No.018 金色のエース
昨夜はあの後、バイセルとアリア、メリッサとまるで家族のような時間を過ごした。美味い夕食に、バイセルのおすすめだというオイエードビールという酒を飲んだ。ビリっとする喉越しと苦みの中にほのかな甘みを感じ、グイグイ飲んでしまった。結果、俺は酔っぱらってしまい、まだメリッサに部屋へ運ばれたのはご愛嬌。
「それでは、偵察部隊、よろしく頼むぞ」
「「「「はっ!」」」」
早朝、バイセルに連れられて、すぐに兵士の詰め所へ入り、偵察部隊に参加するため、部隊長に挨拶することになった。俺より年上だが、まだ若いその隊長、セルシオは「お目にかかれて光栄だよ、紅き流星」と握手を求めて来た。握手に応えるとニコりと笑っていた。どことなく、ロビンに近い雰囲気を持っている男だった。
挨拶を終えると、すぐに出発する事になった。外壁を出て、街道を歩き、その先にある森で散開して敵の索敵を始める。偵察なんて、俺はしたこともなかったので、セルシオに言われるがまま、彼の後ろを付いて回る事になった。
「偵察部隊は、戦う事が目的じゃないからね。くれぐれも戦闘は避けて、帰還して報告する事が最大の戦果だからね」
「うっす」
双眼鏡と呼ばれる、遠くを見るための道具を使って、木の上から西に向かって視線を張り巡らせている。そんな中、ふと振り向いたセルシオが、俺を見て苦笑いしている。
「?」
俺は首を傾げた。動いていないし、気配は殺している。狩りする時と同じように、その場の空気と一体化してるつもりだ。
「殺気がダダ洩れだよ、グレンくん。相手の偵察に気付かれちゃうから、殺気を殺してもらえるかな?」
その言葉と表情に、見覚えがあった。いつだったか、ロビンと狩りに行った時に、同じように二人で隠れていたら、
「グレン……そんなに殺気立ってたら、獲物が逃げちゃうよ」
と俺を見て苦笑いしてたっけな。同じことをまだ言われるとは、俺も未熟だなと思う。だが、正直、
「殺気ってどうやって消すんだ? 俺としては気配を消してるつもりなんだが」
「あはは、気配は消えてると思うよ。でも、殺気だけ消えてないんだよね。消し方か、そうだな……」
少し宙を眺めて考え込んだセルシオだったが、目をぱっちりを開き、何か閃いたように俺を見つめて、
「最近あった、楽しかった事を思い出しながら気配を消してみて?」
「うっす」
最近あった楽しかった事、か。昨日の酒は美味かったなぁ。アリアも優しくて綺麗で、ああいう母さんが欲しかったなぁ。
「……いいね、殺気が消えてる、その調子だよ」
しばらくすると、セルシオが振り向きもしないで、木の枝にしゃがみこんでいる俺の膝をトントンと叩く。一回は交代の合図、二回は――
俺はセルシオの視線を先を見る。
◇◇
「すぐに迎撃の陣を敷けっ! 敵は目の前まで迫っているぞっ!」
俺たちの報告を聞いたバイセルたち指揮官は、すぐに軍を動かした。西門の前に重歩兵団大盾隊が守備に付き、その後ろと城壁の上に、軽歩兵団の弓隊、魔術団が陣を敷き終わる頃、敵の突撃隊が雄たけびを上げ、突進を開始してきた。
「「「「「うぉぉぉぉぉぉっ!」」」」」
炎の弾が地面に着弾し、爆発に巻き込まれて吹き飛ばされる者。弓に射貫かれ、絶命する者。その中で、一際輝く突撃兵がいた。炎の弾をよけ、弓を剣で弾き、何事もないように走っている金色の鎧を来た剣士。俺は大盾隊の後ろ、弓隊の前という中途半端な位置に配置されていた。横には、バイセルがいる。この位置は、バイセルたち大斧隊の配置されている場所だった。
「あいつだけは、もし戦闘になっても気絶で済ませようなどと思うなよ」
バイセルは、金色の剣士を指して俺に釘を刺した。その言葉の意味はよく分からなかったが、頷いておく。だが、その一言がきっかけで、気になってしまい、金色の剣士ばかり見ていると、驚いた。下がらないのだ。他の突撃兵たちは、下がったり、しゃがんだりして攻撃を避けているのに対して、金色の剣士は、斜め前に飛んだり、前に飛んだり、とにかく前に進むのだ。並みの使い手じゃない。
「奴はアローグ。噂には聞いていたが見たのは初めてだ。奴こそ、ラベルンロンドのエースだ」
前に前に。アローグはついに大盾兵と衝突した。かに思えたが、あっさりと巨大な盾を飛び越える。
「
この術はモンク僧だけの特権ではない。実際、確認していないがレナードも使っていたと思う。この術を使えるだけでは、凡人はちょっと強くなるだけ。だが、才能がある者がこれを使えると――
「団長っ! 大盾隊の裏を取られましたっ! 陣に穴が開いてしまいましたっ!」
「大斧隊、迎撃しろっ!」
大盾隊の中に入られると、弓隊も魔術団も攻撃できない。大斧隊が対応に当たるのだが――
「相性が悪すぎるな」
バイセルはぼそりと呟く。それもそのはず、大振りの一撃必殺が取り柄である大斧隊を前に、素早く飛び回り、両手に持つ短剣で急所を的確に突く戦い方をするアローグでは、戦いにならないのだ。振りかぶっているうちに殺される。そんな惨状が左翼で始まり、アローグの周りでは防衛線が決壊、敵が流れ込み始めていた。
あのスピードに対抗できるのは、たぶん――
「行ってくれるか?」
俺だけだろうと、バイセルを見るとそう問われた。頷いた俺は、すぐにアローグの元に走る。味方が殺されているのに、黙って見てる訳にはいかない。急いだ俺の前に、大盾隊の陣を抜けたザコが、
「死ねぇ!」
剣を振り下ろして来た。その剣に拳を振り抜いた。剣が砕ける。
「へ?」
武器のなくなったザコは、オロオロしている。こうやって無力化すればいい。咄嗟に取った行動だったが、これなら殺さずに済む。なんて、甘い事をまだ考えていた矢先の事だった。アローグはさらに深く入り込み、弓隊に手の伸ばそうとしていた。そこには、偵察で世話になったセルシオがいる。偵察部隊は、弓隊が兼任しているそうだ。まずい。知り合いが殺される――
俺は全力で走った。邪魔するザコの武器は砕きながら、時折味方にぶつかるほど、混乱した戦線は、俺の速度を落とす。視線の先では弓隊がアローグに斬られているのが映る。逃げようとしている弓兵の背中から、短剣を突き立てるのが見えた。倒れる時に顔がチラりと見えた。その瞬間、俺の怒りは頂点に達した。
「死にさらせぇぇぇぇっ!」
俺は全力でジャンプして、そのままの勢いで蹴りをアローグに放つ。叫んだせいもあって、気付かれて避けられてしまう。だが、そのまま、さっき倒れた弓兵、セルシオの元に駆け寄り、抱き上げる。
「セルシオッ! 大丈夫かっ!」
「あ、紅き、流星……あ、あとは、頼んだ、よ」
ガクりと顔を落とした姿に、ロビンが重なる。呼吸がない。鼓動もない。死んだのだ――
「ガハッ!」
次の瞬間、俺は自分でも意外だった程の速さで動き、アローグの胸を拳で突き破っていた。しかし、アローグはこのままでは死なないという執念の瞳を俺にぶつけ、短刀を俺の胸に突き刺した――
「ば、化け物だ、ひ、引けぇぇぇぇぇっ! 拳で鎧を貫きやがったぞっ! しかも、剣が刺さらないっ! ひぃぃぃぃぃっ!」
俺の呼吸を感じるほどの距離で、目を見開いたまま絶命したアローグ。金色の鎧に突き立った俺の右腕は、彼の流す真っ赤な血で紅く染まっていた。それを見た瞬間に我に返る。腕を抜くと人形のようにアローグは倒れた。
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