皇帝の日々

No.031 変わり過ぎた数日

 街道を歩いていると、撤退するラベルンロンド軍らしき行列が見える。因縁吹っ掛けられても面倒なので、木陰に隠れて様子を伺う。すると、撤退という敗け戦のはずなのに、皆晴れやかな顔をしていた。


「やっとクソみたいな戦争から解放されるんだなぁ」

「ああ、あとちょっとでサンドウだ。落ち着くな」

「だなぁ。早く帰ってうちの商店の手伝いしてやらねぇと」


 聴力も強化されているので、兵士たちの会話が聞こえて来た。やっぱり皆、戦争したくはなかったんだな。これで良かったんだろうと、俺は胸を撫でおろす思いだった。そして、無事、終戦、撤退が開始されている事を見て、改めてジェースムは信用できると確信できた。

 そして、軍を見送ったまま、走っていると、エスタ村との間の壁は解放されており、自由に出入りできる状態になっていた。壁を乗り越える覚悟をしていただけに、肩透かしを喰らった気分だった。その向こうに入ると、村は活気で溢れていた。

 レナードがどうしているか気になったので、彼と再会した酒場に向かったが、彼の姿はすでに見当たらなかった。宿の方に行っても、出発したと言われただけで、どこに向かったのかも分からないままだった。


 レナードに報告できなかったのは残念だったが、そのまま東に進み、橋を渡る。そこに兵の姿はない。そのまま、ジャルカの砦に入ると、もぬけの殻で、何事もなく、そのままオイエード城まで到達してしまった。オイエード城の西の陣も跡形もなく片付けられており、戦争は終わったのだと、改めて確認できた。


 そのまま、バイセルの家に向かう。本来なら、城に向かうべきだろうが、戦争は終わったんだから、帰って来たという挨拶だけを残して、このままランドールに戻ろうと思った。


 バイセルの家をノックすると、メリッサが出て来た。


「おかえりなさい、我が国の英雄」


 そのまま、メリッサに抱き締められた。


「ありがとう、本当にありがとう。我が国は貴殿に救われた」

「い、いいって」


 抱き締められて、照れくさくしていると、そうだと思いついたように、「奥様」とアリアを呼ぶ。奥から「どうしたのかしら?」と出て来たアリアは、俺を見つけるなり、涙を流しながら、俺を抱き締める。


「良かったですわ、グレン。無事帰って来てくれて本当に」


 良い匂いがするな、やっぱりアリアは何だか違う。リリスも良い線行ってたんだけどな。なんて言うか、少し子供だったからな。

 なんて、考えていると、バッと離れ、俺の両肩を両手で掴みながら、


「そうですわ、無事帰還したパーティをしましょう!」


 と言い始めて、「急いで準備しなくてはなりませんわ、メリッサ、買い出しを」なんて騒いでいたんだけど、


「戦争を止めたし、俺はもうランドールに向かおうと思ってる」

「え?」

「本当は城に行って報告すべきなんだろうけど、俺軍人じゃねぇし、アリアとメリッサに無事を伝えるために寄っただけなんだ」

「そこまで急がなくても、一日くらいはゆっくりしてもよろしいのではなくて?」

「いや、ここの戦争は終わっても、ランドールは終わってないんだ。俺の仲間はまだ戦っている。俺もいかないと」


 俺の言葉にさっきまで花が咲いたように笑顔を浮かべていたアリアの顔が曇った。そして、珍しく表情を変えないメリッサまで、悲しそうな顔をしている。


「バイセルによろしく伝えてもらっていいか? できれば、南方戦線に援軍を送って欲しいとも」

「……わかりましたわ」


 まるで息子を見送るような哀しそうな目で俺を見つめるアリア。


「いろいろありがとう。二人とも元気で! それじゃ」


 俺はそのまま、颯爽とその場を後にするのだった。


◇◇


「ラベルンロンドの皇帝がギロチン刑だそうです」

「ああ、やりおったわ。きっと、あやつだろう」

「でしょうね」


 ランドールの会議室で、ツァールとエイルがお茶を飲んでいた。その顔はどこか、嬉しそうに微笑んでいる。


「自分の部下……いや、もう部下ではないかもしれん。目をかけていた若者が、世界的な英雄になる事が、これほど心地よい物とはな」

「そうですね。わたくしも、ここまでの英傑は初めて会いました。惚れてしまいそうですわ」

「冗談ばかり言いおって……しかし、あやつには救われたな。早期に解決してくれたおかげで、こちらも大した被害ないうちに、援軍が期待できそうだ」

「まさに、紅き流星、です。本当に惚れてしまいそう」

「……もうツッコまんぞ」


 前線の指揮官がこんな冗談話をできるほど、安堵感を与えるビッグニュースになっていたのは、俺の知るところではなかった。


◇◇


「おい、あの坊主頭、あれってもしかして」

「あ、紅き流星!」

「数日で髪型変わり過ぎでしょ」


 そんな声が聞こえる要塞都市ランドールに入ったのは、あれから二日後だった。あちこちから、声をかけられ、挨拶されて、それに応えながら、要塞の会議室にいるであろう、ツァールに報告に向かう。会議室では、ツァールとエイルが待っていた。


「良く無事に戻ってくれた。しかし、どうしたのだ、その髪は?」

「ラベルンロンドに潜入するために、念のため、な」

「ほぉ」


 俺は、二人に事の次第をあらかた説明した。


「という訳で、俺は二人殺してる。もうアリエル教徒じゃねぇ」

「……そうなるな。禁忌を犯した、破戒僧という扱いになる」

「まぁ、冒険者として協力するから問題はないだろう?」

「そうですね……わたくしたちは理解できても、一般教徒たちがどう見るかは個人差がありますので、なんとも」

「どういう事だ?」

「禁忌を犯した裏切者とは一切交流しないという姿勢を貫く者もいるのです」

「……そうか、確かに敬虔な信者から見れば裏切者か」


 あれ? ガハードは破戒僧って言ってなかったか? でも、アリエル教団の復興を手伝ってるっぽい感じだったぞ?


「サンドウの破戒僧は、復興に協力してたぞ?」


 その言葉に、ツァールとエイルは顔を見合わせる。それから告げる。


「それは、解体による信者の権利をはく奪された形での追放による破戒僧という事ではないでしょうか?」

「禁忌を犯していたら、復興に協力などさせないと思うぞ」


 そういうパターンもあるのか。


「お主の場合、完全な禁忌を犯した罪人となる。吾輩らは、依頼したのだから、避けるなど当然せんが」

「一般教徒の信条だけは、わたくしたちでもどうにもできませんので、そこはご了承ください」

「そっか、て事は、ここではもしかしたら、俺は悪役にされるかもって事だな」


 申し訳なさそうに俯く二人に、俺は明るく声をかける。


「悪役にされるのは慣れてるから大丈夫だ。ところで俺の親友、聖騎士ロビンは生きているか?」

「安心してください。無事です」

「そういえば、あやつはお主がいなくなってからの数日で、メキメキと力を付けおったな。今や聖騎士内ではエース扱いになっていたと記憶している」


 そうか、ロビンは無事なんだな。しかも強くなってるのか、嬉しい限りだ。


「しかし、しばらく会わん方が良いかもしれぬ」

「なんでだ?」

「彼は敬虔な信者だからだ。君が禁忌を犯したと知れば、現状を維持できないかもしれない」

「確かにな、あいつは昔からアリエル嬢大好きっ子だったからな」

「一応、まだお主が禁忌を犯したという噂は流れて来ていない。これを知るのは吾輩とエイルのみだ」

「なら問題ねぇな」

「しかし、人の口には蓋ができぬ。ラベルンロンドの民やナスツール軍伝いに広まる噂もあるからな。気を付けておくことだ」

「気を付けろって、気を付けようがねぇじゃねぇか」

「すまぬな、厄介な役回りをさせてしまって」

「んな事はいいけど、戦況はどうなんだ?」

「芳しくはない、とだけ言っておこう」

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