう自称してるだけなんだけどね」
『――自称じゃないわよ』
今までずっと男の声を聞いていた綾覇たちは突然女性らしき凛とした声音に驚く。
たしかに今炎揺らめく猫から女性の声がした。
「もしかして今、聞こえちゃった?」
綾覇たちは神妙な顔で頷く。
『――
「ってなんか燃えてる猫が喋ってるけど皆この話信じる?」
『――猫だと信じられないっていうならワタシの麗美な姿を見せてあげましょうか?』
「やめろやめろ!ケース壊したらスプリンクラー作動するからやめてくれ」
『――スプリンクラーってなんなのよ?』
「火事が起きた時に部屋の天井から水が大量噴射するんだよ」
『――この世界の人間って変わった魔導具創るの得意よね』
男の声と女の声による一人二役のような芝居を炎の猫が展開する。
呆気に取られている5人に気づき、仮面冒険者は再度語り掛ける。
「精霊って大半の人間からしたら不可視で曖昧模糊な存在であり精霊術師もマイナーな職業ですよね」
「そうですね。魔術師というカテゴリの中に埋没してますね。精霊術師は」
「――俺はその精霊術師なんだ」
◇◇◇
【炎麗黒猫】黒猫ハーバリウムpart142【誕生迫る】
:名無しのリスナー
おい。公式に黒猫ちゃんたちと仮面冒険者の写真来てるぞ
:名無しのリスナー
ふぁッ!?
:名無しのリスナー
あれ?新クランの会議は明日じゃなかったのか?
:名無しのリスナー
今日は事務所に挨拶らしい
:名無しのリスナー
清楓ちゃん『――スプリンクラー対策で炎の猫のハーバリウムになった仮面冒険者さんと写真撮りました☆彡』
:名無しのリスナー
本当に透明なケースの中に燃えてる猫が入ってて草
:名無しのリスナー
炎の仮面冒険者の実社会での生きにくさw
:名無しのリスナー
100層踏破者が放火犯で捕まるかもしれん
:名無しのリスナー
燃えない炎も操れるらしいから(震え声
:名無しのリスナー
これ地上にいる時は炎の猫がデフォになるんかな?
:名無しのリスナー
【炎麗黒猫】だしそうなんじゃね?
:名無しのリスナー
日本最強のクランリーダーが猫て
:名無しのリスナー
炎の猫だからセーフ
:名無しのリスナー
俺ら黒猫リスナーに配慮して男の姿を見せる事はないんだろうな
:名無しのリスナー
晩酌配信の為にさっさと帰りたい人間が正体を明かす事は絶対ないと思う
:名無しのリスナー
親バレもしたくないらしいしな
:名無しのリスナー
ていうか正体不明のまんまクラン創れるもんなの?
:名無しのリスナー
常識的にはありえないけど国が協力するって言ってるし
:名無しのリスナー
さあお前ら黒猫ちゃん達の肉壁になる準備は出来たか?
:名無しのリスナー
書類審査通るのか俺達?
:名無しのリスナー
履歴書だけは送ってみんべ
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