No.016 アリア・ウェズダー

 王と面会したが、ほとんど会話もなく、「良きに計らえ」とだけ言われただけだった。跪いて、頭を下げるように言われて、柄にもなく従ったってのに、こんな扱いとは――


「そう不貞腐れるな、拳神」


 そう言って、俺の背中をバンと叩くバイクル。


「んだよ、あんな弱そうで王ってだけで威張ってる奴のために、皆死んで行ったのか? デモネシアのボスは、強さも尋常じゃなかったぜ? 王ってそういうもんじゃねぇのか?」

「あまりデカい声でそんな事を言うでない。ホミニス族は資本第一主義だからな。金持ち、家柄が重宝される。強さは二の次なのだ、仕方なかろう」

「おっさんだって、面白くねぇだろ? 明らかにおっさんよりは若いだろ?」

「……そう言ってやるな、不満に思ってるのはお前だけじゃない、とだけ言っておこう」

「へん、面白くねぇな」


 そんな会話をしながら、廊下をゆっくりと歩く二人を追う、駆け足が聞こえて来た。振り返ると一人の兵士が近づいて来て、


「バイクル様、申し上げます。ジャルカが堕ちました」

「何っ!? それは誠かっ!?」

「たった今、生き残って撤退した者たちが城下町に……」

「早過ぎるな、先手は取られたか」


 そう言って、報告に来た兵士に、俺を預け、バイクルは謁見の間に戻って行った。


「ジャルカってなんだ?」

「はっ、西の砦でございます!」

「砦が堕ちた……攻められたって事か!?」

「はっ! そして、我が方は敗走しました。明後日には、この首都へ大群が押し寄せる事でしょう」

「マジかよ……」


 とんでもない事になっちまったな。まさか、こんなに早く敵さんが攻めて来るなんて思わなかったぜ。兵士は、俺と会話をしながら、指示されたようにバイクルの邸宅へ俺を案内し、


「ありがとな、兵隊さん」

「いえ、バイクル様からの勅命ですので」


 失礼しますと、そそくさと城に戻って行った。目の前に立つ大きな豪邸。おっさん、とんでもねぇ金持ちだったんだな。ブルーヒュドラの報酬なんて、微々たるもんだっただろうに……


「それでも倒さなければならないほどの、害獣だったって事か」


 さて、どうしたもんか。ドアの前で呆けていると、


「あら? お客様かしら? どちら様で?」


 と、後ろから女性の声がした。振り向くと、そこには貴族らしい華やかなドレスに身を包む、中年の美しい女性が立っていた。


「バイクルのおっさんに、とりあえず、うちにいろって言われて」

「あらあら、うちの人のお知り合いさんでして? どうぞ、中へ」

「うっす」


 俺は女性に案内されるまま、豪邸の中に入った。広いエントランスは吹き抜けで、両脇の階段から二階に上がれるような作りになっている。床には、ティグアの毛皮か? が中央に大きく敷かれている。このサイズのティグアなんて、滅多に見れる物じゃない。黄色と黒の独特の斑模様が特徴のティグアは、毛皮が高級品として取引されていて、一度だけ、狩った事がある。小さかったので、大した値にはならなかったが、村中が大喜びするくらいの金は手に入った。それが、このサイズって……


「とんでもねぇ金持ちなんだな、おっさん」

「あら? そうでもないんでしてよ。これでも上の下くらいかしら」

「へ? まだ上がいるのかよ」

「当然でしてよ。うちの人はただの軍人ですもの。代々貴族の家系ではありませんから」


 広い屋敷を案内されるがままに、ドデカいテーブル――一体何人座れんだ? ってのがある部屋に通された。


「こちら、ダイニングでしてよ。どうぞ、お座りになって」

「うっす」

「メリッサ、お客様がお見えよ、お茶を出してくださって」


 そう叫ぶと、違う中年の女性がお茶を持って姿を見せた。真っ黒の服に白いエプロンを付けている。修道服みたいな雰囲気がある服を着ていて、頬に目立つ傷のあった。


「彼女は、うちのメイドのメリッサでしてよ」


 メリッサが、慣れた手付きでお茶を注ぐ。その間に、


「挨拶が遅れましたわね。わたくしは、アリア・ウェズダー。バイクルの妻です。初めまして。失礼ですが、あなたは?」

「うっす、俺はグレン・ゾルダート。一応、A級冒険者でモンク僧もやってる」

「あら、あなたが噂のグレンさんだったのね。貴族の間でも、紅き流星なんて呼ばれてましてよ」


 こんな場所まで名が知れてるとは、正直驚いた。そして、バイクルのおっさん、やるな。こんな美人の奥さん持ってるなんて。


「思ってたより全然若いんですわね。あ、悪い意味ではなくってよ? こんな若い子がデモネシア族との戦いの最前線で活躍していて、その上、最強の名を手にしているなんて、思いもしませんでしたの」


 ここに来てから、子供扱いされるな。一応、16歳は過ぎたんだけどな。


「夫も、ブルーヒュドラ討伐から帰った時に、才のある若者に出会ったと喜んでいましたけど、ここまでとは想像していなかったと、先日言っておりましてよ」


 そうか、褒められてるのは悪い気はしないな。


「さて、あなたの寝室はどうしましょうか」


 アリアはそう言って、首を傾げていると、


「奥様、小生が昔使っていた部屋など、いかがでしょうか?」

「……そうですわね、それが良いでしょう。お疲れでしょうが、少々お部屋を整える時間が必要でして、わたくしとおしゃべりを楽しみましょう。メリッサ、頼みましたよ」


 はっ! と兵士のような返事と共に、部屋から出て行ったメリッサを無意識に目で追っていると、


「彼女ね、元夫の部下でしたの。頬の傷で、お嫁にいけなくて、うちで引き取る事にしたんでしてよ」


 優雅にカップを持ち、茶に口を付けるアリアは、「どうぞ」と俺にも飲むよう勧める。


「これは、バハヌールの西部で取れる薬草を煎じたお茶ですの。体に良いらしいので、取り寄せていたのですけれど……」


 カップの中に視線を落としたアリアは、悲しそうな表情を浮かべている。


「デモネシアによって、バハヌールが滅ぼされてしまい、そこに住んでいたホミニスも皆、散り散りになってしまったようで、もう手に入らない代物になってしまいましたわ」


 こういう形でも、デモネシアとの戦いは影響が出ているのかと、初めて知った一言だった。戦って死ぬ、怪我をする、殺される、逃げなければならないだけが被害じゃないんだな。


「そして、次はラベルンロンドの宣戦布告……わたくしは、アリエル様が好きではありませんわ。あら、失礼しまして、モンク僧といえば、アリエル教徒でしたわね」

「いや、俺もアリエル嬢は大嫌いなんだ。性悪過ぎて、会ったら殴りたいくらい」

「ふふ、大司教が聞いたら怒りますわよ?」

「大丈夫、エイルもツァールも怒らないで呆れてたから」

「あら、そうでしたの」


 何だか久しぶりな感じがした。戦い以外の会話をするのが。そして、何となく俺はアリアに心を許しているのを感じていた。なんだか彼女には不思議な魅力がある。


「今回の戦争で、俺がもし人を殺してしまえば……アリエル教団からは追放、俺は破戒僧だ」

「……そうですわね、アリエル教団は人殺しは禁忌でしたわね」

「でも、早くこっちの戦争を終わらせないと、南部の連中が全滅しちまうんだ」


 そう。俺がいない間、かなり押されてしまうだろう。下手したら、今までの倍は死ぬ。急いでこの戦争を終わらせて、戻らないと――

 焦る気持ちで俯き、俺が二人いない悔しさに震える手を見つめていた。


「つらい経験をたくさんしたんですわね、よく頑張りましたわ」


 すると突然、人肌のぬくもりを感じた。アリアが椅子に座る俺を横から抱き締めていたのだ。顔に当たる胸の感覚。ガキの頃、母ちゃんにもこうやって抱き締められたっけな――


「泣いてもいいんでしてよ?」

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