ラベルンロンド攻略戦

No.014 強襲、ラベルンロンド

 いつも通りに、巡回している前線の援護を終えると、要塞に戻るように指示が入っていた。戻った俺を応接室でソファーに座って迎えるツァールの顔色はとても悪かった。


「どしたんだ、おっさん?」

「おっさ……仮にも大司教に向かってな。本当に、お主の口の悪さにはほとほと呆れるわ」

「そりゃ、どうも」


 そう言いながら、どっかりと向かいのソファーに腰かけ、足を組む。その様子にツァールは、ハァとため息を吐いているがもう慣れた。どうやら、俺には誰も勝てないし、いなくなられても困るようで、やりたい放題、言いたい放題してても文句言われないという最高の状態だった。他の奴より美味い飯は出るし、寝所もどこの戦線でも特別な物を用意してもらっていた。

 強いってそれだけで素晴らしい。本当にそう思っている。その分、期待もデカいから、しっかり働かないといけないけどな。


「丸一年以上、連戦続き、三天王を二人も倒したお主なら、このまま転戦でも問題なかろう?」

「ああ、ねぇよ? どこだ?」


 額に右手を当てて、苦悩している様子で黙ったツァールに、俺は答えを催促する。北と東は海だから、ねぇだろう。南方はデモネシア戦線だ。となると――


「ラベルンロンド連邦国が我がナスツール共和国に宣戦布告してきたのだ……」

「はっ?」


 俺は耳を疑った。このデモネシア族に殲滅されようとしているホミニス族が、同じホミニス族を攻める?


「阿呆かよ……ホミニス同士で争ってる暇はねぇって」

「吾輩もそう思う。しかし、どうやらあちらさんは、デモネシアの侵攻で弱っているナスツールの領土を手に入れようとしているようだ」

「バッカじゃねぇのか、領土取ったところで、結局デモネシアに攻められて終わりだぞ?」


 あまりの出来事に混乱した。何の意味がある? どんな価値がある? 考えれば考えるほど、謎の行動にしか見えなかった。


「ラベルンロンドはバハヌールと並ぶ大国。大方、大敵であったバハヌールがなくなったのを良い事に、世界の覇権を取ろうとでも考えているのだろう」

「覇権も何も――」

「現在、我が国の重歩兵団、軽歩兵団、魔術兵団が首都オイエード城に集まり、対策会議を行っているという。軽歩兵団など、南部戦線で半分以上、戦力を失っているのに、これから、自国より大きな国を相手取った戦争をしなければならんというのだから、困ったものだ」


 ナスツールの首都は、西側にあるというのは聞いていたが、話を聞くと、どうやらラベルンロンドとの国境付近になるらしい。何でそんな場所に首都を置くのかと尋ねると、こういう相手だから、対抗するためにも主力もあり、伝達もスムーズな首都が一番適任だったというのが歴史の流れらしい。

 停戦協定の破棄、終戦後、すぐ侵略再開など、ルールの通じない相手で有名らしく、対デモネシア同盟も参加こそしているが、全く協力していない。そのおかげで、バハヌールが落ちたと言っても過言でもないらしい。ナスツールの南西部に大きく広がっていたバハヌールは、その同盟を宛にして援軍を要請したらしいが、あっさり無視したという。


「ひっでぇ国だな」

「うむ、国民も野蛮で犯罪者が多い。冒険者ですら、一般人に襲われかねない国だというからな」

「へぇ……デモネシア族の方がまだ、信用できそうだな」

「……そうかもしれん」


 結局のところ、俺は急いで首都、オイエード城に向かい、王国軍に参加し戦争を早く終わらせてほしいというのが、ツァールの要望だった。


「でも、それって、人を殺せって事だよな?」

「そうなってしまう」

「俺って一応、モンク僧なんだぜ? アリエル教団の禁止事項に、人を殺めてはいけないってなかったか?」

「……ある」


 そう、アリエル教団では、殺人は重い罪であり、どんな理由であれ、教団を追放されるという掟が存在している。それだけじゃなく、俺自身もまだ、人を殺した事はねぇ。


「お主には、モンク僧として教える事は何もない。お主は例え、アリエル教団の肩書きが外れようと、A級冒険者である事は変わらないのだ。だから、どちらにせよ、この一件が片付けば、また吾輩の指揮下で、モンク僧としてではなく、協力してくれる冒険者として、活躍してくれればいい」

「んな、御託はいいんだけどよ。人殺しか……あんまりやりたい仕事じゃねぇな」

「早期に終わらなければ、こちらへの配属されている兵士が招集されかねない。そうなると戦線維持も難しくなり、最悪の場合――」

「あぁぁぁぁぁっ! クソッ! 何がアリエル様だっ! 次から次にトラブル持ってきやがって! 全部、性悪アリエル嬢のせいだからな!」


 ひとしきり怒鳴った俺は立ち上がり、部屋を出ようとする。


「どこへ行く? まだ話は終わってないが?」

「あ? 行きゃいいんだろ? オイエード行って、ラベルンロンドの連中、殺しまくってやらぁ」


 バタンッ!


 俺はうんざりしていた。次から次にトラブルを持ち込む、女神とか崇められているアリエルって女に。


「目の前にいたら、一発ぶん殴ってやりたいとこだぜ」


 苛立ちが顔に出ていたのか、すれ違う人たちがビクビクしている。知るか、ボケ。要塞の出口の兵も、俺を見るなり黙って扉を開ける――


「西か……てか、詳しい場所聞くの忘れたな。まぁ、いいか。途中の町か村で聞くか」


 俺は不機嫌の全てを足に込め、西に向かって走り出した。


◇◇


「ラベルンロンドが宣戦布告だってよ」

「勘弁してくれよ、こっちはデモネシアだけで手いっぱいだって」


 そんな兵士たちの会話を、偶然ロビンは聞いていた。そして、対デモネシア同盟があるはずなのに、そのような行為に出るラベルンロンドという国に、憤りを感じていた。

 今はホミニス同士で争っている場合じゃないのに。そんな思いで、今日も無事生き残れたと喜ぶ仲間たちと食事を取っていた。そこに酒を持って割り込んで来た軽歩兵の男が嬉しそうに語る。


「紅き流星が西に向かったってよ。あいつがいりゃ、一人でラベルンロンドも壊滅させられるだろう、あっはっはっ」

「え?」


 ロビンは耳を疑った。全く知らなかったのだ。転戦続きで、たまに顔を合わせても「元気か? 死ぬなよ」と声だけかけてくれたグレン。この戦場で一番のエース。彼の足だけは引っ張るまいと必死に努力してきた――


「その話、もう少し聞かせてもらっていいですか?」

「あぁん? なんだよ?」

「それって、戦争ですよね?」

「そりゃそうだ、国と国の争いだからな」

「相手もホミニス族なんですよね?」


 ロビンのその言葉に、聖騎士たちはようやく気付いた。グレンは兵士ではなく、モンク僧だ。アリエル教団の禁忌に触れる行為、殺人を行わざるを得ない状態にあると。ロビンは、俯きながら呟く。敬虔なアリエル教徒であるロビンにとって、それは裏切りとも取れる行動であった。


「人を殺す、のですよね」

「殺さなきゃ、戦いは終わらねぇだろ?」


 そう、殺さなければならないのだ。そうしなければ殺される。それが戦争――


「止めなきゃっ!」


 ロビンは立ち上がろうとするが、他の聖騎士に止められる。


「今、ここから離れるのも、仲間たちへの裏切り、禁忌に触れるぞ」

「そうですが、グレンが……」

「禁忌に触れたところで、気にするタマでもないだろう、あいつは」


 そんな事ない。ロビンは思っていた。必要以上に獲物を狩らない態度や、どんなに気に入らない放浪者でも殺したりはしなかった事。殺されて悲しむ事はあっても、殺す事はなかった事を誰よりも知っている。


「……グレン、きっと苦しいよね。力になれなくてごめん」


 ロビンの涙に釣られるように流れ星が一つ、満天の星空の中を駆け抜けていた。

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