No.034 追放処分

 話し合いの結果、俺は処罰としてナスツール追放となり、ラベルンロンドに行く事になった。その中で、ラベルンロンド軍の全軍撤退だけは止めて欲しいという、ツァールやエイル、バイセルたち軍部指揮官からの強い要望もあり、アラン率いる大隊は残る事になった。しかし、リーゼルは小隊を預かり、俺の護衛という形で、戦線から離脱する事になった。


「陛下が戻られれば、ジェラール代行もさぞお喜びでしょう」

「何言ってんだよ、だから、俺は皇帝はやらねぇって」

「我々貴族だけではなく、民衆も皆、陛下の帰りを待っておりますゆえ、諦めてください」

「ケッ……」


 道中では、何事もなく、話が通っているのか、ナスツール国内の至る関所もすんなりと通行できた。少人数での行軍だったため、三日でエスタ村に着いていた。


「今夜はここで宿を取りましょう」


 そう言って、リーゼルはテキパキと部下に指示を出し、段取りを組んでいる。これまでの道中でも感じたが、こいつはとても優秀だ。さすがジェラール、人選もばっちりだな。


「ちょっとだけ寄りたい場所がある」


 と、俺はレナードがいるんじゃないかと酒場の様子を見たが、見当たらなかった。やはり、もうこの街から去ってしまったのだろうか。


 あ、そうか。俺はすっかり見落としていた事に閃いた。エスタ村の東の大壁を警備する兵士に尋ねてみるという事を。


「リーゼル様! お勤めご苦労様です!」

「私に挨拶するより、陛下に挨拶が先だ」

「陛下!? これは失礼しました!」


 跪いて最敬礼をした兵士に、やっぱ俺って皇帝なんだなと実感させられる。


「一つ聞きたいんだが、右腕を失った冒険者がどうなったか知らないか?」

「右腕を失った? ああ、レナードですね。飲んで良く暴れていました。この門が解放後は、東に進みましたよ?」


 東という事はサンドウ、あるいはロンドールに向かったという事か。同じ道を逆から通っていたはずなのに、すれ違わなかったな。そんな事を思いながら、サンドウに入った。


「見違えたな」


 中央にあったアリエル教会もしっかり復興されており、街も綺麗に片付いていた。さらに、いたるところで建築が行われており、活気に溢れていた。


「グレン様っ!」


 そんな中、声をかけられた。聞き覚えのある声だった。振り返ると、そこにはガハードの姿あった。


「ガハードか! あはは、元気にしてたか?」

「ええ、おかげさまでいただきました報酬で家も買いまして、そこが自宅でございます」

「おお、良いところに家が持てたんだな、良かったよ」

「まさか、生きてグレン様を再びお目にできるとは思っていませんでした」

「俺もまさか、こうして帰って来る事になるとは思ってなかったんだが……」


 俺が話し込みたそうにしていたのに気付いたのか、リーゼルは「我々は少し、休憩をいただきますので、ごゆっくりくつろぎください」と言って、兵士たちを連れて、街の中へ消えて行った。


「破戒僧なのが現場で揉め事になっちまってな」

「なんと……」

「ガハードは追放されただけの破戒僧なんだってな? エイルから聞いたよ」

「ええ、私はグレン様ほどの力もありませんので……しかし、その、なんというか、教徒を代表して謝罪します」

「いいって、禁忌を犯したのは事実だ。それに俺は別に敬虔なアリエル教徒でもねぇし、憎まれるのも慣れっこだからな」

「有難いお言葉に、同じアリエル教徒として救われます。しかし、禁忌とはいえ、止むを得ない事情の場合は、例外処置があっても良いのではないかと私は考えております」

「その辺りは、ツァールとエイルも何だかもやもやしてそうだったぞ。教祖様が話を聞いてくれないんじゃねぇのか?」

「あぁ……そうですね、大司教様たちも教祖様には逆らえませんので」


 そんな世間話が一通り済んだ頃、俺はキョロキョロとしながら、気になる事をこっそり尋ねる事にした。思ったよりも早く帰って来れたし、三カ月はここにいないといけないのだから、


「その……リリスはどうしてる?」


 リリスに会いたいと思ってしまった。会ってもまた、いずれは離れなければならないのに、俺もつくづく女々しいなと自分を心の中で嘲笑う。


「リリスは今、診療所で働いております」

「診療所?」

「ええ、アリエル教徒として復権もしましたし、治癒術も使えますので、建設現場での事故や、元々乱れた都市なので、賊討伐などで怪我人が良く出るため、診療所から声がかかったようです」

「そうか、頑張ってるんだな」

「ええ、最初は塞ぎ込んでましたが、サイモンさんが上手い事引っ張り出してくれまして」

「そういや、サイモンたちはどうしてるんだ?」

「市民団団長として、大活躍ですよ、ジェラール代行とよく街を視察している姿を見かけます」

「お、サイモンにピッタリの称号じゃねぇか」

「私もそう思います」


 そんな中、ちょうど偶然にもリリスが帰って来る。


「え? グレン? なんで?」

「あ、リリス。えっと、久しぶり、まぁ、その、いろいろあってだな」


 久しぶりに見たその姿はやっぱり可愛くて、もろ好みだ。照れる俺をよそに、ガハードがリリスに尋ねる。


「ずいぶん早い帰りだね、リリス? 今日の診療はおしまいかい?」

「うん、なんか、軍の医療班の人たちが来てくれて、何故か代わってくれたの……ああ、そういう事ね」


 リーゼル! お前優秀過ぎるだろ! なんて気遣いのできる男だ。


「おっほん! では、私は教団での仕事がありますので、これで失礼しますね」


 わざとらしく、その場から立ち去ったガハード。気まずい沈黙が流れる。しかし、やっぱりリリスは可愛い。けど、何故か目が怒ってる。俺、何かしたか? おどおどする俺をよそに、ずっと俺を睨みつけるリリス。ぐいっと近づいて来た。


「おかえり!」

「お、おう、ただいま」

「こんなとこで立ち話じゃなんだし、グレン目立つからうち行こ?」

「あ、ああ」


 リリスたちの新居に招待される。そこには、元気に家事をするエリザの姿があった。


「あらまぁ! グレン様じゃありませんか! よくぞ、お越しくださいました!」

「ああ、エリザも元気になったみたいだな、良かった」

「ええ、お陰様で、おいしい物をたくさん食べられるようになりましたので、ささ、どうぞお座りください」


 案内されたテーブルは、あの時の石の欠片だらけだったあばら家とは違い、しっかりと家のダイニングキッチンに案内される。


「お茶でよろしかったですか?」

「そんな気を遣わなくていい、水で十分だ」

「いえいえ、そうもいきません。国を救ってくださった英雄。そして、我がラベルンロンド連邦の皇帝様ですから」

「……皇帝のつもりはないんだけどな」


 席に付くと向かいにリリスが座り、ぷくっと頬を膨らませている。そんなの関係なしで、エリザが俺とリリスにお茶を出す。


「では、私は外で洗濯がありますので、グレン様、ごゆっくり」


 とまた、変な気を遣われたようで、リリスと二人きりにされてしまった。なんで揃いも揃って、リリスと二人きりにしやがる。何だかこいつ、プリプリしてるし。


「もう帰って来ないのかと思ってた」


 不貞腐れながら、そう口を開いたリリス。俺は、頬をポリポリしながら答える。


「ああ、俺も帰って来る事になるとは思ってなかった」


 再び、沈黙する部屋。俺、何かしたか? 別にリリスの事嫌いで飛び出した訳じゃないんだぜ?


「どのくらい今度はいる予定なの?」

「三カ月、程度の予定だ」

「三カ月も!?」


 今度はすごく嬉しそうな笑顔を見せたと思ったら、慌ててプイッとそっぽ向く。なんなんだ、これ? 俺は、とにかく困惑した。戦い以外の事をろくに知らない俺にとって、女心なんて分かるわけもなかった。

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