No.020 まさかの再会

 俺は普通の若い冒険者って感じの恰好をしていた。来る前に、念のため、肩まであった髪は切っておいた。司令官の一人が、「万が一、アローグ殺しの容姿が覚えられていたら厄介だ」と助言してくれたおかげで、ばっさりと坊主にした。んで、戦争中だろうと仕事を受けている場合、冒険者が通過する事は昔からよくある話らしく、両手を上げて、手帳を手に持ち、敵意のない姿で近づくようにと釘を刺された。


 俺は街道を歩き、森に入り、そのまま踏み荒らされた獣道を進むと、再び開けた場所に出る。正面には、大きいとは言えない、砦が見える。


「あれがジャルカか……」


 全力肉体強化フルドーピングして、砦の方を見る。警戒する兵士たちがいるのが分かった。あの軍服は、ラベルンロンドの物だ。完全に制圧されている様子だった。


「余計な事は考えず、ひたすら通り過ぎろ」


 バイクルが最後に言った言葉だ。何を見ても、関わらずに通り過ぎろって事なんだろう。出発前に聞かされた言葉の通り、手を上げ、赤い手帳を右手に持ち、ひらひらとさせながら近づく。確かに攻撃してくる様子はない。上にいる弓隊も最初こそ、警戒していたが、手帳と両手を上げている状態から、頭を引っ込めるのが見えた。


「冒険者、何のようだ?」


 見張りの兵に引き留められた。手帳と姿から冒険者と判断してくれたのは間違いない。


「いや、まさか戦争になってるなんて思わなくて、仕事帰りなんだが」

「何の仕事だ?」

「荷物の配達だ」

「証明できるものはあるか?」


 俺は、オイエード支局に作ってもらった偽の依頼表、依頼主のサイン、受取人のサインの入った物を見せる。


「確かに確認した、おい、こいつを出口まで誰か見張ってくれ」


 俺はあっさりと中に入る事ができた。壁際に積まれた死体の山。オイエードの軍服をまとっている事から、ここの守備に当たっていた兵たちだろう。死臭がすげぇ。よく我慢できるな。そう思って、見張りについた兵を見る。


「なんだ?」

「いや、兵隊さんは大変だなと思ってな。こんな悪臭の中でも、頑張ってるんだからな。ご苦労さん」

「ふんっ、冒険者様は気軽な身分でいいな」


 視界には、傷だらけのラベルンロンド兵たちが手当てを受ける姿もあった。昨日の戦闘の生き残りか――


 ドンッ!


「キョロキョロするな! 前だけ見て進め!」


 剣の柄で腰辺りを力強く突かれた。事態が事態だから、情報がどう洩れるか心配しているのだろう。すぐに両手を上げて、謝罪する。


「悪い悪い。あんまり見ない光景だったもんで」


 こんな口を聞いても兵が怒らないのは、赤い手帳のおかげだ。どの国でもA級以上の冒険者は重宝されている。加えて、その辺りの兵士じゃ相手にならないことも周知の事実なのも大きい。下手に怒らせて、戦闘になれば、殺されるのは兵士の方だからだ。これは、レナードの受け売り。あいつが聞かせてくれた冒険談の一つにあった。


 難なく、砦を出ると見張りは離れ、門が閉ざされる。


「ありがとな」


 一応、冒険者っぽく、礼を言っておく。油断して、戦闘にでもなったら大変だからな。演じられるところ、てか、冒険者なのは事実だから、演技でもなんでもないんだけどな。


 そのまま、街道を進むと川にぶつかる。そこにかかった馬車が二台すれ違えるほどの石の橋の前には、ラベルンロンドの兵が立っている。同じ要領で、何なく突破する。そこでは、見張られる事なく、「通っていいぞ」と言われただけだった。橋を渡りながら、こんなデカい川、初めて見るなぁと感心していた。


 聞いた話だと、橋を渡ってそのまま街道を進めば、小さな町があるという。そこまで行けば、とりあえず、兵士に何か言われる事はないだろう、というのがオイエードの指揮官たちの話だ。走って急ぐのも少し怪しいからな。久しぶりにゆっくりと歩きながら、景色を楽しむ事にした。


 まだ一年半くらいしか経ってないんだよな。村がなくなって、外の世界へ出てから。ふとそんな事を考える時間になっていた。濃度が濃すぎて、命懸けの時間が多過ぎて、もう五年、十年経ったような感覚だ。あの頃の俺は、まさかこんな未来が待っているなんて、想像もしていなかったな。毎日、ロビンとペアで狩りして、村でちやほやされて、その辺の女と子供作って……それまで見た他の奴の姿をなぞるだけだと思ってた。それが、拳神なんて崇められて、戦争に参加しているんだから――


「人生、何があるか分からねぇもんだよな」


 一人ぼそりと呟いた。それから間もなく、集落が見えて来た。戦争中とは思えないほど、普段通りの平和な様相に逆に気持ち悪さを感じていたが、ひとまず冒険者感を出すために、組合支局がありそうな方角に向かう。道中の酒場のテラスで、昼間から酒を飲んでる男の姿があった。右腕がない。見覚えのあるサラサラの金髪――


 俺は思わず駆け寄っていた。それに気付いたその男は、訝し気に俺を見ていたが、近付く頃には気付いたようだった。


「レナード!」

「おう! てめぇやっぱりグレンか? その髪どうした? 何かやらかしたのか? へへ」

「いや、これには訳が――」


 俺は、レナードのテーブルに付き、注文して一緒に酒を飲み始める。そして、あれからあった出来事を順番に伝える。


「へぇ、やっぱり俺の見込んだ通り、拳神だったな。そういや、三天王の最後も倒したそうじゃねぇか」

「……あれは、ローグの犠牲がなければ勝てなかった」

「あ? でも、倒したんだろ? 上々だ」


 バチンと肩をはたかれる。不思議だ。痛いのに、「よくやった」と伝わって来る。思わずニヤりとしてしまう。


「ところで、レナードは何しているんだ?」

「ああ、それがな、この先に進ませてもらえなくてな、困ってる」

「え?」


 宣戦布告前から、着々と戦争の準備を進めていたラベルンロンドは、この集落、エスタ村までしか外部の人間を受け入れおらず、ここから先は一切、進ませないようにしていたという。


「たくさん知り合いのA級がいるんだ、この国にもな。だが、冒険者組合がある最寄りの街、サンドウに入れねぇ。俺だけじゃなく、冒険者組合だろうがアリエル教団だろうが行商人だろうが、全部ここで足止めだ。交易品は、こっちの国の輸送隊がわざわざ取りに来て、流通自体は成り立っているようだがな。交易の休憩所の集落が、今や足止めの村よ。まぁ、サンドウのすぐ隣が首都ロンドールだからな。警戒する気持ちも理解はできなくはねぇんだが――」


 グビッとカップの酒を飲み干すと不貞腐れたようにレナードは言い放つ。


「ホミニス同士で戦争してる場合じゃねぇってのによ! 兵士にそれを伝えても理解すらしねぇ、上に報告すら上げねぇ。しつこくしてたら、「捕らえるぞ」と脅されちまってな。協力を頼みに来たのに、捕まって動けなくなる訳にもいかねぇだろ? 暴れて敵対する訳にもいかねぇし――」


 テーブルに突っ伏したレナードは、ため息を吐いた。


「どうしたもんかなって毎日悩んでたところだ。そしたら、てめぇが現れた」


 バッと起き上がって、俺を真剣に見つめるレナードが、今度は俺に小さな声で尋ねる。


「てめぇは何のために来た?」

「俺は、首都に乗り込んで、この戦争を指示している連中を止めようと思ってる」

「はっ」


 鼻で笑ったレナードだったが、また顔を近づけてこそりと呟く。


「平和的な解決なんてねぇぞ、やるなら殺すしかねぇと思え。そういう国だ」

「それは、バイクルたちからも何となく聞いた」

「お、懐かしい名じゃねぇか。元気にしてたか?」

「元気だよ。奥さんはすげぇ美人だった」

「へぇ、あいつんちは金持ちそうだったからな」


 そんな些細な会話をしながら、久しぶりのレナードとの再会を俺は内心嬉しく思っていた。


  

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