No.022 襲われてる女
森を抜けると真っ暗な草原が広がり、その向こうにはポツポツと明かりの灯る街が見えた。入り口を警戒する兵士がいる。この時間で、かつこの方角からでは普通に手帳を見せて入るのは難しいだろう。他の入り口を探すか。
北に回り込もうとすると海に阻まれてしまった。なら、と南に回り込んだところで、ちょうど幌の付いた荷馬車が町に入ろうというところだった。これはちょうどいい。俺は、こそりと幌の上に飛び乗り、体をうつ伏せる。入り口の番をする兵士が、幌の中を確認している。
「特に怪しい物もないな。ある訳ないか、行っていいぞ」
馬車はそのまま、町の中へと進んでいく。中央には大きなアリエル教会が立っていて、その周りを円のように建物が囲んでいる作りが中央に広がっていた。馬車はその中央を抜け、少し細くなった路地へ入る。この辺りになると真っ暗だった。俺は、近くの建物に飛び移り、馬車をやり過ごす。
「ふぅ……」
とりあえず、ここまで入れば、まず一安心だろう。宿を探すか。そんな事を思い、宛もなく歩き始めると、
「きゃぁぁぁぁぁっ!」
という女の悲鳴が聞こえる。そんなに遠くない場所だ。道が分からない。仕方ない。俺は、建物の上に飛び乗り、その声の元へ向かう。
「いいじゃねぇか、こんな時間に出歩いてる嬢ちゃんが悪ぃんだよ、へへへ」
「へへへ」
汚らしい恰好の男が二人、叫び声の主に迫っていた。何があっても首を突っ込むな。そんな釘刺されたっけな。でも、これは軍と関係ねぇだろ、ただの町民同士の揉め事だろう。
「や、やめてください……って、え?」
ドサッ! ドサッ!
突然、今にも襲い掛かって来るかという場面で、男二人が倒れた。困惑する女に、
「大丈夫か?」
俺は、声をかけた。金髪の若い女だった。俺と年は一緒くらいだろうか。あまり豊かな恰好ではなく、あちこちくすみのある服を着ているが、綺麗な顔立ちをしていた。
「えっと?」
混乱してるのか、怯えているようだった。あれ? これって助けちゃまずい奴だったのか?
「あ、助けて良かったか? 不味かったらすまん。悲鳴が聞こえたから困ってるのかと思って――」
俺はそのまま立ち去ろうとすると、
「い、いえ、あの、た、助けていただき、ありがとうございました」
その声にホッと一安心した俺は、振り向いた。綺麗な子だ。そりゃ、興奮するわな。と、そこに転がってる二人の男どもに同情しながら、少しだけ傍に近づいた。
「いいって、たまたま悲鳴が聞こえたから助けただけだから、気にするなよ」
俺のその言葉に、首を傾げて不思議そうに見上げている女。うわ、やべぇ、アリアが若かったらこんな感じだったかもしれない。そう、俺はアリアがだいぶ年上だったが、正直好みだった。だから、余計甘えてしまったのはここだけの話だ。
という事で、今、目の前にいるこの女も、めちゃくちゃタイプだった。尻もちをついているので、手を差し出すと、その手を握って来た。引っ張って立ち上がらせる。
「夜道に女一人は危ねぇぞ、気を付けろよ」
俺はそう伝え、その場を立ち去ろうとする。だが、離そうとした手が離れなかった。
「ん?」
いや、俺が未練たらしく掴んでいる訳じゃないはずだ。手元を見れば、俺の手は開かれている。間違いなく、女が握って離さないのだ。
「あ、あの」
なんだ? 貧乏そうだし、金でも欲しいのか? まぁ、少しくらいは――
「お、お礼がしたいです!」
「は? だから、良いって」
「いいえ、恩には礼を」
どこかで聞いたフレーズだった。思い出したぞ、アリエル教団だ。こいつ、アリエル教徒なのか?
「た、大した物は振るまえませんけど、しょ、食事でもいかがでしょうか?」
「あー……」
まぁ、飯は食ってねぇから腹が減ってなくはないんだが、
「いや、ちょっと前に着いたばかりで宿を探さないとい「なら、うちで良ければ使ってください!」
へ? なんだこの子、見ず知らずの者を家に招待するとか、大丈夫か?
「おい、あんた。俺とあんたは初めて会った。俺は危ない奴かもしれないぞ?」
「いえ、あなたは危ない人じゃないです。助けてくれました」
「いや、あの場面は俺じゃなくても助けるだろ?」
「いいえ、この街では助けないのが普通です」
それを聞いて愕然とした。若い姉ちゃんが襲われそうになってても助けないのが普通って、どんな治安なんだよ。
「この街の方ではないですよね?」
「ああ、冒険者だ」
手帳を見せる。
「やっぱり。ぜひ、お礼させてください」
丁寧に頭を下げる女に、俺は困惑した。いや、有難い話なんだけど、これからこの国の皇帝を殺すかもしれないんだぜ? 良い奴なのか? などと戸惑う俺を無視して、女は俺の手を引く。
「ちょ、ちょっと待ってく「あ、紹介遅れました。あたし、リリスって言います。あなたは?」
「……ぐ、グレン」
「グレン……恰好良い名前ですね」
「そ、そうか?」
グイグイ引っ張られるので、流石に諦めた俺は、
「分かった分かった。礼には付き合うから、手は放してくれ。歩きにくい」
「はいっ!」
笑顔を浮かべると手を放す。何だかとても嬉しそうにしている。
「お前の家はどの辺なんだ?」
「街の外れなので、少し歩きますが大丈夫ですか?」
今更聞く事かよ。内心そう思いながら、タイプの女に飯を誘われて、俺は少しだけ浮ついていた。
「ああ、別に用はないしな」
「良かった。あんまり綺麗な家じゃないですけど、許してくださいね」
「んな事気にしねぇよ」
街を抜けるとどんどん寂れて行き、やがて廃墟のような場所に出る。とても人が住んでいるとは思えねぇが――
「よぉ、リリス、そろそろ一発やらせてくれよ!」
「もうっ! そういうのはやめてっていつも言ってるでしょ!」
その辺に武装して座っていた小汚い青年が声をかけて来た。慣れた感じであしらうリリスに、別の場所から別の男が声かける。
「お? やるな、リリス。男引っかけて来たのか? ずいぶん強そうな野郎だな」
「違います! やめてよ、助けてもらったお礼のために来てもらったんだから!」
「助ける? そんな危篤な野郎がこの世にいたんかい? そりゃすげぇ」
俺の知ってる価値観がどんどん壊されていく。困ってる女子供を助けるのは、男の役目だろ? 危篤ってほど狂ってるのか? いや、少なくても俺の村じゃ、困ってる女子供は助けるのが当然だった。
「ただいま」
「ゴホッゴホッ! お、おかえり、リリス」
「お母さん! 寝てていいのに、夕飯の支度はあたしがするから」
「悪いねぇ、こんな時に風邪拗らせるなんて」
案内された家は、家とは呼べる物ではなかった。布で屋根を補っているような廃墟を無理やり住処にしたあばら家だった。そこを色々工夫して、キッチンのようなものを作っていて、そこに一人のガリガリに痩せ、髪がバサバサの中年の女性がせき込みながら立っていた。どことなく、リリスに似てはいる。お母さんと呼んでいるし、母親なのだろう。
「ゴホッ、お客さんなんて、珍しいね、ゴホッゴホッ!」
「うん、襲われているところを助けてもらったの」
「それはそれは、お若い方、娘を助けていただき、ありがとうございました」
深々とお辞儀された。そして、祈っている。やはり、アリエル教徒か。
「えっと、グレンさん、散らかってるけど、そこに座ってください」
「あ、ああ」
そこってどこだ。というくらい、石の欠片が散らばる床で、とりあえず、ケツが痛くなさそうな場所を見つけ、座る。すると、母親は違う部屋へと消えて行った。料理を始めたリリスに、何となく気まずい沈黙を感じた俺は尋ねる。
「……アリエル教徒なのか?」
その質問に、ビクっとしたリリスは、悲しそうにフライパンの中を覗きながら、
「元、です……」
とだけ答えた。そして、また気まずい沈黙が再開する。
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