第24話 突然の来訪
原宿ダンジョン異変調査・不規則氾濫鎮圧の2日後。
新クラン【炎麗黒猫】のオーディション会議の1日前。
東京都港区某所――。
大手配信冒険者事務所【研能】オフィス。5階配信冒険者用第4控室にて。
「昨日はあなた達も大変だったわね」
【黒猫ハーバリウム】メンバー・綾覇、碧偉、龍美、清楓の4人に対して専属マネージャー南月が労いの言葉をかけた。
「取材を受けるくらいなら問題ないです」
「うん。へっちゃらへっちゃらー」
気丈な綾覇の言葉に人懐っこい性格の清楓も便乗する。
日本人初の100層踏破を果たした話題の炎の仮面冒険者は忽然と姿を消し行方知れず、なにかしらコメントを求めたい報道陣が彼女達の元へ押し寄せてきたのだ。
「事務所の人達だって昨日は大変だったんじゃないですか?」
「そうね……いきなりブラックドラゴンの素材の詰め合わせ10体分事務所に送りつけられるんだものビックリしたわ」
「事務所前に凄い人が集まったらしいですね」
「ブラックドラゴンのタッパー詰めや串団子が見れるのよ?皆ひたすらスマホのシャッターボタン押してたわね」
「それで黒竜素材はどこに行ったんですか?」
「社長が急遽近場の貸倉庫と契約してそっちへ移動させたわ。倉庫までの素材の移送は本当にお祭り状態だったわよ」
「わたし社長とは一度しか会った事ないです。事務所加入の時の挨拶だけでそれっきり」
「昔の話だけど芸能事務所社長による性加害が問題になってね。今はもう特に芸能界隈の権力のある大人は若い女の子に話しかけちゃいけない感じなのよ」
「そうなんですか?」
「綾覇だって、女マネの方が安心するでしょ?」
「それは……まあ」
「あなた達の事は私がちゃんと社長に伝えてるから」
「社長ってどんな方なんですか?」
「そうねぇ。女の子の履歴書眺めるのは大好きよ」
「え」
「【炎麗黒猫】効果で女の子達の履歴書が普段の100倍以上送られてくるって喜んでたわよ。原石をどう磨くか妄想するのがなによりの喜びなの」
「……関わらない方がお互いの為っぽいですね」
「ふふっ自制心のある無害な変態さんだから大目に見てあげてね」
綾覇は事務所社長の職業柄的性癖の事だけでなくその存在も頭から抹消する事にした。
「本当に新クランでは女の子冒険者全員合格させるんですか?」
「どうかしらね?でも資金面の問題はもうクリアしてるのよね」
ブラックドラゴンの素材は1体分で5億の値がついたと綾覇も聞いている。
今回は10体以上――推定50億の荒稼ぎっぷりだ。
「あんなに凄い人だったなんて……」
綾覇はぽつりとつぶやく。
原宿94層、95層踏破の配信映像は勿論綾覇たちも見ていた。正直言葉に失うくらい圧倒された。
「凄すぎてもう本当に人間なのか疑いたくなる」
綾覇に続いて冷たくそう零したのは龍美だった。
「ちょっと龍美。よしなさい」
南月が龍美を窘める。
「私だって魔術師として頑張ってきたからわかるのッ!!S級魔物を3000体?有り得ないッ!!あれだけの魔力をひとりの人間が抱え込もうとしたら絶対に魔力臓器が破裂する」
龍美自身の研鑽の日々が炎の仮面冒険者の人外の強さを拒絶していた。
「りゅみ……」
「りゅーちゃん……」
綾覇と清楓は心配そうに龍美を見つめる。碧偉はずっと黙ったまま目を伏せている。
「止められてたけど【東魔天譴】の嗚桜さんだって本当はそう聞きたかったはずですッ!」
「だったら明日直接本人に確かめなさいッ!どうやってその強さを手に入れたのか?陰で化け物扱いするんじゃなくて正面からぶつかってそれから判断なさい」
龍美だけでなく4人は普段声を荒げる事なんてなかった南月の剣幕に驚く。
4人の反応を見て南月は一度息を吐き落ち着いた口調で語りかける。
「急に怒鳴ってごめんなさい。でもね私はあなた達が羨ましいわ。私が配信冒険者として窮地に陥った時、あんなカッコよく助けてくれる人なんて来なかった。だからこんな腕になっちゃったわ」
南月は色素を失ったといっていい病的な白さの掌をひらひらさせる。
2年前南月は配信冒険者として想定外の魔物の強襲に遭い、両腕を噛み千切られた。
救出後、再生医療の進歩と光属性の治癒魔法によるシナジー技術により部位欠損自体は克服したものの、魔力神経を失った事でダンジョン踏破は不可能になり、配信冒険者を引退し今はマネージャーに転身した。
「大人になるとね、いえ大人になったらもう誰かに頼り続けちゃいけないからこそ皆生きるのに精一杯で誰かを助けようと動ける人は少なくなっちゃうの。私はあの人を孤立させて欲しくない。お願い」
南月は自身の体験を踏まえ4人へ懇願した。
「……分かりました」
龍美はまだ心に靄を抱えつつも世話になっている南月の願いを承諾した。
「炎さんとずっと仲良くしていいんだよね?やったぁ!!」
清楓は天真爛漫に喜んだ。そんな清楓を見ながら綾覇は微笑む。
「碧偉、大丈夫?」
沈んだ表情が続く碧偉に南月が声を掛ける。
「大丈夫です」
「そう」
南月は普段は鷹揚で微笑んでる碧偉がこんな表情をするときには家庭的な問題が絡んでいる事を把握していた。
昨日取材攻勢を受けた時はまだ表情は柔らかかった。昨夜に何かあったのだろう。
「なにかあれば遠慮しないで私に相談してね。特に仲間の命にも関わる冒険配信前には必ず」
狡い釘の差し方ではあるが、精神的な不安を抱えたままダンジョンに潜れば仲間まで危険に晒してしまうかもしれないのは事実だった。
南月の言葉に碧偉の顔貌が強張る。
「??どうしたのかしら?下の階層が騒がしいわね?」
「何があったんでしょう?」
碧偉の言葉を待つつもりだったが南月は事務所内の喧騒が気になってしまった。
綾覇らも不思議がる。
慌てた足跡がこの控室へどんどん近づき、ドアが勢いよく開く。
部屋へ入ってきたのは普段オフィス1階で事務作業をしている女性スタッフだった。
「た、大変ですッ!!」
「何があったの?追加でまたブラックドラゴンの素材が届いたの?」
「き、来てるんですッ!!仮面冒険者さんがッ!!!」
「嘘……!?」
女性の言葉に5人は驚く。
事務所への来訪は明日のはずだった。
5人は炎の仮面冒険者が通されたという1階のゲストルームへ急ぐ。
既に1階には事務所【研能】のスタッフや所属する配信冒険者などが集まっていた。
綾覇や南月がゲストルームに入るとその先のソファにいたのは――。
透明な球体の中で炎が毛並みのように控えめに揺らめいている猫だった。
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