No.023 協力者
まさか、こんなに生きるのが大変そうな暮らしをしているなんて思わなかった俺は、部屋と呼んでいいのか分からない空間を見渡していた。写真が飾ってある。さっきの母親が元気だった頃なのだろうか、綺麗な女性と、勇ましい男性、その間にきっとリリスだろう。皆、アリエル教団の修道服を着ていた。てか、父親、モンク僧かよ。先輩かぁ。いや、もう俺は破戒僧だから先輩と呼べないな。
などと考えていると、後ろから声がする。
「帰ったぞ」
「お帰り、お父さん!」
「なんだ? 客か? 男? お前、何者だっ!」
さっと構える姿は、モンク僧で間違いなかった。そんな事を思っていると、俺と親父さんの間に入ったリリス。
「こ、この人に暴漢から助けてもらったの! そのお礼に招待しただけだから、落ち着いて!」
「何!? 助けてくれた!? そんな、アリエル様のようなお方がこの世にいるのか?」
「だから、恩には礼、でしょ?」
リリスのその言葉に、突然、アリエル教団式の最敬礼をした親父さん。
「娘を助けていただいた恩人とも知らず、無礼をいたしました事、お許しください」
「い、いや、いいって、たまたま悲鳴聞いたから助けられただけだし」
「いや、この国に自分を顧みず、他人を助ける者など、もういないと思っておりましたゆえ、感激しています」
やたら熱い親父さんは、そのまま俺の右手を両手で掴み、無理やり握手してくる。リリスの押しの強さは、この親父さん譲りだな。そう思わずにはいられなかった。
「では、大したもてなしはできませんが、ごゆっくりお寛ぎください。恩人様」
そう言って、母親が消えた部屋へ親父さんも消えて行った。あの手の感触、現役の手だった。でも、リリスは元と言っていた。どういう事なんだろうか。
「できました。口に合えばいいんですけど……」
汚いテーブルの上を汚い布で拭き、汚い皿の上にぐちゃぐちゃの何かが乗せられている。何だ、これは一体?
「こ、これは一体何て料理なんだ?」
「はい、リリススペシャルです」
説明になってねぇ! 断る訳にもいかない俺の状況的に、口に運ぶしか選択肢は残されていなかった。もうヤケだっ!
「……美味い」
「良かったぁ」
ニコニコと俺の食べる姿を前に座って眺めているリリスの姿に、俺は少し照れ臭くなっていた。
「あ、あんまり見るなよ、そういうの慣れてねぇんだ」
「あ、ごめんなさい。つい」
俺の言葉に俯いたリリス。何だか、また気まずい空気が流れてしまう。何か話題はないものか。
「グレンさんは、どこから来たんですか?」
そんな事を考えていると、一番答えにくい質問が来た。なんて言えばいいか、試案していると、
「リリス、恩人様にあまり詮索する真似はよしなさい」
後ろから、親父さんの声がする。ホッとしていると、何故か親父さんも一緒に食卓を囲むように座る。そして、
「失礼を承知でお尋ねしますが、モンク僧の方、でしょうか?」
おいおい、お前も詮索してんじゃねぇかよ! と心の中でツッコみながら、俺はその質問には素直に答える事にした。
「元な、人を殺しちまった。今は破戒僧だ。言っても、冒険者になった後、事情があって1年半ほど、教団に所属しただけで、信者とは言えねぇかな?」
「なるほど、そうでしたか……実は私も同じ、破戒僧でして」
「へぇ」
まさか、こんな共通点になるとは想像もしていなかった。だが、おかげで話題としては悪くない展開だ。
「この国の現状はご存じありますか?」
「いや、ほとんど分かってないな。関心ないしな」
「元々、過大な税を国民に課して、私腹を肥やしていた皇帝一族が、今度はナスツール共和国相手に戦争を始めました。勝つために更に税を上げる。若い男は徴兵すると、私たちは、生活すらままならない状態に追い込まれました」
ナスツール側で聞いてた話では、犯罪者が多いと言っていたが、税負担が多く、稼げなければ、犯罪者も増えるよな。そういう事情があったのかと、一人納得していると、親父さんは話を続ける。
「結果、一部の国民が国に反旗を翻しました」
「お父さん!」
リリスが止めるのを制し、親父さんは話を続ける。
「その反旗は国中に広がり、戦争と内乱という板挟みになった皇帝は、内乱に加担し、逆らう者を皆殺しにしていきました」
おいおい、酷い話だな。ラベルンロンドの皇帝はよっぽど腐った野郎だな。
「そして、逆らっていなくても、逆らった者に関わっていた者は皆、街を追放され……」
そう言って、俯いた親父さん。なるほど、事情は何となく読めて来た。
「ここにいるのは、そんな連中って事か」
「はい」
デモネシア戦線も過酷だったが、違う意味でこっちは過酷だな。
「私たち家族が慕っておりましたセシール大司教は、この政治に意見し、改善を要望していましたが、見せしめに殺されてしまいました……」
俺は飯が不味くなる話ばかりで、早くこの国の皇帝を殺してやりたいと思い始めていた。
「その仇を討とうと立ち上がった者たちが更に反乱を起こし、サンドウのアリエル教団は反乱分子として扱われ、解散となり、今に至ります」
「クソ野郎だな、この国の皇帝は」
「はい……」
この状況なら、俺の事情を話しても問題ないと判断した俺は、リリスに飯の礼を伝えた後、今度は俺がここにいる事情を伝える事にした。
「俺は、ナスツールから来た」
一言目で、二人は目を見開いて、顔を合わせていた。
「軍人じゃねぇけど、強さを買われたって言えばいいのか? 援護してくれって頼まれて、先日の奇襲も戦場にいた」
黙って聞いている二人。俺は言葉を続けると同時に、仮にこいつらが俺の敵だというなら仕方がない、死んでもらおう。
「それまでは、ナスツールの南部でデモネシア族との戦いの日々だった。だが、ラベルンロンドが宣戦布告したせいで、呼び出されちまったんだ。んで、その戦場で初めて人を殺しちまった」
今でもあの感触は忘れられない。アローグの死に際の瞳。血の香り。生ぬるい腕の感触。
「元々、ナスツールの隅っこの小さな集落で、狩猟して生きてたんだ。だけど、ブルーヒュドラに村が襲われて、皆死んで、生き残った俺は、その討伐に来てた冒険者に拾われて、冒険者になったんだ」
赤い手帳を見せる。すると、親父さんはまた目を丸くしていた。
「その若さで、A級ですか?」
「まぁ、たまたま俺を拾った冒険者がS級だったから、紹介してもらったお陰だろうな、いわゆるコネみたいなもんだ。んで、流れでさっき話したデモネシア戦線に駆り出されて、元々拳で戦ってたもんだから、ツァールのおっさんの元で、モンク僧としての修行をする事になったんだ」
「ツァール大司教ですか? なんと……」
また親父さんは目を丸くしている。丸くしすぎだろ。
「で、まだデモネシア戦線では村から一緒に生き残った親友が、聖騎士として戦っているんだ。デモネシアは強ぇ。たくさんの知り合いがあそこでは死んだ。俺を拾ってくれたS級冒険者も右腕を失った。そんな戦場だ。俺は親友を死なせたくない。だから、早くこの戦争を終わらせて、あの戦線に帰りたかった」
それまで、驚いてばかりだった親父さんだったが、気の毒だという表情に変わっていた。
「んで、早く終わらせる方法をバイセル……あーと、ナスツール軍の指揮官の一人だな。そのおっさんに聞いたら、この国の皇帝を止めれば終わると聞いた。だから、止めに来たんだ」
そう告げると、親父さんとリリスは顔を見合わせる。そして、頷き合う。
「宜しければ、私たちにも手伝わせていただけませんか? この悪政を終わらせたいのは、この国の民の願いでもあります」
「グレンさん、あたしたちで良ければ手伝います」
まさかの申し出に、今度は俺が目を丸くするのだった。
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