No.037 政治の難しさ
食事をしながら、リリスと昨夜リーゼルと過ごした内容を聞いた。どうやら、仕立て屋に赴き、今着ているドレスを調達したらしい。そして、今日のスケジュールの連絡と、馬車で迎えが来るので乗るように、と言われたという。
「本当、リーゼルは気が利くな。ジェラールもだけど」
「凄いよね。あたし、こんな丁重な扱い、初めでだから、どぎまぎしちゃうよ」
「俺だってそうだ」
しかも、俺へのサプライズだから、内緒にしておくように言われていたらしく、だから昨夜話す事ができなかったと説明していた。なんて、仲間想いな奴らなんだ。
正直、戦いに明け暮れていた俺からしてみたら、こんな愛情たっぷりの扱い、初めてだった。
食事を終えた頃、侍女が片付けにやってきて、綺麗になった部屋に二人きりだった。ベッドに並んで腰をかけて、話し込んでいたが――時々見せるとても可愛い笑顔に思わず抱き締めてしまいそうになっていた。
ヤバい、ムラムラしてきた。男というのは、そういう生き物である。といっても、戦闘してるとそういう感情ってなくなるんだけどな。集中してるからだろうか。リリスから香る香水がほどよく心をくすぐる。
「リリス……」
思わず抱き締めて、押し倒してしまった。
「え、えっと、ぐ、グレン?」
もう我慢できん! 半ば強引とも言えるキスをする。
「ん……もう、待ってよ、少しくらい心の準備させてよ」
「あ、ああ、すまん」
「あたし、初めてなんだから」
「いや、俺も初めて」
照れ臭そうにしながら、優しくキスをし直す俺たち。そっと体を撫でる。
「……ふふ、あたしたち、夫婦だしね」
「ああ、本当は離れたくなかったんだ。俺はリリスが好きだ」
「あたしも、グレンが好きだよ」
こうして、俺たちは初めてお互いの体を愛し合った――
◇◇
その頃、街の酒場では、右腕を失った冒険者が酒を飲んでいた。知り合いと待ち合わせのようだった。
「よう、弟!」
「やめろよ、サイモン! 弟じゃねぇよ」
サイモンに弟と呼ばれていたのは、俺ではなく、俺の兄貴分、レナードだった。ロンドールの南の街と西の街にいる知り合いの冒険者に声をかけて回った後、ようやく落ち着いたようで、この街の酒場でサイモンと落ち合っていた。
「しかし、まさかグレンが皇帝とはねぇ」
「ああ、俺も弟分の弟分が皇帝とは鼻が高ぇや」
「あぁ? だから、いつから俺がてめぇの弟分なんだよ? だいたい、討伐依頼の時、足引っ張ってばっかりだったのに、良く兄貴面できるな?」
「それを言うなって」
ゲラゲラ笑い合う二人だったが、サイモンは真面目な顔をして尋ねる。
「ボス……あ、グレンから聞いたんだが、その腕、例のデモネシアの王とやり合ってやられたんだって?」
「ああ、とんでもねぇ化け物だ。世界中の知り合いの冒険者に、デモネシア戦線に参加するように声をかけて回ったが、それでも勝てる可能性はゼロだろうな」
「……お前が十人いても無理なんだろ?」
「そこまで聞いたか? ああ、俺が十人でも無理だな――」
コップにある酒をカッと煽ったレナードは続ける。
「だがな、グレンが十人なら勝てるかもしれねぇ」
「ボスはそんなに強ぇのか?」
「ああ、最後に会ったのは、この国に入る前だったが、あいつも化け物だ。あの年でもしかしたら、全盛期の俺よりすでに強ぇ。時間さえ稼げば、あいつがデモネシアのボスとタイマン張れる事もあるかもしれねぇが……」
「時間が稼げればってどのくらいだ?」
「分かんねぇ。数年じゃ流石に無理だろうな。数十年後なら、分からねぇが、そこまでホミニスが持つかどうか――」
◇◇
ロンドールの宮殿に住み始めてから、一週間が経とうとしていた。どうやら、リリスも一緒に暮らす段取りになっていたようで、治療院の方では代わりに軍の治療術師が派遣されているとジェラールから聞いた。
信じられないほど、平和で笑顔に溢れる日々。護衛を連れて、街に出れば、皆がニコニコ挨拶してくれて、皇帝なのも悪くないと思うようになっていた。
「この暮らしにもだいぶ慣れて来たな」
謁見の間の王座に座り、定例会議の前にジェラールと会話を交わす。
「それは何よりです」
「それもこれも、全部ジェラール、お前のおかげだ。ありがとうな」
「いえいえ、私としては、陛下ほど強いお方が後ろ盾というのは、政治面でも無敵ですので」
「そうか、民衆が皆楽しそうにしているから、良い政治しているんだろう? 悪政のために俺を利用したら、ただじゃおかねぇからな」
「あはは、陛下。私だって、陛下に逆らえると思っていませんから。ただ、恩には礼を尽くす。これを皆にすれば良い事です。納税という恩に、暮らしやすい社会を提供する礼を尽くす。これが陛下の望みでございましょう?」
「そういう事だ。俺も今まで戦って来て、救えなかった命もたくさんある。どんなに頑張っても、全員は救えないんだ。そこだけは無理な考えはするなよ」
「畏まりました。そろそろ皆、集まり始めましたので、始めましょうか?」
「ああ」
ジェラールの進行で、今月の納税額と収支報告が行われ、各地の状況や緊急に対応が必要だと各地の担当者が思っている事を発言する。それをジェラールと俺で考え、対応が必要だと思えば、予算を割り振り、そうでない場合、担当者の主張とよくすり合わせを行いながら、支援が必要かどうかを皆で吟味し、決定していく。
政治って大変だな。率直に思った。これを代理してくれている。というか、俺は皇帝の必要がないんだが、代理として当たってくれているジェラールには頭が上がらないと思った。会議を終えた後、皆が立ち去った謁見の間で、再びジェラールに尋ねる。
「そういえば、兵士の訓練はどうなっている?」
「順調に進んでおりますが、やはり天性の素質という物を持つ者と持たざる者の差は大きく開きがちですね」
「……それは仕方ないな、A級、S級が見込める者はいるか?」
「いなくはありませんが……時間が必要でしょう」
「そりゃそうか。その辺の一般人でもデモネシアと戦えるような武器でも作れればいいんだけどな」
「最近、発明家の間で、魔術銃という物が発明されました」
「まじゅつじゅう?」
「はい。魔術師が魔術を込めた弾を発射する事で、魔術師のように魔術を発現できる代物のようです」
「それなら、一般人でも魔術団のように後方から支援ができるようになるな」
「ええ、私も一目置いております。現時点では、
「そうか。バハヌール地方を取り戻したとはいえ、あっちのボスが出てきたら、一気に取り戻されるような状況だからな。せめて、この国は自衛くらいできる装備は作っておいた方がいいだろう。予算は任せる。開発を急いでくれ」
「畏まりました」
◇◇
俺が去って、たったの一週間だったが、南東戦線はぐいぐい押し下げられいた。他の地域は、冒険者たちの活躍や、ナスツール軍、ラベルンロンド軍の奮闘で、バハヌール地方の維持が上手く行っていたが、アリエル教団メインのこの戦線だけは、どんどん後退する事態となっていた。
「……やはり、グレンの穴は大きいか」
ツァールが戦況報告を聞いて、ため息を吐いていた。死傷者の数も劇的に増えており、エイルは南東部の支援に向かっていたため、会議室にはツァール一人――
「ここから、崩れてここが堕とされては、南部も南西部も補給が安定しなくなってしまう……南部の聖戦士団を南東部へ回すか?」
決して勝つ事のできない戦いの戦略を練っているのだった。
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