第2話 異魔の黒竜

人気女性冒険者パーティーに降りかかった異常事態――ブラックドラゴンとの遭遇。


ダンジョン50層では例を見ないイレギュラーに配信中のコメント欄も騒然となる。


:ブラックドラゴンなんてイレギュラーにも程があるぞ

:黒猫ちゃん達……南無……

:まだ死んでねえよッ!!!勝手に殺すな

:でもボス部屋の中じゃ逃げられねえよ!!

:だけどたしか一度クリアした冒険者はボス部屋の出口側から入る事は出来るんだよな?

:ああ。一度入ったらボス倒すまで出れない事に変わりはないが

:よくわからん救済措置があるだけマシだな


日本に誕生したダンジョンには何故だか踏破ショートカットボーナスがあり、踏破階層までは魔物と遭遇しないで進める特殊な螺旋階段が存在している。

その螺旋階段は各階層のボス部屋に繋がっているという構造だ。


:救援しに行けても無駄死にコースっていう……ブラックドラゴンなんてS級冒険者じゃなきゃ倒せねえよ

:原宿ダンジョン内のS級冒険者さんヘルプミー!!

:安全圏のお前を助けてどうする?

:とにかく俺たちに出来るのはSNSで黒猫ちゃん達の窮地を拡散して奇跡的救援を祈るしかない

:やるぞお前ら!!


コメント欄のリスナーたちもそれぞれの方法でSNS拡散に動き始めていた。



「ブラックドラゴンなんて私達に倒せるわけ……」


目の前の巨大な黒竜を前に魔術師の龍美は顔面蒼白になり弱気な言葉を漏らしてしまう。


「倒せないけど少しでも時間を稼ぐしかない」


綾覇は自らを奮い立たせる為に愛剣を強く握る。

しかしそれを敵意を感じ取った黒竜は大きく口を開き、黒炎の魔力を収束させ始める。


:やべえブレスが来るぞおおおおおオオオオオ!!

:防げるのかよ?


「……ごめんねイムイム。綾覇ちゃんたちを守ってあげて!!!!」


清楓は綾覇達よりも前方に家族のように可愛がっていたスライムを送り出す。

むくむくと膨れ上がったスライムは彼女達の盾となる。


:清楓ちゃんもう泣いてるじゃん

:イムイム死なないでくれぇぇぇぇぇ!!!


「イムイムだって私達の大事な仲間です。私の聖魔法で守りますッ!!!!『神聖なる障壁よ我が仲間を守れ――プロテクション』」


巨大盾のスライムを光の魔力が覆い始める。


:碧偉ちゃんの障壁魔法が強化されたイムイムなら耐えられるかッ!?

:お願いだから耐えてくれええええぇぇぇぇぇ!!!


黒竜の口に収束されていく凶悪な黒炎は徐々にその中心部を白紫色に変え、彼女達を守るように聳え立つ光を纏った巨大スライムめがけて放出された。


プロテクションを纏ったイムイムに黒炎のブレスが衝突した瞬間、一瞬空間が歪んだかに見えた。


「ああッ!!ぁぁぁぁっぁあぁあっぁあぁあ!!!」


綾覇らは目を閉じ、魔力衝突の余波に耐え続けるしかなかった。

体感は一分以上、実際は10秒にも満たない生死を分ける瞬間だった。


:どうなった?

:耐え切れたのか?

:黒猫ちゃん達生きてるぞ!!!!

:ブレスを耐え切ったあぁぁあっぁぁ!!!!



「良かった……まだ死んでない」

「なんとか助かりましたね。でももう……私魔力使い切っちゃいました。一度きりのプロテクションです」


碧偉の表情は既に死を覚悟したものだった。


「碧偉ちゃんのおかげでイムイムも核は無事だったけどもう盾は出来ない」


普段は天真爛漫な清楓の顔にも諦観が見てとれた。

ソフトボールサイズにまで縮まった大事な相棒を抱きかかえている。


:オワタ

:竜のブレス防ぎ切っただけでも大金星なのにな……

:絶望すぎんよ


「2人が頑張ってくれたんだから私達は攻めるよ綾覇!一矢は報いる!!!」


龍美は杖を構え、自分が使える最大級魔法の詠唱に入る。

全ての魔力を炎に変え、竜鱗を貫くべく一本槍に変形させ、回転による鋭さ破壊力も加えた独創魔法。


『竜をも貫け――焔旋重槍』


空気を切り裂き飲み込むかのような激しい爆音とともに高速回転する炎の槍は黒竜の胴体に直撃する。


しかし――。


「駄目だ。全然効いてない。もう笑うしかないね」


自身の限界があっさり弾かれた龍美は杖を地面に落としてしまう。


:龍美ちゃんの魔法じゃ駄目なのか……

:ブラックドラゴンの黒い鱗は魔法耐性が凄いらしいからな

:狙うなら口か眼らしい。それでも通じるか半々

:誰か助けてやってくれよ……

:SNSで拡散され始めるから同時接続数27万までいってる

:Sランク冒険者が何人か救援に向かうと宣言したみたいだけど間に合うかどうか……


「龍美ッ!碧偉と清楓をお願い!出来るだけブラックドラゴンの死角をキープしてッ!!あたしがヘイト買うから!」

「綾覇ッ!!」



綾覇は剣に全身に風の魔力を纏わせ、黒竜へ直進し、飛び上がり右眼を狙い剣を振り下ろす。

狙いを察知した黒竜は目蓋を閉じ、自らの眼球を守る。

自身の剣戟が竜の目蓋を切り裂けなかった事に綾覇は歯噛みする。


(普段どれだけ碧偉のバフに助けられてたか……でも時間を稼ぐには眼を狙い続けるしかない)


綾覇を目障りな矮小種と認識した黒竜は鋭い爪を具えた両前足を乱暴に振るう。


(竜の爪に引き裂かれないように超接近戦に持ち込むしかない)


風魔力を纏い敏捷性を上げた綾覇は黒竜の乱撃を躱し続ける。


:おおお。綾覇ちゃん間合いゼロで致命的被弾を避けてるぞ

:勝算ないのに折れない精神力よ

:標的が変わらないよう時折眼を狙う攻撃もしてヘイトキープしてる

:元々イレギュラーだからこのボス部屋だと狭そうだなブラックドラゴン。翼で飛ばれてブレス掃射されたら既に終わってる


右から左からと連続してくる爪攻撃を避け続けていた綾覇だったか、黒竜は三撃目を繰り出す。


(つ、翼で攻撃!?)


徐々に慣れてきた戦闘のリズムが崩され、反応が遅れてしまい、辛うじて躱せたものの綾覇は体勢を崩されてしまった。


更に四撃目となる竜の尾が彼女に直撃してしまう。


「きゃああああ!?」


尾の直撃を受けた彼女は30メートル以上も弾き飛ばされる。


「綾覇!」

「綾覇さん!」

「あやちゃん!!」


綾覇に駆け寄る3人。


「大丈夫ですかッ!?」


今すぐにでも治癒魔法をかけたい碧偉だったが既に魔力が尽きている。


「うぅ……脇腹の骨、何本かイカれちゃったかも……でもまだやれる」


よろめきつつも起き上がった綾覇に向けて黒竜は既に2発目のブレスの掃射体勢に入っていた。


:ここでブレスとか無慈悲すぎんよドラゴンさんよおおお

:黒猫ちゃん達が死ぬところなんて見たくないので俺落ちるわ……

:誰でもいいから助けてやってくれよおぉぉ……


「……ごめんねみんな」

「どうしたの綾覇?」

「あやちゃん?」

「何を考えているんです?もう死ぬ時はみんな一緒ですよ?」

「2発目はどうにかわたしが防ぐから、みんなはまだ希望を繋いで」


その言葉の真意を仲間達に確かめさせる余裕を与える事なく彼女は最後の気力を振り絞り駆け出す。


彼女の目標は黒竜の口。


:綾覇ちゃん、ブラックドラゴンのブレスに突っ込む気だぞッ!!??

:3人を守る為に玉砕……

:本当の勇者を見た、見たくなかった……

:奇跡はよこい。来てくれよぉぉぉぉ!!!


「綾覇やめてッ!!!」

「綾覇さん!あなたって人は」

「お願い!そんな事しないでぇぇぇ……」


3人の哀願を背に綾覇は心の中で懺悔する。


(皆気にしないで。わたしは元々……もういい。命を賭して竜のブレス斬ってみせるッ!!!)


「はあああああああああッッッ!!!!」


白紫色の黒炎の魔力の中心部目掛けて剣を振り上げたその刹那――。



「――女の子が配信中に死ぬのなんて見たくないんだよね」



(えっ!?誰!?)


彼女が剣を振り下ろそうとした瞬間、黒竜の首がストンと落ちた。

ボトンと地面に落ちた竜の首は何が起きたか理解できないとばかりに細く鋭い瞳孔の琥珀の瞳を忙しなく動かす。

だが事態を把握する前に不発に終わった黒炎の魔力が竜の首を燃やし始める。

頭を失った胴体も事切れたようで大きな音を立てながら地面に伏した。


:助かった……のか?

:ブラックドラゴン死んどる

:綾覇ちゃんがやったん?

:いや。彼女が攻撃する前に突然首が落ちたような


(助かったんだ……あの人?のおかげで)


綾覇の視線の先には自分たちの命を救ってくれた人物がいる。

その風変わりな佇まいに瞠目し、若干戸惑う。


「あやちゃんッ!!」「綾覇ッ!」「綾覇さん!」



自分達が助かった事を理解した碧偉・龍美・清楓の3人が綾覇に駆け寄る。

そして彼女達もその人物に釘付けになる。

基本パーティーの最後列に配置取る撮影ドローンも3人の背後から綾覇のいる場所に近づいた事で配信視聴者たちもその人物の姿を目撃した。


:なんだアイツ?

:アイツがブラックドラゴンやったの?

:魔族?


視聴者たちもその人物の異様さに気づき始める。

全身に濃紺のローブを纏い、ローブの中から伸びた右腕には恐らく竜の首を両断したであろう真紅の刀身。

そして誰もがその異質さを感じる要因となっている頭部。


:なんで頭アルパカなん?

 

綾覇ら【黒猫ハーバリウム】の窮地を救ったのはアルパカの仮面?を被った男だったのだ。


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