No.027 侵入成功?

 俺はすでに城下町内にいた。作戦は上々。サイモンたちが上手い事、騒ぎを起こしてくれて、城壁を巡回していた兵たちが皆、そちらの対応に追われたようで、俺は何事もなく、作戦をこなせた。城壁の上から、城の位置は確認した。

 首都というだけあって、民家の密度が高い。そのおかげで、俺は夜闇にまぎれ、屋根の上をピョンピョンと飛んで周り、あっという間に城を囲む城壁まで辿り着いていた。


「あっさり行き過ぎてるな。こんな上手く行く事なんて、今まであったか?」


 あまりに問題がなすぎて、拍子抜けだった。この城を囲む壁も、あっさり乗り越え、城内に突入する場所を選んでいたが、分かりやすく監視台が用意されていて、誰もいなかった。そこから、侵入する――


「だ、だ――」


 兵士に見つかったが、声を出す間もなく、意識を失わせる。意識だけのはず……死んでねぇよな? ホミニス相手なんて、モンク僧時代の稽古以外、した事ねぇからな。加減間違えれば殺してるかもしれない。胸元に手を置いて、鼓動を確認する――


 ねぇ……


 やっちまった。二人目だ。殺しちまった。すまねぇな、兵士さん。加減が分からなかったんだ。事故だと思って許してくれ。

 そんな事をやらかした後は、慎重に気配を感じながら、部屋に隠れたり、天井に張り付いたりしながら、皇帝の居そうな場所を探す――


 どこにいる? 広すぎて分からねぇ!


 見つからない事、小一時間。同じところをグルグル回ってる気すらするほど、分かりにくい作りの城だ。困っていると、正面に気配を感じて天井に潜み気配を殺す――


「レオン陛下は強引過ぎる」

「やめろ、陛下の悪口など、誰かに密告されたら処刑されるぞ」

「いつかはどうせ処刑されるんだ。ちょっと機嫌を損ねただけで打ち首だぞ? 私はご機嫌取り続けられる自信はない」

「……そうだな。私もないよ、はぁ……」


 ドサッ! バッ!


 俺は一人を気絶させた、と思う。そして、もう一人の後ろに回り込み、口を塞ぎ、声を出せないようにする。そして、静かに告げる。


「声を出そうとするな、出せば殺す。分かったら、頷け」


 コクコクコクコクと慌てているのか、病的に頷きを繰り返す男。


「お前は皇帝に不満があるのか?」


 その質問に驚いたのか、少しだけ振り向くようなそぶりを見せる。


「動くな、皇帝に不満があるのか?」


 コクコク。


「皇帝を殺してやると言ったら、協力するか?」


 質問してから、さすがに頷きはしないかと、自分の甘さに後悔していると――


 コクコク。


 え?


 意外過ぎて、思わず顔を覗き込んでしまう。目が怯えているよりは、嬉しそうにしている。これは、皇帝を殺したいと思っているのが本当かもしれない。だが、念のため、


「本当に殺したいのか?」


 コクコクコクコク! コクコクコクコク!


 俺の目を見て、真剣な眼差しで頷き続ける。信じて良いものか……迷っていると、


「誰かいるのか?」


 という向こうからする。俺は咄嗟に天井に姿を隠す。ちょうどいい、この男の対応を試してやろう。もし、嘘だったら殺せばいい。間違えて二人目も殺しちゃったしな。


「ああ、私だ」


 男は自然に答えている。駆け付けたのは、ラベルンロンド兵のようだ。


「ジェラール伯爵でしたか。おや、そちらに倒れているのは?」

「シモン伯爵だ。先ほどまで、一緒に飲んでいてな。飲み過ぎて潰れてるだけだ。私が介抱するから心配しないで巡回に戻ってくれたまえ」

「はっ! それでは失礼します」


 どうやら、俺の事を伝えない上、気絶させた方を上手にごまかしたところを見ると……


「本当みたいだな」


 俺はジェラールと呼ばれた男の前に立ち、そう尋ねた。すると男は小さな声で俺に語る。


「この国はあの陛下のせいで、このまま終わってしまう。私は戦争だって反対だった。増税や徴兵も反対だった。やり過ぎで、民意が離れているというのに、何も分かっていない。アリエル教団まで解体してしまった。やり過ぎだ」


 俺は黙って男の言葉を聞いていた。声のトーン的には真実であり、怒りと悲しみが籠っているように感じた。


「本当に殺してくれるんだな?」

「ああ、一つ確認させてくれ。この国で一番強かったのはアローグで間違いないか?」

「ああ、そうだ。だが、先日死んでしまった。もう戦争も勝てまい」

「俺が殺した」


 その言葉に目を丸くした後、満面の笑みを浮かべたジェラールは、嬉しそうに俺の手を握る。


「誰かは分からぬが強者よ、私からもお願いしたい。陛下を殺してくれ、褒美は取らせる」

「褒美はいらないが、お前に悪政は正せるのか?」

「正せる! 私は民が好きだ! そして、アリエル教徒でもあったのだ!」

「なら、恩には?」

「礼を尽くすつもりだ」


 間違いなさそうだ。協力者として信用しよう。そう俺は決めた。


「なら、皇帝の居場所へ案内してくれ」

「分かった」


 ジェラールの案内で城内を進む。罠の可能性もまだゼロではない、警戒は怠る訳にはいかない。と思っていると、正面から見回りの別の兵士が歩いて来ている。


「ご苦労」

「これはジェラール様、そちらの御仁は?」

「私の友人だ。非常に強いので、陛下に紹介しようと思って呼び出したのだ」

「そうですか、それでは私は巡回がありますので」


 罠はなさそうだ。そして、この流れで何人かの巡回兵や侍女たちの質問をかわしていくジェラール。おかげであっさり、皇帝の寝所に着いてしまった。道中では、皇帝に加担する者、勢力はあるかどうかを確認したが、皆うんざりしているそうで、心から忠誠を誓っている者はいないだろうと聞いていた。


 孤独な皇帝。まさに裸の王様だ。そして、この扉の向こうに、その裸の王様がいるという――


「グガァァァァッ! グガァァァァァッ!」


 ドアを開けると、大いびきが聞こえる。中に人がいるのは間違いない。天幕の付いた大きなベッドの布団が盛り上がり、人がいるのが分かる。二人いるようだが。ドアを閉め、鍵をかけるジェラール。罠か? 警戒する。まあ、例え罠だったとしても、全員殺せばいい話だ。


 ゆっくりとベッドに近づいていく。すると、その気配で目を覚ましたのか、一つの布団の盛り上がりが動き、顔を出す。女だった。


「ヒッ!」


 悲鳴を上げそうだったので、すぐさま近づき、口元を塞ぐ。後から近づいたジェラールが優しく声をかける。


(大丈夫ですよ、貴女に危害を加えるつもりはありません。その方は陛下で間違いないですか?)


 口を塞がれたまま、ジェラールに問いかけられた女は、コクコクと頷く。


(静かに逃げて私たちの後ろに隠れていてください)


 その言葉にもコクコクと頷く。何故だ? 誰も庇わないのか?

 そんな疑問を浮かべていると、女は裸で俺たちの後ろに隠れた。裸って事は、皇帝の妻なのだろうか? そんな疑問をよそに、ジェラールが小声で尋ねて来る。


(念のため、顔を確認してもいいですか?)


 頷いた俺をよそに、ベッドの反対側に回り、大いびきの聞こえる部分の掛布団をめくる。デップリと肥えた醜い裸の頭の禿げあがった爺さんが寝ていた。


 指で顔を指し、コクコクと頷くジェラール。皇帝だと言っているのだろう。一応、起こして確認するか。


「おい、起きろ」


 俺の声では起きなかった。声を張り上げようとすると、ジェラールが首を傾げていた。そして、


「起こして良いので?」


 と尋ねて来たので、起こすよう促す。肩を揺すっている。


「陛下っ! 陛下っ! 起きてくださいっ!」

「む? 何だ? まだ寝たばかりだぞ? ん? ジェラールか? なぜ貴様がここにいる? アリシアはどこだ?」


 布団の中にいたはずの女を探しているのか、キョロキョロとしている醜い皇帝。


「お前がこの国の皇帝か」


 俺の問いに、こちらに気付いた皇帝は、振り向いた。


「いかにも皇帝だが? アリシア、そこにいたのか、早く来い」


 俺の事より、後ろにいる女に気が行っているようだった。


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