No.015 首都オイエード城

 三日もかかっちまった。途中で迷子になって、デモネシア族のいる地帯に入っちまったり、夜の森で野宿していると、賊に襲われたり、散々だった。ようやく見つけた遊牧民に方向を教えてもらって、やっと辿り着いた。


 城門の門番に冒険者手帳を見せると、すんなり通してもらえた。賑やかな城下町が広がっていた。こんな栄えた場所、初めて見たというくらい、馬車や人が行き交い、露天が並んでいた。その辺のおばちゃん捕まえて、城への行き方を聞くと、


「隣国が戦争始めたって、今お城は大騒ぎよ? そんなとこに何しに行くつもり?」


 なんて、聞いてどうすんだよって事を聞いてくる感じが、おばちゃんだなって思いながら、赤い手帳を見せると、納得したのか、道を教えてくれた。


「なんだい、冒険者だったのかい。あたしゃてっきり、兵士に仕官でもしようとしているのかと思ったよ」


 まぁ、戦争に加担するんだから、仕官みたいなもんだけどな。


 教えてもらった道を進むと、また門番がいた。そこでは、手帳を見せただけでは話が通らず、ランドールでデモネシア族と戦っていたが、大司教ツァールに言われてきたと伝える。


「え? お、お名前をお伺いしても?」

「グレンだ。グレン・ゾルダート」

「あぁ! 貴方がかの有名な、紅き流星、拳神のグレン様でしたか! 想像していたより、ずいぶんお若いので、全く想像もしていませんでした。失礼しました」


 という具合で、門が開き、中に入ると今度は高級住宅地が現れた。これが噂に聞く貴族街って奴か。どこもかしこも高そうな装飾品が飾られてやがる。まったく、こんなに銭が余ってるなら、前線の兵士やアリエル教徒たちに装備や食料を送りやがれってんだ。


 不貞腐れた気分で歩いていると、一人の婦人と目が合う。汚い物でも見るかのように見下した目をしている。「何で下民が貴族街を歩いているの? ああ、汚い」とでも言いたいのだろう。貴族による平民差別は、ずっと昔からあるらしい。これは、エイルが教えてくれた。そういえば、ホリムもガキの頃、貴族の坊主どもにいじめられたって言ってたっけな……


 未だに焼けていくホリムの死体は思い出せる。せいぜい、一、二カ月の付き合いだったが、村から出て交流が長くあったのは、あいつだけだった。シアルもきっと、「何で守ってあげなかったの!」ってあの世で怒ってるだろう。


 俺はもう、あんな思いはしたくない。だから、もっと強くなるんだ。そして、レナードが手も足も出ず、右腕を奪われた相手、デモネシアのボスは、必ず俺が仕留めてみせる。


 なんて、物思いにふけっていると、また門番に出くわした。今度は、話が通っているようで、すんなり門が開き、中から一人の見覚えのあるおっさんが現れた。


「久しぶりだな、坊主」


 バイクルだ。そういえば、このおっさん、重歩兵団の団長だったな。国の防衛のため、デモネシア戦線には参加できないって言っていたが、こういう事態のためって事か。


「おっさんこそ、久しぶり強」

「あれから一年強か、ずいぶんと力を付けたようだな。噂は儂にも聞こえているぞ」

「そりゃどうも、てか、顔馴染みって事で悪いんだけどおっさん、飯くれない?」


 そう、俺はまともな食事を取っていなかったのだ。なかなか辿り着けなかったので、気持ちも焦っていて、食事どころでもなく、食事ができそうな町や村にも寄れなかったからだ。


「到着まで二週間くらいはかかると思っていたが、まさかこんなに早く来るとは思わなんだ。歓迎の準備の一つもできとらんわ、わはは」

「んだよ、何でもいいよ、腹が減ってんだよ」

「分かった分かった。とりあえず、料理長に何かを作らせるとしよう。それから、王と謁見してもらうぞ」


 王? やべぇ、お偉いさんと面会とか、俺、一番嫌いなんだけどなぁ。


 通された部屋で、待つこと小一時間、大量の料理が運ばれて来た。すげぇ、前線で特別食貰ってたけど、桁違いだ。キラキラして見える。美味そう――


「下品な食い方をするな、曲がりなりにも王のいらっしゃる城だぞ?」


 途中から戻って来たバイクルは、苦虫をつぶすような顔で俺を見ていた。テーブル中に飛び散った汁や肉の欠片に呆れている様子だ。だが、そんなの俺の知ったこっちゃない。こっちは、要請に応えて来てんだ。感謝こそされても、文句言われる筋合いはねぇ。


「おっさん、そういや、レナードとあれから会ったか?」

「いや、あいにく国内警備の業務に追われていてな」

「そっか……レナードの奴、右手を失ったんだ」

「噂には聞いた。あの大剣を片腕では振り回せまい。ナスツールとしても、惜しい戦力を失ったと思っている。残念だ。」

「俺もあの場にいたんだけど、デモネシアのボスは化け物だ。レナードが手も足も出なかった。初めて怖いと思ったって、帰ってから言ってたくらいだ」

「……そうか。それほどの脅威か」


 そう言って、バイクルは目を閉じ、天を仰ぐ。


「ホミニス同士で争っている場合ではない、のだな」

「ああ、仮にホミニス全員で協力しても負ける可能性の方が高いくらいの状況だ」

「そこまで深刻か」

「ああ、深刻だ。前線では毎日、何十、何百と死んでいる。明日は自分かもしれないと、皆恐怖と戦いながら、終わりのない防衛を続けている」

「……」

「まだ、あっちの国までデモネシアの手が届いてねぇんだろ?」

「その通りだ。我が国の英雄たちが食い止めているお陰だ」

「やっぱな、もしデモネシアと戦ってたら、ホミニス同士で戦おうって気にならねぇはずなんだよ」


 俺の想像通りだった。主力の三天王がナスツールの周りに揃っていたって事は、まずはナスツールから潰そうという流れだったって事だ。そりゃそうだ。人口だって、戦力だって、ラベルンロンドより格下。簡単に制圧できると考えていたはずだ。

 だが、意外にも抵抗されている現状に、ラベルンロンドの連中はきっと、「ナスツールが抵抗できる程度の相手なら、我々の敵ではない」と勘違いしているんだろう。と、ツァールが言っていた。


「それと、おっさんは分かってるだろうけど、俺一応、モンク僧なんだよ」

「うむ」

「アリエル教団では、殺人は禁忌なのは知ってるだろ?」

「……どうしたいのだ?」

「モンク僧自体に未練はねぇんだけど、人殺しをした事がねぇんだ。デモネシアは何百、何千倒したか分からねぇけど」

「ふむ、それで?」

「殺さないで済むような戦い方じゃ、まずいのか? 例えば、気絶させるとか」


 この時の俺は、戦争を甘く見ていた。殺し殺されした敵同士、恨みつらみの重さを分かっていなかった。だから、こんな甘っちょろい提案をしたんだと思う。


「……考慮しよう。ひとまず、飯を食ったら、王や他の団長たちと会ってもらわねばならぬ」

「あいよ」


◇◇


 同じ頃、国境を守る西の砦、ジャルカは、すでにラベルンロンド軍に包囲されていた。


「思ったよりも展開が早い! 魔術団、弓兵隊、攻撃開始!」


 突撃してくる剣と盾、槍、斧を持った歩兵たちは、飛び交う弓や魔術に倒れる。それでも生き延びた者は前に進む。この時の戦力差では、迎撃の速度より、前進の速度の方が速かった。


「援軍はまだか!」

「まだです!」

「明日まで持ちこたえられるか分からないぞ……このままだと」


 ラベルンロンド軍は、準備させる時間を与えない、奇襲作戦を取ったのだ。まさか、宣戦布告前から準備を整えているとは思っていなかったナスツールの指揮官たちは、完全に裏をかかれた状態だった。


「城門、開かれます! 駄目です、止められません!」

「撤退だ、全て置いていけ! 自分で逃げられない負傷兵も置いていけ! 全軍撤退!」


 こうして、ナスツールとラベルンロンドの戦争は幕を開いた。

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