No.025 俺のすべき事
シアルを思い出しながら、リリスに語る。
「アリエル嬢は、怒りもしねぇし、助けてもくれねぇだけだ。俺はそれを、散々肌で味わってきた。俺の代わりにいつも謝ってくれた妹はブルーヒュドラに殺された。同じく代わりに謝ってくれた親友は今、デモネシアとの戦いの最前線で命懸けだ。他にも、ホリムっていう俺に福音書の読み方を教えてくれた新人モンク僧の女がいたんだが、そいつは敬虔な信者だったが数カ月後に死んだ。生真面目な親友と仲良くしていた聖騎士のアートンも知り合ってほどなくして死んだ。アリエル嬢を信じて、団長まで登り詰めた聖騎士ローグも、三天王を倒すために犠牲になって死んだ――」
俺は笑顔を浮かべてリリスに向き合う。
「助けてくれねぇんだよ。お前だってそうだろ? 今のこの状態どうだ? 望んでたか? 助けて願ったのにこうならなかったか?」
「……」
「助けてくれねぇんだよ。だから、自分で強くなるしかねぇ。俺は誰も仲間を死なせたくねぇ、だから強くならなきゃいけねぇ」
そう語り、拳を見つめる俺。そうだ、早くこの国の暴走を止めて、せっかく知り合ったリリスやガハード、サイモンやイワンたちのためにも、この国の悪政をぶっ壊してやらないと――
「んっ!?」
俺は突然、顔を挟まれ、無理やり向きを変えられ、口を塞がれた。目の前には、リリスの顔がある。まさか、これってキスされてるのか?
「ねぇ、知ってる? アリエル教徒は、キスをした相手に生涯を尽くさなければいけないって」
「……知ってる」
そう、そんなクソルールがあるのだ。昨夜のように強姦されてキスされた場合はどう扱うのか気になっていた。また、今回のように同意のない状態での一方的なキスの場合はどう扱うのか。って、俺はもうアリエル教徒じゃねぇから、関係ねぇか。
「あたしね、一目惚れだったの」
「何が?」
「グレンさんに」
「へ?」
まさかの言葉に、目が丸くなった。
「だってしょうがないじゃない? あんな場面で颯爽と現れて、格好良く悪党倒すんだもん。好きになっちゃうでしょ?」
まあ、そのシチュエーションじゃ、俺が女でもその男に惚れちまう可能性は否定はできないな。
「しかも、紳士で強いんだもん。皆に期待されてるし、すぐ馴染むし……」
照れ照れしながら、そう語り、覚悟を決めたのか、力強い目で俺を見つめる。
「あたしをお嫁さんにしてください!」
「……へ?」
まさかの言葉に、俺は思考停止していた。
◇◇
その頃、デモネシア戦線では、グレンが欠けた穴の大きさが響いているところだった。ツァールは会議室のテーブルで頭を抱えている。その脇ではエイルが、福音書を手に物思いにふけっていた。
「南東部がだいぶ押されているな。援軍は出せないか?」
「いくらかの勇敢な冒険者が協力を申し出てくれてはいますが、死人の数と増員の数のつり合いが全く取れていません」
「やはり、拳王の穴は大きかったか……早くあちらが片付いてくれれば良いが」
「セシール大司教が、ラベルンロンド王に討たれたと聞きました」
「らしいな。何とも大胆な事をしてくれる。その上、サンドウ教会は解体されたのだろう。信じられん暴挙だ」
「ですね。ですが、これはわたくしたちにとっては朗報かもしれません」
「朗報?」
「それだけの暴挙を行えば、必ず国内での綻びが生まれるでしょう……」
「つまり?」
「内乱です」
「……そういう事か。確かにあり得るな。内乱が起これば、戦争どころではなくなるな」
「ですね。ですが、気がかりは、ラベルンロンド王は異常である点です。普通の感覚なら、内乱が起きれば、侵略戦争は一時停戦して、内乱の鎮圧を優先するでしょうけど」
「イカれた王はどう動くかが分からない、か」
「はい」
ツァールはますます頭を抱えた。
「はぁ……問題ばかり起こりおって。アリエル様は吾輩たちを試し過ぎではないか?」
「ですね。最近ではわたくしも、グレンの言っている性悪アリエル嬢という気持ちが理解できるようになってきました」
「何を言っている!? 仮にもお主は大司教であるぞ」
「分かっております。口外はいたしません。わたくしとツァール様だけの冗談です」
「笑えぬわ」
◇◇
俺とリリスは、ひとまず場所を移した。俺は結婚自体はどうでも良かった。してもしなくても。だけど、俺が家庭に入るなんて、普通な事はできないだろうとは思った。きっと死ぬまで戦場に駆りんだと、そう感じている。だから、即答できなかった。
その沈黙が嫌だったのか、断られたと思ったのか、「あたしの一番好きな景色を見せてあげる」というので、付いて来た。小高い丘の上から見下ろすとラベルンロンドの首都ロンドールが見える。その向こうには、山々が立ち並び、日が昇っている。位置的に昼だろうか。
そういえば、朝から何も食ってなかった気がする。そう思うと、急に腹が減って来た。
「良い眺めでしょ?」
「そうだな」
「いきなり過ぎたよね、ごめんね」
「何が?」
「お嫁さん」
「ああ」
確かにいきなり過ぎたが、悪い気はしていないし、俺はリリスがもろタイプだからむしろ大歓迎ではある。
「正直、リリスを俺はよく知らない。だけど、一目惚れという面では、俺も実はそうなんだ……」
言って、照れくさくて頬をポリポリする。その様子を見て、嬉しそうに微笑んだリリスは、ますます魅力的だった。
「ただ……」
「ただ?」
「俺は戦場でしか生きられない運命だと思ってる」
「……」
その言葉に、黙り込んで背を向けたリリスの髪が風にそよそよとなびいている。
「幸せにしてやれないかもしれない」
「……」
「毎日、今日は生きてるかな、明日は生きてるかなと心配しなきゃいけない日々になるかもしれない」
「……」
そう。俺に幸せという言葉があまりにも似合わないのだ。そんな俺の運命にわざわざ巻き込まれる事もないだろうと思ってしまう。
「望みも何も叶えてやれないかもしれない」
「……」
「せっかく俺を愛してくれると言ってくれたリリスを不幸にしたくはない」
「……」
だから、このまま終わりでいいんだ。
「てことは、グレンもあたしを好きって事でしょ?」
今の話の展開から、どうしてその言葉が出て来た? 俺は困惑した。
「へ? ま、まあ」
「なら、お嫁さんにしてよ」
リリスは意外と肝っ玉が大きいのか、俺を困惑させることが多い。
「え? 今の話聞いてた?」
「聞いてたよ? そうなると思ってるもん。だって、この世界のエースだもの。毎日戦いの日々になるのは仕方ないと思う。それも分かってて言ってるよ?」
「それでいいのか?」
「うん、それでもグレンのお嫁さんになりたい」
風に揺られる髪を耳に避ける仕草も含めて、俺はリリスに見とれてしまった。
「してくれるの?」
「ガハードやお袋さんには話さなくていいのかよ?」
「うん、もう話してある」
「へ?」
「グレンが嫌がらなければ、お父さんもお母さんも賛成だって」
「マジかよ……」
とんでもねぇ速度で、ぜんぜん考えてもいなかった物事が進んでいて、頭の処理が全く追い付かないでいると、リリスは俺に抱き付いた。そして、俺の頭をそっと撫でる。
「もう一人で抱えなくていいんだよ、グレン。あたしが一緒に背負うから」
ドクンッ……
その言葉に、俺の心の中にあった防御壁は完全に決壊していた。同時に、アリアの前で初めてさらけ出した弱い部分が、リリスの前でも出てしまいそうになる。だが、ここはグッと堪えなければならない。と思いながらも、俺もリリスを抱き締めて、涙が溢れている事に気付く。
「ありがとう……大切にする、絶対守るから」
「自分の身は自分で守れるから大丈夫。グレンはグレンのすべき事をすればいいんだよ」
俺のすべき事――
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