No.030 別れ
翌日の正午だった。ギロチン台が用意され、そこに前皇帝である裸のレオンが首を斬られる時を待っていた。
「なぜ、世がギロチン刑を受けねばならぬのだ! 世は皇帝だぞ!」
叫ぶレオン。そのギロチン台を囲む見物のために集まった民たちは、嬉しそうに喜んでいた。石を投げる奴もいた。ギロチンに斬られる前に石で死ぬんじゃないかと思うくらいの憎しみを買っていた事が伺える。
「世だけではない! 他の貴族だって世に協力していたのだ! なぜ、世だ――」
ガシャンッ!
その音と共に、ゴロンと転がったレオンの頭に、民衆は盛大に歓声を上げていた。それを城から眺めていた俺の傍には、ジェラールが控えていた。果たしてこいつはまともなのだろうか。正直、良く分からない。だが、今のところ、俺を裏切る事は一度もしていない。だから、今のところ、この城の中では信用できるだろう。
「ジェラール」
「はい」
「俺はもうここを経つ」
「え?」
終戦と撤退の命令は届いたはずだ。本当なら、それを見届けたいところだが、すでに五日目だ。期日はあと二日。終わってるなら戻ったらちょうどいいくらいだ。
「皇帝になられないのですか?」
「ならねぇよ」
「では、誰が皇帝に?」
その言葉に、それは考えてなかったなと意表を突かれてしまった。皆、俺が皇帝になると思ってるのか。
「ジェラール」
「はい」
「お前は戦争しないんだよな?」
「もちろんです。争ってもろくな事ありませんし、発展もしません」
「民は大事にできるんだよな?」
「大事も何も、彼らが働いて納税してくれるおかげで国は成り立ってますからね」
「財産を民に分けられるか?」
「すでに手配しています。ついでにアリエル教団の復興支援にも財を提供しました」
「俺を手伝ってくれた反政府組織に褒美をくれてやれるか?」
「もちろんです。それがなければ、グレン様がこうしてここにいなかった可能性もありましたから」
ここまで聞いて、やっぱりこいつは口は悪かったが、思いやりもあり、仲間想いでもありそうだ。
「お前は俺をどう思ってる?」
「どう思ってるとは難しい質問ですね」
確かにな。と思わず、自分の言葉に笑ってしまった。
「恩人だと思っています。ですから恩には礼を尽くさせていただく所存です」
この言葉を聞いて、確信した。こいつに任せよう。
「決めた。お前が皇帝だ」
「え?」
「皇帝じゃなくてもいい。お前がこの国のリーダーとして、良い国作りをしてくれ」
「私、伯爵如きですよ?」
「言っただろう? 身分だの国だの関係ねぇって」
そして、まずはリリスやガハード、サイモンたち反乱組織メンバーを呼び出すように命じる。居場所を伝えると兵士が迎えに行くという。「丁重に扱うように」、とジェラールが伝えている姿に、こいつは悪い奴じゃねぇなと思った。
俺は良いって言ってるのに、まだいるのだからと聞かないジェラールに促されるまま、玉座に座って待っていると、反乱組織の面々がやって来た。
「え? え? どういう事?」
玉座に座る俺を見て、リリスが困惑している様子だった。そんなリリスを置いて、ガハードやサイモン、イワンたち反乱組織の面々は、跪いて敬礼する。
「陛下に招待され、感激に極みに「流れだからな、これ!」
ガハードが何だか畏まった挨拶を始めたので、途中で止める。
「流れ、ですか?」
首を傾げるガハードに俺は説明を続ける。
「そう流れで、ここにいるジェラールが、今ここに座るべきなのは俺だって言って利かなくてな。だから、別に皇帝扱いしないで、今まで通りで頼むよ」
「何だよ、畏まって損しちまったぜ、なぁ?」
サイモンが皆に同意を求めると爆笑が起こる。
「この方たちが例の?」
「ああ、俺の協力者だ」
ジェラールは檀上から降りて、彼らに向かって最敬礼を行った。それを見た反乱組織の面々は驚いた様子で、顔を見合わせた後、俺を見る。
「貴方たちのおかげで、今までの悪政を正すきっかけを得ました。貴方たちも我が国の英雄です」
ジェラールの言葉に、ガハードは涙を流して喜んでいた。サイモンも照れ臭そうにしている。他の面々も各々、嬉しさが隠せない様子だった。
「んでな、お前らには、ジェラールの相談相手になって欲しい。こいつ貴族だから、平民の暮らしが分からねぇんだとよ。ただ、敬虔なるアリエル教徒だから、恩には礼を尽くすぞ」
「存じ上げております」
ガハードはそう言って、ジェームズに握手する。
「復興のために、たくさんの資金援助いただき、ありがとうございます」
「いえ、私の財ではあの程度ですが、少しでも早く復興いただければ幸いです」
「感謝いたします」
そんなやりとりの後、俺は玉座から立ち上がり、檀上から降り、サイモンたちの元に向かう。そして、釘を刺しておく。
「良いか、お前らも貴族だからとか、坊ちゃんとかバカにしたりするんじゃねぇぞ?」
「分かってるってボス」
「身分なんて忘れろよ、ただの仲間だ」
一通り、伝えた後、ジェラールから褒美の事が伝えられると、彼らは飛び跳ねて喜んでいた。
「んじゃ、お前らはまた後でな。次の予定があるんだ」
そして、次はこの国の政治を扱う連中を集め、
「ジェラールを俺の代わりに任命する。文句のある奴は、今ここで俺の前に立て。いくらでも受けてやる」
と言ったものの、相変わらず誰も出て来なかった。
「んじゃ、そういう事だから、良い国作れよ、お前ら。ジェラール、何か困ったら俺に言え。すぐに来てやる」
「はい!」
そんな感じで、俺は城を後にする。
◇◇
「グレン、似合ってたね、玉座」
城を出た後、城門の先の商店辺りで、反乱組織メンバーが待っていた。合流するとリリスにそんな事を言われ、少し浮ついた気持ちになった。結構な褒美の額だったらしく、メンバーたちは何度も俺に礼を伝えていた。
「俺は明日にナスツールへ戻る」
「え?」
「終戦できたか確認したいんだ」
リリスの家に着いた夕方、俺はそれを家族に伝えた。すると、驚いた様子のリリスと少し悲しそうな表情を浮かべたガハードと母親のエリザ。
「えっと、早くない?」
「何とかギリギリ間に合った、くらいだな」
「そうじゃなくて……」
リリスは両親を見つめる。いきなり過ぎたようで、お互い動揺を隠せないでいる。
「あたしまだ、心の準備ができてない」
「何の?」
「え? グレンと一緒に行く事の?」
考えてなかった。結婚したから、付いて行かなければいけないと思っているようだ。
「すまん、そこまで考えが回ってなかった。だが、リリスと会う前からの約束だから、それを守らねぇといけねぇ」
「……うん」
「お前はここに居ていい」
「でも、それじゃ結婚した意味が!」
「言ったはずだ、俺に平穏な家庭は無理だと」
「……」
「もし、心変わりしないようならナスツールへ来い」
俺のその言葉に、リリスは涙を流していた。両親は彼女を慰めている。
「いずれにせよ、俺はナスツールの南方の要塞都市ランドールに戻る。デモネシアを止めねぇと、ホミニスの未来はねぇからな」
世話になったと伝え、リリスの家を後にする。すると、すぐにガハードが走って来た。
「グレン様、本当にありがとうございました。これで国も街も救われます」
「いや、無駄な争いを止めただけだから、気にすんなよ。それより、リリスの事は任せたぜ」
「娘の事は、どうかお忘れになってください。あの子は幸せな家庭に憧れがあり、強さへの憧れがありました。両方の可能性を貴方に感じたのでしょう。ご迷惑をおかけしました」
「いや、平和なら一緒にいたかったよ。リリスの事は可愛いし好きだ。だが、戦いは待ってくれねぇ、ただそれだけだ」
「お達者で、貴方は私たちの英雄です」
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