No.021 小芝居

 レナード再会した後、彼が寝泊まりする宿を紹介される。何でも、昔、窮地を救った縁で、特別料金なんだとか。とりあえず、レナードの話からしても、今日はこの村を抜けられないと判断した俺は、一泊しながら考えようと、宿を取らせてもらう事にした。


「どうやって、この村を抜けるか、だな」


 レナードの部屋に呼ばれ、その辺に座れと床に座った俺に、レナードは椅子の上で窓を見ながらぼそっと呟いた。そこに俺は提案する。


「迂回ってできないのか?」

「できねぇな。橋渡って来ただろ? あの川がこの村を沿うように流れてて、天然の堀になってながるんだ」

「泳げないのか?」

「泳げたところで、すぐ見つかる。それこそ、弓隊や魔術隊の恰好の餌だ。ハチの巣になるのがオチだ」

「……なら、川の上、走れねぇのかな?」

「無理だな、筋力の問題じゃないからな。風魔術で浮力でも貰えればまた別だろうが、それでも踏み込めない足元だと速度は出せねぇ、どっちにしろハチの巣だ」

「そうか……」


 打つ手なし、か。と諦めかけていた俺に、ニヤりとレナードが微笑む。


「お前、全力肉体強化フルドーピング使えるよな?」

「ああ」

「なら、向こう側に作られた壁を超える事はできそうだな」

「あんなに高いのに?」


 集落自体はそれほど目立たなかったが、その向こうには成人男性五人分の高さのある石の壁が立っている。


「俺だって、両手ありゃ、超えられるぜ?」

「……そうか」


 なんだか、申し訳ない気分になった。俺があの時、素直に逃げてれば、レナードは腕を斬られてなかったかもしれない。自力で逃げられたかもしれないんだ。


「あぁ、お前のせいじゃねぇ、あれは見逃してくれただけだ」

「え?」

「たぶん、あの野郎、下手なホミニスより人情があるんじゃねぇか。てめぇが俺を背負って逃げる選択をしたから、見逃してくれたんだろうよ」

「見逃す以外に、二人とも生き残る答えがなかった。大方、友情かなんかに感動したとか言って、見逃してくれたんだろうよ」

「そんな事あるのか?」

「あるだろ? よく考えろグレン。あいつにとって俺たちは、いつでも殺せる虫ケラみたいなもんだ。あそこでどうしても殺さなければならない理由もなければ、殺そうと思えば殺せてた。でも、俺たちは生きてる。そういう事だ」

「……そんな実力差があったのかよ」

「あったな、俺が十人でも勝てねぇ」

「そんなの相手に、ホミニスは戦っても無駄じゃないのか?」

「いや、無駄じゃねぇ。少なくても、あいつ以外は倒す事ができる。数が減れば、脅威は下がる。話の分からない相手じゃないのは、裏切者のホミニスを受け入れたという噂からも分かる。頃合いを見て、お互い干渉しないという約束をあちらの有利な条件で取り付ければ、デモネシア族との争いは終わる」

「あいつは残るんだろ? 終わりなのか、それ?」

「少なくても、俺たちの代では平和になるだろう。その後は知らん。その後の連中が自分たちでどうにかしろって話だ」

「倒す事は考えねぇのか?」

「無理だな、桁が違う」


 聞きたくなかった。俺の中で最強の男、レナードの口からその言葉は。しかし、右腕を失った今ではきっと、俺の方が強いのかもしれない。


「計画はこうだ。今夜、俺が酔ったふりして、門番たちの気を引く。その間にお前は壁をよじ登って向こう側にいけ。そこからは知らん。俺も見てねぇからな」


 瓶に入った酒をグイッと飲み、レナードは言葉を続ける。


「もしかしたら、大群が布陣してるかもしれねぇし、何もねぇかもしれねぇ。後はお前次第の戦いだ。どうするよ? 止めてもいいんだぜ?」

「一週間で蹴りを付けると約束して来たし、南方の戦線だって気がかりだ。ロビンが死んでねぇとも限らねぇし……早く終わらせて、あっちに戻りたい」

「なら、決定だな」


 そう言うと、レナードはカーテンを閉め、ベッドに横になった。「夜まで寝るから、お前も寝とけ」というと、シッシッと手で出ていけと払われる。俺は、自分の部屋に入り、ベッドへ横になった。向こう側がどうなっているのか、全く分からないんだ。景色すら想像できない未知の領域に、突入しなければならない。ただ、夜であることは一般人より視力のある俺にとっては有利でしかない。そして、まさか壁を超えるとは想像していないだろう。意表を突く作戦でもある。例え、大群が布陣していても、この村の現状を踏まえると、戦闘準備が整っているとは思えない。

 まぁ、運悪くジャルカへの援軍が通るところだった、というならそれはそれで仕方ない。そこは開き直って、全員殺すつもりで行こう。などと考えているうちに、いつの間にか眠りに就くのだった。


◇◇


「おい、グレン!」


 気付けば、レナードが部屋で俺を揺すっていた。酒のせいだな。なんて自分に言い訳しながら、彼の後ろを付いて行く。


「いいか、あそこの民家の裏にいろ。俺が兵士たちに絡んでひと悶着小芝居を打つ。んで、注意が集まったと思ったら「バッカ野郎っ!」と叫ぶ。それが合図だ。聞こえたら、お前は全力肉体強化フルチャージして、速攻で壁をよじ登れ。この時間は上には誰もいねぇはずだ」

「分かった」

「あと――」


 そう言って、向き直ったレナードが残った片手で俺の肩を強く掴む。


「いいか、俺が出会った俺より若い野郎の中で、てめぇはたぶん最強だ。必ず俺より強くなれる。こんなとこで、くたばるんじゃねぇぞ、拳王」


 珍しい事もあるもんだ。レナードが褒めてくれた。そして、心配してくれている。それだけ、この向こうは危険って事なんだろう。


「死ぬ訳ねぇだろ、まだロビンやデモネシアと戦う仲間たちが俺の帰りを待ってるんだ」

「よし、いけっ!」


 俺たちは別れた。言われた通り、民家の裏に隠れて息を殺す。そういえば、セルシオが殺意がダダ洩れって言ってたな。楽しい事を考えないとな。


 思い出すのはやっぱりバイセルとアリア、メリッサとの時間だった。まるで家族のように過ごしてくれたおっさんたちには感謝しねぇとな。礼も込めて、この戦いを終わらせるのは悪くねぇ。


「バッカ野郎っ!」


 しばらく呆けていると、レナードの叫びが聞こえた。合図だ。


全力肉体強化フルドーピングっ!」


 そして、全速力で壁まで走り、壁に指突き立て、よじ登る。強化された指先は、石の壁に穴を開ける。


 イケる!


 俺は登れる事を確信していた。そして、なるべく静かに、だが急いで登る。登り切ったところで、下を見下ろすと、レナードが倒れていた。


「おい、酔っ払い! こんなとこで寝るな! 邪魔だ!」


 どうやら、寝たふりをしているようだ。しかし、ここにレナードが居てくれてよかった。俺一人だったら、迂回して泳ぐか、強行突破しかできなかっただろう。こういう時に、ロビンならきっと、「アリエル様のお導きだ」なんていうんだろうな。

 悪ぃな、アリエル嬢、俺はもう人殺しの破戒僧だ。あんたの信者なくなってんだ。元々信じてねぇけどな。


 今後は壁の向こう側をそっと覗き込んでみる。良かった。敵軍の姿は見当たらない。念のため、辺り一面見渡したが時間も夜という事もあり、人影は全く見当たらなかった。


 俺は高い壁から、ひょいと飛び降りる。途中で壁に指を突き刺し、速度を殺しながら、大きな音がしないように――


「ふぅ……このまま西だな」


 壁の向こうには森が広がっていた。これは陣を配置するには適さない場所だ。となれば、援軍があるにしても、害獣もいるかもしれない森で野営してまでの強行軍をするのは考えにくい。朝まではここは通らないだろう。少し安心した俺は、気配を消しながら、月明かりを頼りに、夜の森の木の上を獣のように颯爽と渡り、前進するのだった。

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