No.033 魔女裁判
そんな順調なある日、それは起こった。南西部戦線の朝礼の場だった。
「私は、禁忌を犯した者と共闘はできません」
あるアリエル教団治療術師の言葉が発端だった。この朝礼や会議には、アリエル教団の者たちの他に、オイエードから合流したナスツール軍、ラベルンロンド軍、冒険者という四つの勢力が存在していた。
その言葉に、共感する者たちが続出し、その視線は全て、俺に向けられたものだった。理由を確認するワイセンに、人を殺したというのは事実か確認される。
「ああ、事実だ」
「なんと……なぜ、黙っていたのですか」
ワイセンからも強く問い詰められる状況になっていた。その光景は、まるで過去にあったという福音書にある魔女裁判そのものだった。それからというもの、俺はアリエル教団の連中から避けられ、ある時は「裏切者」と軽蔑され、またある時は「人殺し」と責められるようになった。
俺自身は、そこまでその状況を悲観していなかった。なぜなら、軍の連中もいたからだ。そちらは今まで通りの扱いで、ラベルンロンド軍兵たちなど、逆に「アリエル教徒はバカなのですか? 皇帝の活躍を理解できないのでしょうか?」と未だに皇帝扱いしながら、率先して支援してくれていた。
その翌日、作戦本部から呼び出しを受ける。俺が会議室に入ると、ツァールやエイルはもちろん、バイセルや他の指揮官、ロンドール城の謁見の間で見かけた貴族たちが雁首揃えていた。
「よく来た。まあ、座れ」とツァールに促され、俺は椅子に腰かける。大司教二人は、参ったなという顔をしており、バイセルたちは申し訳ないという顔をしている。そして、ラベルンロンド貴族たちは、不服そうに向き合っていた。
「出所は分からんが、お主の禁忌犯しの噂が全軍に回った」
「そうか、ちょうど昨日、現場の朝礼でワイセンに問い詰められたところだった」
「それの結果、アリエル教徒たちがストライキを始めてしまったのだ」
「は?」
どうやら、裏切者と一緒に戦えないというのが言い分らしい。
「すまぬな、元は言えば我がナスツール軍が弱いせいで、お前に人殺しをさせてしまっただけだというのに」
バイセルが申し訳なさそうに謝罪している。その様子に、ラベルンロンド貴族、確かアランだったか、は不服そうに講義している。
「アリエル教徒は何なのですか? 今まで散々、我が陛下に助けてもらっておきながら、たった一度や二度の人殺しで手の平返しですか? 恥ずかしくないんですか?」
「おっしゃる通り、グレンのおかげで今があるのは間違いないだろう。吾輩やエイルはそれを理解している。しかし、一般教徒はそこまで考えていない。あわよくば、戦線を離脱する口実くらいに考えている節すらある」
申し訳なさそうに状況を語るツァールに、エイルも気まずそうにしている。自分たちの教徒が、恩を仇で返そうとしているのだ。しかし、裏切者である事も事実であり、責める訳にもいかないという板挟み。苦しい立場だろう。
「そこでどのように部隊を配置するかを再検討しようと思い、皆様に集まってもらった次第である。そして、グレンには何らかの処罰せねば、収まりが付かない状況だという事も伝えておこう」
ツァールは、俺に目で「すまぬ」と語っていた。その言葉に激高したのは、バイセルだった。
「処罰は聞きずてならん! なぜ、我が国の英雄を処罰を受けねばならぬのだ! 彼の英断のおかげで、我々やそちらのアラン殿たちの援護を受けられているのだぞ!」
今にも喧嘩になりそうな物腰のバイセルに、そっとエイルが語り掛ける。
「わたくしたちも彼を英雄だと思っております。ですが、現場の教徒レベルでは全体を理解できない者も多いのも事実です。一般兵も全体を理解できていないのと同じです」
「……」
「失礼ながら、我がラベルンロンドとしましては、陛下にご帰還いただければ光栄に思います。民もそれを望んでおりますゆえ」
おいおい、話がまとまらなねぇな。どうしたもんか、俺は別に嫌われてるのも問題ないし、処罰受けてもいいんだけどな。
そんな中、アランの脇に立っていた、眼鏡をかける冷徹そうな青年が口を開いた。
「平和過ぎるのでしょう。きっと」
その言葉に、皆の視線が彼に集まる。
「おっと、失礼、私はリーゼルと申します。ラベルンロンド軍、軍師を務めさせていただいております。現状、今までにないほど、戦況は覆りました。現場の兵、教徒たちに安堵が広がっているのは間違いありません。平和な世界に英雄はいらないではありませんか? もう平和が来ると彼らは思っているのだと考えます」
その言葉に皆黙り込んで俯いた。時折「確かにな」という声が聞こえる。俺もその言葉には一理あると思えた。それまでは、俺がいないと死ぬかもしれない状況ばかりだった。だが、今は潤沢な食料にたくさんの仲間、どんどん押し上がる戦線。勝てると思ってしまうのも無理はない。
「それを踏まえた上で、処罰というテイで、陛下をラベルンロンドへ追放なさってはいかがでしょうか?」
リーゼルの提案に、ツァールやエイルはもちろん、バイセルまでもが目を丸くする。
「一度、皇帝不在、ラベルンロンド軍のない状態でどれほど戦えるのか、現場に理解させるのです」
「その隙を付いて、ラベルンロンド軍が我がナスツールを堕とそうというのではあるまいな?」
バイセルはリーゼルに疑いの眼差しを向けた。それを何食わぬ顔で受け止めた後、リーゼルは言葉を続ける。
「バイセル殿下、我が国の皇帝は、こちらにおられるグレン陛下です。陛下がナスツールを攻めろと命令されるとお思いで?」
その質問に、バイセルは俺を見て、申し訳なさそうにした。
「失礼した。発言を撤回する。申し訳ない」
それからしばらく、重い沈黙が流れた。その間、俺はどうするのが一番良いのか、俺なりに考えても見た。このまま、ここで戦い続ければ、教団内で裏切者を優遇するという流れになりかねない。それこそ、裏切ってもいいんだ、なんて風習に繋がったら目も当てられない。だから、処罰は必要なのは止むを得ない。アリエル教団の士気に関わる問題だからな。
「お主はどう考えておるのだ、グレン」
重い空気の中、ツァールが俺にそう尋ねる。
「ああ、処罰は必要だろうな。隠していたという現実は、アリエル教徒に限らず、裏切られたと思われる行動だ、それは否定できない。加えて、処罰については、財産没収や百叩き程度で収まるとは思えない。どちらも俺にとって痛くもかゆくもない行為な事を、ある程度奴らは知ってるはずだ。だからと言って、奴らが最終的に望むであろう処刑される気はない。俺がいなけりゃ、間違いなくホミニスは滅びる。過信じゃねぇ、それが事実だ。そうなると、リーゼルっつったか? お前のいう意見が一番良い妥協案じゃないのか?」
「はっ! 陛下にお褒めいただき、光栄に思います」
リーゼルは俺に敬礼する。やっぱり、俺ってまだ皇帝なんだな。ジェラールの奴、どんな形で運用してやがるんだろう。それも気になるな。
「人の噂も七十五日、と言います」
この言葉はエイルだった。
「恩には礼を、が教えのアリエル教団大司教としては、心苦しいのですが、教徒にとっては禁忌を犯すというのは重罪であり、状況的に彼らの怒りもまた正論なのです。ですから、折衷案としては、わたくしも、リーゼル様のおっしゃるように、グレンさんを追放という形で三カ月ほど、ラベルンロンドに滞在していただくのが良いと思います。三カ月もすれば、この魔女裁判の熱も冷めましょう」
その言葉になるほどという雰囲気が会議室に流れる。そして、ツァールが続く。
「三カ月、か……バイセル殿、我々だけで戦線を維持できると思いますか?」
「残念ながら、無理でしょうな」
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