No.013 かれこれ一年
気付けば、16歳を過ぎていた。南部と南東部の戦線を行ったり来たりする日々は、毎日が稽古だった。この頃には、新兵の集まりが悪く、小隊員を補充できないという部隊も増えつつあった。
実際、毎日山のように死体が積み上がっている。一番の問題点は、最前線での治療術師の不足だ。元々、治療術自体に特別な才能が必要なようで、
エイル曰く、治療術師は他人を思いやる気持ちが強いほど、発現しやすいそうだ。他人を思いやる気持ち、というのが、俺はどうやら低いようだ。
その点、ロビンは
この頃になると、各地からやってきたというA級冒険者が前線の主力になりつつあった。町民上がりの兵士や、教徒上がりのモンク僧、聖騎士に比べると遥かに強く、数こそ減ったが、今までよりも前線維持は容易になり、押し返し始めている状況だ。
皆、口を揃えて「剣神の言っていた拳神はお前か」と、出会う冒険者は必ずと言っていいほど、レナードの紹介者だった。世界中の力がナスツール共和国に集まりつつあると言っても過言ではなく、その状況を良しとしていない国家もある。そんな噂が聞こえて来るようになったのもこの頃からだった。
西の隣国、ラベルンロンド連邦は、国境付近の防衛網を強化しているという。対デモネシア同盟に加入しているため、討って出る事こそしないが、明らかに敵意が見える状態ではあった。
「力を合わせなければならない時に……連邦のお偉い様たちは、自分たちの利益ばかり追っているようだ」
ツァールとの定期面会の際に、彼が零した一言だ。対して、主力である三天王を二人も欠いたデモネシア軍だが、勢いが衰える事はなく、指揮の取れた戦い方もますます磨きがかかっているように見受けられる。
あっちのボスは、どうやら統率を取るのが上手いらしい。
まぁ、こっちの権力者は金や財、家柄や経験で成り立っているのに対して、デモネシア側は、明らかに頭一つ抜けた強さ、誰も逆らう事のできない力という分かりやすいモノによる統率だ。そりゃ、逆らう気にならない。
その点、ホミニス側ではテロのような、反乱のような事もあちこちで起こっている。いつ終わるか分からないデモネシアとの戦争で、家族を奪われた者が中心となり、税だの金だのと未だに今までの政治を行う国に対して不満を募らせた民衆が蜂起しているようだ。
全部、大司教や司令官連中から聞いた話で、俺は見た訳ではねぇ。そして、この一年、やってる事はずっと一緒だ。味方に協力して、手当たり次第、デモネシアを倒す。この繰り返し。
慣れってのは怖い物で、ゾロンバータ以来、強敵に出くわす事もなく、一発で片付くザコばかり相手しているため、マンネリ化すら感じていた。加えて、最初こそ、紅き流星なんてちやほやされていたが、今では「やっと来たか」と現場の連中が、自分たちが楽をするためのツールくらいの扱いになりつつあった。
それもこれも、一進一退の攻防が長期に渡って続いている事が理由だろう。前線では皆、今日も生きていられた、明日も生きていられるか、という恐怖と戦っているんだ。感覚が少しはイカれてしまっても仕方ないだろう。これはロビンの受け売りだがな。
そんなある日の事だった。ツァールに呼び出された俺に告げられたのは、最後の三天王、ムンの討伐だった。どうやら、南西部の最前線に出て来たらしく、ガルファのおっさんが頑張っているらしいが、被害が拡大する一方らしい。そこで、俺に白羽の矢が立った、という訳だ。
「元S級、戦神とはいえ、引退してすでに7年だ。以前ほどの力は持っていまい」
というのが、ツァールの見解だった。確かに、7年も平和に暮らしてたら、感覚も鈍くなっちまうだろう。俺は、すぐさま、南西部最前線へ向かう――
◇◇
「平和ボケか、笑えぬ。儂も焼きが回ったものよ」
辺り一面に、兵士や教徒たちの死体が転がり、自身も左足を引きずっている状態のガルファ。諦めからか、思わず鼻で笑っていた。
『はぁーあ、人族って弱くてつまんないなぁ、クチャクチャ……』
青い短髪に耳上から生える二本の角が印象的なその少年は、ガムを噛んで空気を入れて膨らませていた。
「娘と同じくらいの小僧にやられる日が来るなんてな」
レナードの言う通りだった。このままだと世界は終わる。ガルファは確信していた。せめて、コイツだけでも道連れに――
ドゴォォォッンッ!
突然、少年の居た地面が砕け、大きな穴が開いていた。
『ヒュ~、危ない危ない。いきなりなんだよ、びっくりしたなぁ』
一年以上切らずにいるので、だいぶ伸びた真っ赤な髪が風になびいている。うっとおしいな、そろそろ切らないとな。
「……拳神、か。恩に着る」
「良いって、おっさんは陣に戻って治療して貰ってくれ。コイツは俺が引き受けた」
「すまない」
足を引きずりながら、ゆっくりと陣の方角へ向かうガルファに、青髪の少年、デモネシア三天王の一人、ムンが迫る。
ドガァァァァンッ!
「させねぇ」
俺の拳に吹き飛ばされたムンは、防御した両腕が弾けていた。
『うっひゃぁ、お兄さん、やるねぇ。いるじゃん、強い奴』
ニコりと笑うと同時に、ムンの奴が二人に増える。二人が四人に。四人が八人に――
『これは幻影とかじゃないよ? 僕の分体、能力は変わらないから気を付けてね』
何を言っているか分からないが、これだけは分かった。幻の類じゃない事。1年前の俺なら、これはボロボロに負けていたな。そんな事を思いながら、十六体となったムンに向かって突進する。
『へぇ、突撃する勇気が凄いね』
一体目、フェイントを入れた甲斐もあり、右ストレートで頭を吹き飛ばした。そのまま右足で裏蹴りをもう一人の頭に喰らわせてやる。頭が横に吹き飛び、首の途中から体だけが残っていたが蒸発する。初手は順調だった。間髪入れずに、三体のムンが襲いかかる。
こいつ、数が多いだけで戦いは素人のようだった。どんどん数が減る。残り五体――
『う、嘘でしょ? こんな訳ない。ぼ、ボクが負けるなんて、あり得ない』
確かに自分を十六体も生み出す魔力は凄まじい物だ。そして、攻撃に利用している異能も鋭いが、何せ戦い方が甘い。また二体蹴散らした。残り三体。
「運がなかったな、坊主。一年早く、俺と出会ってたら、お前の勝ちだっただろうな」
『なんで、そんな……』
最後の一体は、もう戦う事を諦めていた。膝を落とし、がっくりと肩を落とし、シクシクと泣いている。
「ロビンなら、同情してくれて見逃してくれたかもしれねぇ――」
ドゴォォォォンッ!
「俺はそんなに甘くねぇ。地獄で待ってやがれ」
◇◇
『ムンも落ちたか』
食事中に伝令から報告を受けたネロは、残念がると同時にニヤりとした。彼にとって、毎日は退屈でしかなかった。逆らう者はいなくなり、挑む者もいなかった。唯一の娯楽は、チェスという中、ホミニス族の反撃に、退屈凌ぎを期待していたのだ。
『これまで通り、戦線を維持しておけばいい。よほどの事がない限りは、ここまで辿り着く事すらないだろう』
ネロの言葉は現実だった。例え、俺が数人のA級冒険者を従えて特攻したところで、辿り着く頃には俺だけの可能性が高い。しかも、三天王こそ撃破したが、ザコではないデモネシアはウヨウヨいるのだ。それこそ、本当にホミニス族が全員で力でも合わせない限り、ネロの居城に辿り着く事すら叶わないはずだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます