No.024 兄貴分の兄貴分

 俺はリリスたちの家に泊まった。翌日、親父さん、ガハードというらしいが、彼に連れられて、俺はとある小屋に来ていた。そこには武装しているボロボロの男たちが集まっていた。


「貴方たちに確認したい事があります」


 ガハードが切り出す。すると、男たちは訝し気に首を傾げている。そして、ちらちらガハードの横にいる俺を見ている。


「悪政を終わらせたいですか?」


 その質問に、俺は動揺した。反乱を煽る発言だ。この中に一人でも帝国側の者がいたらおしまいだ。


「今更何を言ってやがる? 終わらせられるなら、とうに終わらせてる」

「そうだそうだ」

「この姿見てみろ、今日だって帝国軍のザコともと小競り合いしてきたところだぜ?」


 そういう男の体は、傷だらけだった。しかし、致命傷はなさげだ。なかなか腕が立つように見える。


「サイモンさん、あとでリリスに治療させますから、少し待ってください」

「あいよ」


 サイモンという名前らしい。両の腰に一本ずつ短刀を装備している。アローグと同じ、双剣士か。この国では、双剣が主流なのだろうか。


「実は、彼はナスツールが送り込んだ皇帝を止めるための刺客です」

「は?」

「マジかよ?」

「とんでもねぇ爆弾拾ったな、わはは」


 直球過ぎる言い回しに、俺は少し動揺したが、それに反して、男たちは嬉しそうにしているのが返って驚きだった。


「しかも、彼はA級冒険者であり、元モンク僧です」

「Aかよ!? その若さでか!?」


 サイモンのおっさんが特にビックリしてるのが意外だった。ガハードに手帳を出すように促され、俺はそれを見せる。


「マジもんじゃねぇか」


 サイモンは一目でそう言って、俺に尊敬の眼差しに代わり、次々と質問して来る。


「お前、名前は?」

「グレン、グレン・ゾルダート」

「聞いた事ねぇな? いつから冒険者してるんだ?」

「約一年半前になるか。それまではナスツールの外れの小さな集落で狩猟してた」

「そんな短期間でA!? ますます信じられねぇ!」


 サイモンは目をキラキラさせている。どうやら、この男たちの中では、サイモンはリーダーなのか、誰も口を挟まない。


「S級冒険者に拾ってもらって、その紹介だったから短期間なんだと思う」

「S級!? 誰だよ?」

「レナード」

「レナードォォォォォッ!!」


 サイモンは、一気に俺に歩み寄ると肩を組んだ。


「何だよ何だよ、レナードの知り合いかよ! 俺も昔は冒険者でな、B級止まりだったが、レナードがまだB級の頃によくパーティ組んでたんだぜ?」

「本当か?」

「ああ、あいつは俺にとっては戦友だ」


 嬉しそうに、昔の武勇伝を語るサイモンに、他の男たちは珍しかったのか、その姿に嬉しそうにしている。


「その話って事は、サイモンさんの出世頭の弟分ってのが」

「そう、レナードだ!」

「ひぇぇ、巡り合わせてって凄ぇな」

「だから、レナードの弟分のグレンは、俺の弟分みたいなもんだ。何でも力になるぜ! 家族だと思えよ!」


 レナードのおかげで、一気に打ち解けたようで、俺はここにいるメンバーに歓迎されているようだった。


「しっかし、アリエル様も性格悪すぎるぜ、諦めようかって考えてる矢先に、こんな希望よこしやがるんだからよ。っていけね、信者の前だったな」


 サイモンは、ガハードをチラりと見て、申し訳なさそうに肩を竦める。


「いえ、私もアリエル様は些か意地が悪過ぎると思っていたところです。それに、今はただの破戒僧。気にしないでいただいて結構です」


 ガハードの言葉に、武器を持たない違う中年の男、たぶん彼も元モンク僧なのだろう。口を開いた。


「わいもちょうどそう思っとったわ。ぎょうさん、寄付したんに、ぜんぜん助けてくれへん。かなわんなーってな」

「これこれ、イワン、そこまで言っては信じた自分すら否定する事になりますよ?」


 イワンと呼ばれた方言男は、ガハードに注意されると、「すんまへん」と苦笑いしていた。その姿に、皆が爆笑する。まさか敵本拠地でこんな空気に包まれるなんて、思いもよらなかった。


「んで、弟よ」


 すでに弟呼ばわりしてくるサイモンは、俺をじっと見つめる。


「どうやって、皇帝を仕留めるんだ?」


 その言葉に、単身で乗り込む隠密作戦を考えていただけに、少し困惑する。


「実は、俺一人で城に乗り込んで皇帝とその周りだけ、戦争を止めるか死ぬかを選ばせようと思ってたんだ」

「は? そんな無茶な。ここの何倍も兵がいるんだぜ?」

「状況が分かってないから、現地に着いてから考えるつもりだったんだが、皆に聞いてもいいか?」

「もちろん、知ってる事は全部話すぜ? なあ、皆?」


 皆が頷く。これは有難い巡り合わせだと、心底思った。


「アローグと同じくらいの強さの兵はどのくらいいる?」

「へ?」


 サイモンは驚いた顔をした。そして、他の皆を見渡した。代わりにガハードが口を開く。


「アローグとは、金色の双剣使い、アローグで間違いないでしょうか?」

「ああ、そうだ」


 俺が頷くと、サイモンがすかさず割って入る。


「奴は先日の戦で殺されたって聞いたぜ?」

「俺が殺した」

「へっ!?」


 皆が目を丸くしている。目を丸くされるのももう慣れた。話を続ける。


「俺が初めて殺したホミニスが、アローグだ」

「なんと……」


 昨日の話を覚えていたのか、ガハードが驚きのあまりに口に手を当てている。


「で? 何人いるんだ?」

「いねぇよ」

「は?」


 サイモンのその言葉に、今度は俺が目を丸くした。


「アローグは元S級冒険者で、強さを買われて傭兵的に皇帝が雇った秘密兵器だった。まさか、その秘密兵器が首都攻撃初日で殺されるとは思ってなかっただろうよ」

「ラベルンロンド最強や、いわれとったで? グレンはんが殺しはったんかいな」


 皆の目に活力が漲るのが分かる。


「勝てるっ! 勝てるぞっ! 絶対勝てるっ!」

「今すぐ、他の地域の反乱組織メンバーにも通達を、作戦決行日は決まり次第連絡するので準備するように伝えてくれ」

「分かりました」


 サイモンの指示で、ガハード他の面々が散り散りになった。残された俺に、サイモンはにやにやしながら、語り掛ける。


「いやぁ、嬉しいね。俺の弟分の弟分が、こんな強いとは……痛てて、リリスのところに行こうぜ、弟」


 道中で、俺の事をいろいろ聞かれた。レナードはあまり聞かなかったが、先日会った時は兄のように感じていた。サイモンもサイモンで、本当に兄のように接してくれているようだった。「よく頑張ったなぁ、お前は自慢の弟分だよ」と何度も言ってくれた。


「大丈夫、サイモンさん?」

「大丈夫大丈夫、ちょっとかすっただけだから」

「女神アリエル様の加護の元、この者に痛みのない体を与えたまえ――治癒ケア!」


 青白い光がリリスの手から放たれ、サイモンの体を包む。みるみる傷が塞がっていく。


「サンキュー、リリス。助かったぜ」

「軽傷だったから、あたしに治せたけど、重症は無理だからね、気を付けてね!」

「分かってるって! んじゃ、グレン、俺も組織の準備してくらぁ」


 リリスと二人きりになった。するとリリスが、驚きを口にする。


「あの気難しいサイモンさんが、こんなに心を許しているなんて、何があったんですか?」

「いや、たまたま俺の兄貴分の兄貴分だったらしい」

「凄い偶然ですね、これもアリエル様の導きですね、きっと」

「さぁな、性悪アリエル嬢の考えてる事は分からねぇ」

「性悪って、酷い言い方っ! 謝らないと女神様が怒りますよ?」


 あぁ、懐かしい言葉を聞いた気がした。もし、あの時、俺がアリエル嬢をバカにしなかったらブルーヒュドラは村を襲わなかったのだろうか。シアルの言葉に従って、素直に謝っていれば、助けてくれたんだろうか。

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