No.035 デートのはずが
あれから、何故か出かけようと誘われ、俺は街を歩く事になった。
「あら、リリスちゃん、良い男を連れてるねぇ」
「でしょ? 実は私の旦那様なんだ」
「あら、あんた結婚してたんかい」
「えへへ」
花屋に立ち寄ると、婆さんに声をかけられているリリスは、ニコニコと嬉しそうにしている。しかも、旦那様って言ってるって事は、あの結婚はまだ有効って事か? 俺はガハードに「忘れてください」と言われたので、てっきり結婚ごっこでもしてたのかくらいに思っていたが――
「ねぇ、グレン! あれ欲しい」
「ん? どれだ?」
「あれ」
今度は雑貨屋で、髪ピンなのか、それが欲しいとねだっている。
「ああ、分かった、買おう」
俺は汚れた布袋の中にある。金貨を出す。
「ちょ、ちょっと旦那! そんな大金出されても、お釣りが用意できませんって」
「ん? これ、大金なのか?」
「え?」
そんなやり取りをしていると、ササササッとどこからかリーゼルがやってきて、支払いを済ませる。
「悪いな、リーゼル。代わりにこれ、やるよ」
「いえいえ、結構です。そのような大金、いただくような事はしていませんので」
「俺、これしか持ってないんだよな。あとは全部……どこにあるんだろう?」
そういえば、俺は一応、デモネシア戦線ではエースとしての報酬をもらっていたはずだけど、実際に金として受け取った事がないぞ? まぁ、戦うしかする事がなかったし、帰れば家と飯は用意されてたから、金が必要なかったが。
「すまん、リーゼル。後で返す」
「いえいえ、陛下はお気になさらず、デートなさってください」
その言葉に、リリスは顔を真っ赤にして俯いている。耳まで真っ赤だぞ。
「え? あんた、いや、貴方様がグレン皇帝ですか?」
「やめてくれ、皇帝はいらない。だが、グレンだ」
「おぉぉぉぉっ! お会いできるとは思ってませんでしたっ! 貴方様のおかげで私は、いや、私たち民は、そして国は救われました! ありがとうございます!」
「お、おい、やめろって」
店主のおっさんがデッカい声でそんな事言って、仰々しい礼をするもんだから、注目が集まっちまった。
「えっ!? あの方、皇帝陛下なのっ!?」
「嘘、あんなにお若いのに? ものすごい強いんでしょ?」
あちこちから、俺の事を話す声が
「陛下! 会える日を待ちわびておりました。死ぬまでに会えてるとは、アリエル様に感謝です。陛下、どうもありがとうございました!」
「いや、いいって、気にすんなよ」
「陛下、私も救われました。ありがとうございました!」
参ったな。店主のおっさんのせいで、周りに人が集まっちゃって、礼を言われるわ、握手を求められるわ、拝まれるわで、勘弁してくれって感じだ。そんな中、リリスは少しだけ下がって、やけに嬉しそうにニコニコしている。
「こういうの苦手なんだよ、皆。気持ちは嬉しいんだけど、本当に気にしなくていい。笑顔で暮らしてくれていればそれでいいから」
「おぉ、なんと素晴らしいお方! 我が国の皇帝は我が国の誇りだ! バンザーイ! バンザーイ!」
おいリーゼル、フォローしろよ。と彼の顔を見ると、リリスと同じように嬉しそうにニコニコしていた。
「分かった、分かったから、皆もう勘弁してくれ」
「そうだぞ、お前ら! 陛下は今、デート中らしいからな! あんまり邪魔するなよ!」
おい、店主! 余計な事言うな!
「あら、陛下の恋人ってリリスちゃんだったのかい?」
どこぞのおばちゃんが、そんな事を訪ねると、いつの間にか近くに居た花屋の婆さんが、
「恋人じゃないんだってさ、旦那様だってよ?」
おぉぉぉぉいっ! 余計な事言うな!
「何だって!? なら、リリスちゃんって皇后なのか?」
「うそ? 俺、この間皇后様に傷治してもらっちゃったぜ!」
更に大騒ぎになる。今度はリリスが主役。おかげで俺はホッと一息吐けた。
「ちょ、ちょっとみんな、あ、あたしは今まで通りあたしだから」
「いーや、皇后様なんだろ? バンザーイ! バンザーイ!」
この街の人たちは万歳好きだな。でも、こんな平和な光景が見れるのは良い事だな。身分も国も関係なく、皆がこうやって楽しく暮らせる世界が作れたら、どれほど良い事だろう。
そのためには、俺はもっと強くなって、デモネシアの王に勝たないとならないな。
◇◇
「陛下、民からこれほど愛される皇帝は、きっとこの世界で貴方が初めてですよ」
ようやく、皆が満足したように散った頃、リーゼルはそんな事を俺に言う。
「戦いしか能がねぇのに、こんなに騒がれちまうと、困惑しちまうよ」
「あはは、そういう陛下だから、私たちも付いて行こうと思えているんですよ」
その横には、さすがに皆に構われて疲れた様子のリリスがいる。
「リリス、まだ回るのか?」
「……ううん、もう疲れた」
「そりゃよかった。俺も何だか疲れた」
戦闘より疲れたかもしれない。結局その日は、リーゼルの提案で、サンドウに一泊する事になった。俺は、ガハードの「ぜひうちで!」という強い懇願によって、あの時ぶりにリリス一家の家に泊まる事になった。といっても、あばら家ではなく、ちゃんとした結構良い家での宿泊だ。
んで、リーゼルが何故かリリスを連れて行った。何だろうな?
「聞きましたよ、グレンさん! 街の皆から、感謝を伝えれたとか」
ニコニコしながら、ガハードが尋ねて来る。
「ああ、参っちまったよ。あんなに皆が嬉しそうにお礼だの握手だのしてくるから無下にもできねぇし、慣れてねぇから、デモネシアと戦うより疲れた」
「あはは、サイモンたちも会いたがってますよ? グレンさんは、私たちの英雄ですからね」
「だから、やめてくれって、そういうつもりじゃなかったんだから」
「そういうところがいいんですよ、グレン様」
料理を運んで来たエリザが、笑顔で会話に混ざった。
「私たち、民衆が求めるのは、民のままの王でしたからね。グレン様はまさにその通りの皇帝です、ねえ、あなた?」
「うん、まさに私たちの求めていた王の姿です。皆が気軽に声をかけても対応してくださって、自分の功績をひけらかすわけでもなく、ただ、皆と同じ目線で考えているだけという姿勢は、他の国の王たちにも見習ってほしいくらいです」
エリザもガハードもニコニコしながら、嬉しそうにそう語る。するとドアがバンと力強く開く。
「弟が帰って来てるんだってっ! っていた、おい皆、ボスがいるぞぉ!」
今度は、サイモン、イワン率いる市民団体として活躍している元反乱組織メンバーたちの来訪だった。
「よぉ、元気か皆?」
「あったり前よ! どうよ、ボス、街? 良くなっただろ?」
「ああ、見違えた」
「だろ? 俺たちとジェラールの旦那で頑張ったんだぜ?」
「せやで、わてらだけ優遇されもあかんし、国も儲からなあかんしで、結構難儀しとってんで?」
「そうなのか」
「そうなのか、ってあんさんの国やで? 少しは感謝してほしいもんや」
「あ、ありがとう」
「ほんま、ボスはおもろいわぁ」
懐かしく、下品な口調で進むこの空間がやっぱり落ち着いた。陛下陛下言われてると、ものすげぇ疲れちまう。
「お前ら、今は困っている事はないのか? 何なら俺からジェラールに伝えるぞ?」
「ねぇよ、これ以上言ったら罰が当たらぁ」
「ないなぁ、ジェラールはんは、ほんまに国を良くしようと動いてくれる、素晴らしいお人や」
おぉ、流石ジェラール。俺の適当な人選にも関わらず、期待以上に活躍しているようだ。
「そういえば、ジェラールの旦那も、ボスに会いたがってたぜ」
「ああ、明日には顔出すつもりだ」
「グレンはん、どのくらいおるつもりなん?」
「三カ月ってとこか」
「なら、また遊びに来ますわ」
「ああ、また来いよ。ってここ、ガハードの家だけどな」
皆が爆笑する。こういう時間が続けばいいのになぁ。
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