No.032 劇的変化

 南東部の戦線が押されているというので、今までのように俺は遊撃隊として、押されている戦線の援護に向かう形になった。髪型が変わったせいか、行けばすぐ紅き流星と声をかけられていたのに、滅多に声をかけられなかった。まぁ、面倒が減ってこれはこれで良いとは思っている。


 司令官のところに行くと、ワイセンがいた。


「おや、グレンさんじゃありませんか。お帰りなさい。無事、戦争を止められたようですね。活躍は耳にしましたよ」

「んで、状況は?」

「芳しくありませんね。貴方が不在のたったの数日で、死者は倍増してしまいました。不甲斐ない私の指揮能力に反省するばかりです」

「いや、ワイセンが悪いわけじゃねぇだろ。あいつも、デモネシアの王もきっと、学んでやがるんだ」

「まさか」

「直接会ったから分かる。ラベルンロンドで偶然レナードと再会して、あの時、デモネシアの王と対峙した時の話を二人でゆっくりしたんだが、考えれば考えるほど、俺たちは見逃してもらえただけという答えになった」

「なぜでしょう?」

「レナードが言うには、まずはいつでも殺せるからそこで躍起になる必要がなかった事と、俺が自分だけ逃げずに腕を失ったレナードを助けて逃げる事を試みる姿に友情を見せてもらったと思い、その礼じゃねぇかって」

「そこまでの知能があるのですね」

「ああ。対話こそしてねぇが、デモネシアの連中の王への忠誠心、王が現れた時の士気の上がり方を見ても、ただの力任せの暴君じゃねぇ。知恵者で最強なんだ」

「それは、羨ましいですが、私たちにとっては最悪の事態ですね」

「ああ、だから、全勢力で組んで、挑まないと勝ち目はない。レナードが十人いても負けると言っていたからな」

「あの方が十人……ナスツールなどすぐ堕ちてしまいそうですが」

「ラベルンロンドの元冒険者で、レナードの知り合いは、そんなことが起こったら、ラベルンロンドが堕ちるって言ってたぜ」

「あの大国でも堕ちると思わせる御仁が十人でも負ける相手ですか……」

「ああ」

「勝てるのでしょうか?」

「勝てねぇだろうな。ただ、裏切者がいただろ? 元聖騎士の?」

「ああ、ゲオルグですね」

「そうだ。そいつは寝返りができたって事は、対話が通じる相手って事だ。ある程度、弱体化させた後なら、条件はあっち寄りにしないと納得しないだろうが、交渉する余地はあるんじゃないかと俺は考えてる」

「なるほど……」


 全く保証はないけどな。そうなったらいいなって希望でしかないのかもしれない。それぐらい、脅威過ぎる相手なんだ。


「とりあえず、前線支援してくる」

「よろしくお願いします」


◇◇


「いつまで泣いてるつもりだい、リリス」

「放っておいてよ」

「放っておけないよ。お父さんは、リリスのお父さんなんだから」


 復興の始まったサンドウの一角で、貰った報酬でそれなりの家を手に入れたガハード一家だったが、俺と別れた事でリリスはふさぎ込んでしまったようだった。栄養失調が原因で体調を崩していたエリザは、元気を取り戻しつつあり、リリス問題だけがガハードの頭を悩ませていた。


「よう、ガハード! 元気にやってるか?」

「ああ、サイモンさん。そちらはどうですか?」

「順調そのものよ。それもこれもぜーんぶ、弟、いやボスのおかげだな」

「それは何よりです。どうしました?」

「リリスは相変わらずか?」

「ええ……あの年頃の娘は難しいと聞きますが、本当にどうしたものでしょうか」

「まぁ、とんでもねぇ英雄に一目惚れして、一時は結婚した気でいたんだからな、普通の恋愛なんかより、傷はでっけぇだろうな、わはは」

「笑ってないで、何か良い手立ての一つも提案してくださいよ。市民団団長でしょう?」

「家庭の問題は別腹だぜ、ガハード。そういや、賊の討伐に向かってた連中が怪我しちまってな、治療を頼みたくて来たんだが……」

「エリザはまだ完調ではないので、治療までは難しいと思います。リリスは、ご存じの通りで……」

「んじゃ、俺が説得してみらぁ。上がるぜ」


 家に上がり込んだサイモンは、リリスの部屋をガハードに確認し、部屋の前に立った。ドアが閉じている。


「おい、リリス。俺だ、サイモンだ! 仲間が怪我したんだ、治療してくれねぇか?」


 返事のない状態に、サイモンがガハードを見ると首を竦めている。


「恩には礼だろ? 今のお前の姿をボスが見たら、どう思うんだろうな。怪我人を無視して、部屋でめそめそしてるなんて聞いたらよ。きっとガッカリすんだろ――っ痛っ!」


 ドアが開かれ、サイモンにぶつかった。


「あ、ごめん、サイモンさん。怪我人はどこ? 治療するよ」

「こっちだ、よろしく頼む」


 サイモンはガハードにウィンクしてみせる。ガハードはアリエル教式の感謝のサインを送っていた。そのやり取りを見ていたエリザが口を開く。


「ごめんなさい。私が調子さえ戻れば、あの子に苦労かけないのに」

「いや、良い機会だった。あの子に成長してもらわないと、グレン様に会わせる顔がなくなる」

「そうね。ひきこもるほど、喪失感があるなら、そんな甘えた行為じゃなくて、もっと治療術磨いて、彼を追って前線に向かうくらいの気概が欲しいところね」

「あはは、エリザもなかなか厳しい事を言うね」

「だって、あの方は言ってましたもの。まだ仲間が戦ってるんだって」

「そうだね。あの若さで、あそこまで人々や仲間のために走り回れるのは、天性の才、きっとアリエル様が遣わした英雄なんだろう。リリスは英雄の横に相応しいほど成長できるのかな? 私は正直、あの子にそこまで自信を持てないかな」


◇◇


 俺がデモネシア戦線に戻って、十数日が経過していた。押されていた前線は押し返し、苦境に立たされていた地域は、それを脱出できていた。驚く事に、南西部には各地の冒険者たちが増援として集まっているようで、戦線を押し上げているという。その中には、ラベルンロンドからやってきたという冒険者いるそうだ。南部では、援護の必要がないくらい、聖騎士隊が守り切っており、膠着状態を保っていた。そんなわけで、俺が駆り出されるのは南東部だけという状態になっていた。

 デモネシアとの戦闘も慣れたもので、単調に感じるほどの力を付けた俺は、少しだけ退屈を感じる日々になっていた。この辺りのデモネシアでは一撃で終わってしまい、自分の力の限界が全く試せないのだ。奥に行きたい、という気持ちが日を追うごとに強くなっていた。


 それから数日後、朗報が各地に届く。ナスツール軍からの援軍が到着したのだ。重歩兵、軽歩兵、魔術隊と各地に配置され、戦況はますます好転する。戻ったばかりの頃は、芳しくないと言っていたツァールも、今の状況には余裕も出てきた様子で、笑顔で前線基地を見回りに来るほどだった。


 加えて、その後十数日後、今度はラベルンロンド国より、物資の提供があり、食料と武器や防具が山ほど送られてきたのだ。予期せぬ出来事に、さすがのツァールも「おお、アリエル様に感謝を」と本気で言っていた。ジェラールの奴、気が利くなと俺は内心、自分の目の狂いのなさに感心していた。


 順調そのものだった。どんどん前線は押し上げられ、元バハヌール帝国だった地域の全てを取り戻せるのではないかという破竹の勢いだった。その先には、デモネシアの国が広がっている。ようやく、敵の本拠地までの道が見えそうなところまで、戦況が変わって来ていたのだ。


 さらに数カ月後、村を旅立ってから二年が過ぎようという頃、今度はラベルンロンド軍の援軍が到着する。この合流で更に勢いを得て、連合軍となった南部戦線軍は、デモネシア戦線をグイグイと押し上げ、元バハヌール帝国領土を取り返していたのだった。

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