No.029 慣れない演説

 考え込んでいる俺をよそに、先ほど頼み事をした巡回兵が少しずつ帰って来ていた。その後ろには、貴族らしき着飾った連中を引き連れている。王座に座り、頬杖を付いた俺と、その足元で裸で意識を失ったまま転がるレオンを見て、現れた貴族は皆、跪いて最敬礼をする。


「お初にお目にかかります。私はアランと申します。以後、お見知りおきを」

「神よ、我らを救っていただきありがとうございます。私はベアードと申します」


 こんな感じで、皆俺の前で跪いて挨拶をすると、位置が決まっているのか、自分の持ち場に黙って立った。かなりの人数が揃った頃、ジェラールが現れ、俺に跪き、報告する。


「先ほど、終戦および撤退の命令を持たせた早馬を走らせました。明日の昼には到着するものと思われます」

「そうか、迅速な対応で助かる。ジェラール、これでほとんど揃ってるのか?」


 ジェラールの報告を聞いた貴族の一部が、どよめいていた。そんな中、ジェラールは謁見の間を見渡し、俺に告げる。


「ほぼ揃っております」

「分かった」


 俺は近くにいた兵士に、レオンを縛るように命じる。縛り終えるのを確認した後、立ち上がり、そこにいる全員に向かって叫ぶ。


「俺の名はグレン、グレン・ゾルダートだ。A級冒険者であり、元モンク僧、今回はこの無駄な戦争を終わらせるため、ナスツール王国の知り合いの頼みでこうして、レオンを捕まえた」


 会場がざわめいている。ナスツールの手の者だと? 戦争を終わらせる? ふざけるな! 様々な声が聞こえる。俺はゆっくりと王座のある檀上から階段を降り、そいつらに向かっていう。


「文句がある奴はかかって来い。もし、俺に勝てたら意見を飲もう」


 会場は静まり返り、誰も出て来なかった。


「俺は、ナスツールだろうがラベルンロンドだろうが、国なんてどうでもいい。ただ、今はホミニス同士で争っている場合じゃねぇんだ。バハヌール帝国がデモネシアに滅ぼされたのは知っているだろ?」


 ざわめきが再び始まる。


「アローグがこの国で最強だったらしいな。あいつを殺したのは俺だ」


 その一言で、再び静まり返る。


「俺はデモネシアの王と対峙した事がある。俺が五十人いても勝てねぇくらい強ぇ」


 我ながら謙虚な数字だ。だが、この言葉に目を丸くして隣の奴らとざわざわとしている。


「同じホミニスとして、デモネシアに対抗するために力を合わせていかないか?」


 ざわざわとする会場。俺ってこんな場面初めてだからな、上手く伝わっているのか分からないな。


「お前たちじゃ、確実にデモネシアに殺されるぞ? 自分たちで戦えないだろう?」


 何を言っているんだ、俺は。何か上手い事が言えないもんか……などと悩んでいると一人の中年が手を上げている。


「何だ?」

「グレン様の要望は分かったのですが、現時点では何をすれば?」

「ああ、そうだな」


 こんな事になるとは思ってなかったからな。何も考えてないぞ。どうする――キョロキョロと動揺していると、ふとレオンの醜い姿に目が留まる。そうだ!


「ジェラール」

「はい、ここに」

「ギロチン処刑の準備はできるんだよな?」

「はい、一日もあれば」

「なら、まずはレオンのギロチン処刑を明日行う。何か意見はあるか?」


 誰も何も言わない。いや、一人ぐらい庇ってもいいだろ。


「ないようだな。後、街で聞いた話だが、悪政を敷いてるらしいな?」


 誰も何も言わない。


「ジェラール、こういうのは誰に聞けば良い?」

「財務長官のベアード殿が良いかと」

「ベアード」

「はっ、ここに」

「悪政と呼ばれている理由は何だ?」

「そこに転がるお方が私利私欲に血税を浪費していたためです……」

「こいつは金持ってんのか?」


 俺は転がるレオンを指して尋ねる。


「ええ、それはもうたんまりと」

「なら、それを平等に全ての国民に分けてやれ」


 どよめく場内。ちらほら、平民に配るなど勿体ない、だとか、民草如きにという悪口が聞こえる。


「文句がある奴は、ここに出て来い。俺に勝ったら、言う事を聞いてやる」


 誰も出て来ない。


「出て来れねぇなら、文句言うんじゃねぇぇぇぇっ!!」


 俺は苛立ちで怒鳴った。その叫びは謁見の間に響き渡り、皆がビクッとする。


「お前ら貴族だけの世界じゃねぇんだよ、偉そうにしたいなら、俺と一緒に前線で活躍しろ。そしたら、認めてやる」

「偉そうにしおって小僧が――」


 一人の貴族がそう呟いたのが聞こえた。こいつは人を見下すタイプの貴族だろう。俺はそいつの前に歩み出た。そして、腹に一発かます。痛みに蹲る。


「かかって来い。偉そうな小僧なんだろう? 小僧如きに殴られて蹲ってる爺が偉そうにしてんじゃねぇよ」


 その言葉に、頭に血が上ったようで、目が血走り、男は立ち上がる。そして、俺の顔を殴る。


「うおぉぉぉぉっ! っイタタタッ……」


 俺の顔より、殴った自分の手首の方が痛かったらしく、酷く痛がっている。


「どうした、虫でもいたか? 払ってくれたのか?」


 俺の煽りに、今度は剣を抜いた。そして、俺の肩に剣を振り下ろした。


 パキンッ!


 剣が折れた。


「ずいぶんと鈍らな剣を使ってるんだな。折れたぞ? おい、お前」


 俺は横に立つ青年に声をかける。


「はっ!」

「お前の剣を貸してやれ。こいつの剣は鈍ら過ぎるみたいで、偉そうな小僧も切れないらしい」

「……は、はい」


 渡された剣を持って、フルフルしている。本人が一番分かっているのだ。剣が鈍らな訳ではなく、己の腕ない事。そして、俺がとんでもなく強い事を。


「どうした、早く斬れ?」

「うわぁぁぁぁぁっ!」


 パキンッ!


 剣がまた折れた。


「おい、そっちのお前、剣を貸してやれ。こいつの剣も鈍らみたいだ」

「……はい」


 渡された剣を受け取りもせず、跪いて俯いた貴族。


「無礼の罪を償います。介錯を頼む」


 剣を貸そうとしていた男に、そう告げた貴族は、目を閉じ、その時を待っているようだった。俺は黙ってその剣を止め、首を横に振って見せると、安心したのか、剣を持っていた男はそれを鞘に納めて安堵している。


「俺はお前に死んで欲しいわけじゃねぇ。貴族だから、平民だから、ラベルンロンドだから、ナスツールだからってくだらねぇ垣根をなくしたいだけだ」

「しかし、先ほどの無礼の罪は?」

「無礼だと反省したなら、気持ちを改めて、皆と力を合わせて、民が幸せに暮らし、貴族も幸せに暮らせる、善政に励んでくれ」


 そう告げると、その男は涙を流していた。そして、俺は皆を見渡した。


「今までの皇帝がクソだったからってそれを見本にしてたら、クソになるだけだぞ」


 それまで見下した目をしていた貴族もいたが、今は一人もいなかった。


「良いか、皆が皆の幸せを考えれば、皆で幸せになれるんだ。自分の事ばっかり考えてみろ? こいつになるだけだぞ?」


 俺はレオンを指す。


「こいつになりたい奴は、今すぐこの国から出ていけ。そうじゃなく、しっかりと国民皆が誇れる国を作りたいという者は、生活に困らない範囲で構わない、財産をはたいて民の暮らしを改善しろ」


 これが正しいのかは分からない。ただ、今の民の暮らしはひどすぎる。少なくても今はあいつらの暮らしを助けてやるべきだろう。


「税率ももう少し考えろ。使い方も考えろ。私欲を全部捨てろとは言わねぇ。ただ、今は国を立て直す事を考えろ。それができる奴だけ残れ」


 俺の言葉に、目を泳がせている貴族もいる。きっと財産を分けるのが嫌なんだろう。俺だって、そんな事急に言われたら、面白くないからな。果たして、これでこの国はよくなるのか、俺には見当も付かないが、少なくても戦争は終わった事だけは確かだった。

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