No.036 着飾れば貴婦人

 翌日朝、俺はリーゼルたち小隊に護衛されながら、ロンドールに向かっていた。ここからは、夜の走って移動、壁をよじ登って、屋根の上を飛び回り、城に侵入しただけなので、全く景色というのは覚えがない。

 初めて、まともに正面から入る事になる。到着する頃、多くの人々が入り口に待ち構えていた。ジェラールを筆頭に、政治を預かる貴族たちが中心だった。


「仰々しい出迎えだな」

「それはそうです。陛下が戦場から帰還なさったのですから」


 俺のつぶやきに、リーゼルは当然といった雰囲気で答えている。いや、だから、皇帝のつもりはねぇんだって。


「おかえりなさいませ、陛下」


 まずは、ジェラールが最敬礼をした。それに続いて、他の連中も最敬礼している。


「あ、ああ、気遣いは有難いんだが、ここまで仰々しい事はしなくて良かったんだぞ?」

「いえ、これは私個人が、こうして陛下をお迎えしたく、また、こちらにいる皆様もぜひ陛下を迎えたいと、自分から参加した方々です。私は一切、強要しておりません」

「そうか、皆、わざわざありがとな」


 気付けば五十人くらいの行列となってしまった俺の後ろ。門番も最敬礼している。なんだか、不思議な感じだ。あの時は、反乱組織メンバーに騒ぎを起こして、気を惹かなきゃいけない相手だった門番が、今は最敬礼しているのだ。


「陛下よ!」

「陛下がお戻りだ!」

「皇帝陛下バンザーイ! バンザーイ!」


 街に入ると、この行列を見た市民たちが万歳をしている。本当に万歳が好きな国だな。苦笑いを浮かべながら、何となく手を振ってやると、とても嬉しそうにしている。だが、疲れるな、こんな生活。デモネシアと戦って方が気楽でいい。


 そんな状態が城まで続き、身分も老若男女問わず、わざわざ俺を見物しようと道を込んでいる光景は、まるで凱旋のようだった。俺、破戒僧だって事で追放されただけだからね?


「……はぁ」


 城に入った頃には、もう疲れ切っていて、思わずため息を吐いてしまう。そんな状態を察したようで、リーゼルがジェラールに耳打ちすると、ジェラールが一人の侍女に指示を出した。


「陛下、ひとまず、お部屋をお休みください。昼食はお部屋にお持ちしますので、そちらを召し上がって、ひと段落しましたらお迎えに上がります」


 侍女が「陛下、こちらです」と先行して、城の中を案内し、見覚えのある部屋に出た。


「ここって、レオンが寝てた部屋だな」

「はい、ご心配なさらず。すべての寝具、壁紙、フローリングまで新調しておりますので」

「いや、そこまで気にしなかったが、そうなら、そっちの方が気分的には楽だな」

「では、ごゆっくり。時間になりましたら、お食事をお持ちいたします」


 俺は、あの日忍び込んだ部屋に一人になった。よく見れば、広くて、天幕付きのキングサイズのベッドに加え、窓から見えるロンドールの街並みは活気のある大都会という感じだった。他に特に飾りなどなく、本当にベッドとベッドサイドテーブルがある程度の、引っ越して来たばかりという感じだ。

 ベッドに横たわり、天幕を見上げる。寝心地は悪くねぇけど、別にリリスの家で借りたベッドでも、それこそ、デモネシア戦線の前線基地の簡易ベッドでも、眠るのには困らねぇけどな。

 そんな事を思いながら、する事もなくて落ち着かず、窓の外を見たり、窓を開いてみたり、筋トレしたりと時間をつぶしていると、ノックが響く。


「陛下、お食事の時間です」

「どうぞ」


 入って来た者の姿に、さっきの侍女を想像していた俺は目を丸くした。


「お前、なんで?」

「えへへ、リーゼルさんに頼まれたの」


 俺は、本当にその姿に驚いた、綺麗なドレスを着て、見違えるほど美しくなっているリリスの姿に。


「あたしの分もあるから、グレンの分はここに置いて、取って来るね」

「あ、ああ」


 アリアを思い出すほどの美しさだった。てか、俺、結構アリア好きだな。などと自嘲しつつ、食事に目をやる。豪華だ。前線の豪華さなど比較にならない豪華さ。


「あ、あたし、自分でやりますよ?」

「いえ、皇后様にさせるわけには参りませんので、わたくしにお任せください」

「えっと、皇后なんてつもりはなくって」


 という会話をしながら、食事を持った侍女とリリスが部屋に入って来る。


「それでは、陛下、皇后様、ごゆっくりおくつろぎください」


 侍女はそのまま部屋を去っていった。


「ちょっとグレンの気持ちが分かったかも」

「だろ? 疲れるよな、この扱い」

「うん、わあ、これがロンドールの街かぁ、初めてまともに見たよ」


 窓の景色に目を奪われたリリスは、窓際に立つ。髪が風に揺られている。その様はまるで女神でも見ているのかと思うほど、俺の目に焼き付いた。


「どうしたの?」


 どうやら、気付かないうちにずっと見入ってしまっていたようだった。


「いや、綺麗だな、と思って」

「何が?」

「……り、リリスが」


 照れくさくて、ちょっと小声になっちまった。あぁ、もう! 戦いたいっ! そっちの方がどれだけ気楽な事か。


「えへへ、あたしもこんな高級ドレス、初めて来たよ。似合ってる?」

「ああ、とても綺麗だ」

「でも、このお腹のあたり、めちゃくちゃ窮屈なの。ご飯ちゃんと食べられるかな?」


 などといいながら、ベッドに腰かける俺の横に座り、もたれかかって来る。


「もう、こうしてグレンにもたれる事はできないと思ってたんだ」

「俺だって、リリスともう会えない覚悟だった」

「アリエル様のおかげだね。感謝いたします」


 祈りを始めるリリスに、俺はちょっとだけ、アリエル嬢に感謝する。今も戦場ではたくさんの者が命を散らしているだろう。だが、今回に関しては、その一部がこれを望んだ事だ。俺が悪い事は一つもない事が救いだろうか。


「そういえば、何で帰って来たの?」

「前線のアリエル教徒に、俺が人殺しをしたという事が広まっちまってな。裏切者とは一緒に戦えないって声が大きくなっちまって、とりあえず一旦追放って形になった」

「……そうなんだ、でも、グレンが殺した人って悪い人じゃないの?」

「まぁ、悪い人かどうかは分からないけど、一人は俺の目の前で戦友を殺した。少なくても何十、何百人も。お前が知ってるか分からないが、アローグってラベルンロンド軍のエースで、元S級冒険者の双剣士だ。もう一人はあの日、城に侵入した際に巡回兵に見つかって、気絶させるつもりが力加減が分からなくて、殺しちまった。こっちの兵士には申し訳なく思ってる」

「どっちも自分ための殺しっていうより、国や誰かのための止むを得ない殺しだよね」

「そういわれたらそうだな。俺は俺自身の利のために人を殺そうとは思わない」

「じゃ、禁忌を犯してないよ」


 リリスなりに、俺を励まそうとしてくれているんだろう。でも、ホリムが教えてくれた福音書には「人殺しは禁忌である」としか書いてなかった記憶がある。ツァールやエイルというベテラン教徒がどうにもならないって事は、その言い訳は通じないんだろうな。


「あたし、アリエル教徒はやめたんだ」

「そうなのか?」

「うん、教え自体は嫌いじゃないよ? でも、何だか、融通が利かないし、今のグレンの事だって、なんかおかしいじゃん? 今回色んな事があって、違和感が生まれたんだ。お父さんとお母さんは続けてるけど、あたしはそのまま脱退しちゃった」

「いいんじゃねぇか? アリエル教団が全て正しい訳じゃねぇしな。実際、俺は性悪アリエル嬢を信仰するお人よしの集まりくらいにしか思ってねぇしな。それに、お前、治癒魔術使えるんだし、診療所で働いているんだろ? 人助けしてて、偉いじゃないか」

「えへへ、ありがと、グレンならそう言ってくれると思ってた」

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