No.028 裸の王様

 ブルブルと震える女は首を横に振っている。


「何を嫌がっておる。余に逆らうつもりか? 良かろう。ジェラール、あやつとあやつの家族を皆殺しにしろ」

「……はぁ」


 ため息をこぼすジェラール。俺も目が点になっていた。危機的状況だという事に、未だに気付いていないのか?


「陛下、私がなぜこの部屋にいるのでしょうか?」

「知らん、早くあやつを始末しせんか! この使えぬ無能が!」


 ジェラールの冷静な問いに、答えるでもなく、自分の要件ばかり伝えている姿。自分勝手極まりない、まさに愚王だった。


「貴様がやらないなら、余自ら殺してくれるわ!」


 ベッドから立ち上がった皇帝は、剣を探す。俺の後ろに剣はあった。それを取ろうとこちらに向かって来る。


「どけっ! 剣が取れないではないかっ!」


 俺がいる違和感はないのか、こいつには――


「お前がこの国の皇帝なのか?」

「何度も言わせるな、余はレオン四世、正真正銘この国の皇帝だ、満足か? なら帰れ。貴様が邪魔で剣が取れん」


 後ろでビクビクとしている女は、俺にギュッとしがみ付いている。こんな男が怖いのか? 不思議に思った。試しに軽く蹴飛ばしてみる。吹っ飛んで、壁に背中をぶつけ、「ぐぇ」と醜い声を出し、そのままズルズルと床に腰を落とした。


「き、貴様、余は皇帝だぞ。こんな事してただで済むと思っているのか?」


 こんな奴に、皆は苦しめられていたのか? 本当か? こんな一ひねりで殺せそうな奴に?


「ジェラール、本当に皇帝なんだろうな?」

「……残念ながら、陛下です」

「おい、女?」


 俺の声にビクッとした女は後ろから俺を見上げている。


「こいつは皇帝で間違いないのか?」

「……はい」


 俺の問いに、頷きながらそう答えた。どうやら、間違いなさそうだ。そういえば、オイエード城の王も、偉そうだったが弱そうだったな……何で皆、こいつを殺さないんだ? そんな疑問だらけで拍子抜けしている俺に、ようやく自分の置かれた状況に気付いたのか、


「ま、まさか貴様ら! 余を殺しに来たのか! 衛兵! 衛へ――ガハッ」


 俺は頬を殴った。目いっぱい加減して。聞きたい事があったからだ。


「おい、お前。次に勝手に喋ったら問答無用で殺すぞ」


 俺の拳が聞いたのか、レオンは顔を青くして、コクコクと頷く。


「ジェラールは戦争に反対していたか?」


 俺の問いに、ジェラールを睨みながら頷くレオン。


「次だ、この女はお前の妻か?」


 首を横に振るレオン。そして、女の体を舐めるように見つめている。そして、この状況にも関わらず、下半身が反応しているようだった。


「国民が苦しんでいるのは知っているか?」


 その言葉に、大しては頷きもしなければ、首を横にも振らずに俺を睨みつけている。


「貴様、まさ――ガハッ」

「次はないと思え」


 俺の拳がレオンのみぞおちにしっかり沈むと、壁にもたれていた体が、痛みからか横たわった。


「おい、女、お前はこいつとどういう関係だ」


 俺は女を見ずに尋ねる。すると女の答えに愕然とする。


「お、一昨日、街で見かけて抱きたいと思ったから来い、と。来なければ、お前も家族も皆殺しだと言われて、仕方なく……」


 私利私欲に溺れ切っている事が良く分かった。そして、国民の事など考えておらず、自分の我儘が通ればそれでよいという思考な事も良く分かった。

 分かったが、あまりに出来が悪すぎて、もう会話する気にもならなかった。


「ジェラール」

「はい?」

「民の一番喜ぶ殺し方って何だ?」


 俺は、こいつを殺す事は確定した。だが、周りに味方のいない裸の王様など、俺の手で殺すまでもない。


「処刑台でギロチン刑でしょうか。民も見物できますので」

「用意までどのくらいかかる?」

「一日もあれば」

「あと、ナスツールとの戦争をすぐ止めてくれ」


 俺のその言葉に、黙っていられなかったのか、レオンが口を開く。


「何だと! そんな勝手は許さんぞ、ジェラール! そんな事をしたら、貴様の一族、皆殺しにしてやる!」


 レオンは喋った。だが、俺は殺さなかった。ここで消しても、価値が低いからだ。だが、


「ガハッ! ぐはっ!」


 レオンの顔を殴り、腹を蹴った。これでもかと加減して。すると痛みに黙り込む。


「戦争を止められるか?」

「すぐに手配しますが、反対する者がいますと「そいつに伝えろ、逆らうなら殺すと」


 俺の言葉に一瞬顔を青くしたジェラールだったが、納得したのか、頷いて、すぐに動き始める。


「いぞぎ手配します」


 そう言い残して、ジェラールは鍵を開け、部屋から出て行く。


「女、お前も服を着て元の場所へ帰れ。安心しろ、お前の家族を殺させはしない」

「は、はい! ありがとうございます」


 女はそそくさと服を着て、部屋から出て行った。さて、どうしたものか。口から血を流して倒れるレオンをベッドに腰かけて眺めていた俺は考えた。どこの城にもあるという謁見の間辺りで、偉い奴ら集めて話した方が手っ取り早いかもしれない。


「よし」


 俺は痛みで蹲るレオンの右足首を持ち、引きずって部屋を後にした。


◇◇


「な、何奴!」


 巡回兵に出くわす。俺が引きずっている真っ裸で傷だらけのレオンを見たそいつは、俺に敬礼した。


「ありがとうございます!」

「おい、お前、謁見の間みたいな場所ってどこだ? 案内してくれ」

「は、はい!」


 ズルズルと引きずられるレオンは、悔しそうに呻いている。夜という事もあり、出会うのは巡回の兵ばかりで、案内するのが巡回兵だった事もあってか、


「マジかよ? 陛下だろ、それ?」

「ああ! このお方が倒してくださったのだ!」

「ありがとうございます! 良かった、俺たち、救われたんだ……」


 涙を流す兵までいた。


 おかしい。俺は暗殺のつもりで来たのに、何故か英雄扱いになってしまった。気付けば出会った巡回の兵たちがゾロゾロと付いて来ており、時折レオンを見下しては、ペッと唾を吐きかけている。


 謁見の間に着いた俺は、とりあえず、王座に座る。


「そこは余の場所だぞ! 今に見ておれ、必ず――ガハッ」


 うるさいのでレオンを気絶させた。兵士たちは拍手をしている。ついでだから、こいつらに動いてもらうか。


「おい、お前ら」

「はい?」

「今、ジェラールがナスツールとの戦争を終わらせるために動いている。手伝ってやってくれ。あと、数人は偉い奴ら集めてくれないか?」


 俺の言葉に、兵たちは顔を見合わせていたが、納得したようで、


「「「「はっ!」」」」


 と景気の良い敬礼と共に、謁見の間から去って行った。俺の足元で気絶する醜い裸の王様を再び見る。


「はぁ……こんな奴に怖がってる場合じゃねぇのによ」


 同じ王でも、デモネシアの王は違った。王であると同時に強く、兵たちからの信頼も厚いようだった。現れただけで元気を取り戻すほどの士気力。あれが王だろう。


「……ホミニスは滅んだ方がいいのかもしれねぇな」


 何となく、ナスツール王やこいつを見て、そんな言葉が口を付いた。


「いや、そうなると、リリス、あいつの両親、ロビンにレナード、エイル、ツァール、バイクルにアリアやメリッサ、サンドウの連中も死なないといけなくなるのか。それは嫌だな」


 思いもよらない決着の形に、気が抜けた俺は、そんなくだらない事を考える時間すらできてしまっていた。


◇◇


「もう大丈夫!」

「ありがとう、リリスさん」


 陽動部隊も役目を終え、怪我人の治療も一通り済んだというところだった。城門から、一騎の早馬が走って行くのがリリスたちの目に留まる。


「早馬? こんな時間に?」


 その様子に首を傾げていたのは、サイモンだった。そこに、最後の怪我人の治療を終えたリリスが一言告げる。


「きっとグレンが成功して、戦争を止めるよう、伝令が走ったんだと思う」

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