No.012 犠牲は付き物

「ロビンッ!」


 俺は叫ぶと同時に、カニ野郎を引きはがす。その間に、空気を察したロビンはローグの千切れ落ちた足を元の位置に戻す。エイルが完全治癒ケアオールを使う。


「ありがとうございます、エイル大司教様」

「いいえ、戦闘に集中しましょう」

「ロビンくんもありがとう」

「いえ、僕は何も」


 野郎の動きを抑える方法は何かない物か。スピードで負けている訳じゃないんだが、あっちにこっちに攻撃を仕掛けられるのが厄介だ。当てては再生、当てては再生を繰り返しているうちに、戦い始めた時は昼過ぎだったのに、すでに夕暮れ時になっていた。


「このままではまずいですね」


 エイルがこぼす。そう、夜になってはますます攻撃が当てにくくなる。加えて、デモネシアは夜の方が視力が上がる。夜襲を仕掛けて来ないのは、一応、奴らの礼儀らしい。その方が圧倒的に有利なのに、不思議な物だと思って、その話を聞いた記憶が残っていた。


「諸君、この場を任せて良いかい?」

「ええ、ローグ隊長はどうされるので?」

「なあに、拳神を援護する。ただそれだけだ」


 俺とカニ野郎の追いかけっこの最中に、突如カニ野郎の動きが止まる。あれは、聖騎士が使える術の捕縛ロープだ。一瞬だけ動きを止めたゾロンバータに、ローグが飛び付き、抑え込む。


「拳神っ! このまま私ごと吹き飛ばせっ!」

「え? そんなことできねぇよ!」

「長くは持たないっ! このままでは全滅してしまう、早く――」


 もがくゾロンバータに捕縛ロープを連続しようしながら、羽交い絞めにしているローグは、すでに苦しそうだった。

 確かに、今ならあいつの頭を吹き飛ばせる。でも、一緒にローグも吹き飛ばしちまう……


「戦いに、犠牲は付き物です! 早く! ローグ、貴方の安らかな眠りをお祈りいたします」

「エイル大司教、感謝します」


 エイルはそう叫ぶと、膝を付いて座り込み、天に祈りを捧げていた。


「早くっ!」


 くっそ、これしか方法がねぇのかよ!


「も、もう持たない」

「グレンッ! ローグの覚悟を無駄にしないであげてくださいっ!」


 苦しむローグの姿に、そして、エイルの言葉に勇気をもらった。


「ローグ、あの世で会おうっ!」

「――ハァハァ、ああ、先に行って宴会の準備をしておくよ」


 バッ!


 俺は飛んだ、全力で。俺は拳を振るった、全力で。カニ野郎の頭を目掛けて――その拳はカニ野郎の頭を吹き飛ばし、後ろにいたローグの上半身も吹き飛ばした。


 バタンと倒れる二体の死体。近くで戦闘をしていたデモネシアは指揮官が殺されたとみると撤退を始めている。戦線の押し上げは大成功だ。


 俺は血まみれの下半身に目をやる。腰に付いたペンダントに目が行き、しゃがんで開いてみる。可愛らしい少女が写っていた。


「娘さん、のようですね。もう少し小さい時はたまに集会の時に見かけましたが……先日のバハヌールからの撤退戦で、亡くなったそうです」


 エイルがその写真を見て、説明をしてくれた。ローグが命を張ってくれたおかげで仕留められたが、こんなんじゃダメだ。俺がもっと強ければ、仲間を死なせないで済んだのに――


「思い詰めないでください。これはローグの意思であり、わたくしの命令でもありました」


 落ち込んだ俺を励まそうとしてくれているのか、エイルが優しく微笑んだ。


「全ては、アリエル様のお導きのままに」

「……エイル、何でアリエル嬢は助けてくれないのに、信じられるんだ?」

「貴方、アリエル様になんて口を……まぁ、口が悪いのは最初からでしたから良いでしょう。助けてくれているではありませんか?」

「どこが?」


 村が滅ぼされ、レナードが腕を失い、ホリムやアートン、ローグも死んで?


「貴方にそれほどの力を授けています」

「これは俺の努力――」


 言いかけて思い出した。先日のロビンがイジメられていたところを助けた時に、ロビンが言っていた言葉だ。努力ではどうにもならない、才に恵まれなかった者たちとそうではない俺。そう、努力をしていない訳ではないが、基礎が違い過ぎるのだ。それは生まれながらに与えられた才能、エイルに言わせればアリエル様が授けた物という事になるのだろう。


「そして、今、失った物を大きいですが、わたくしたちはまだ生きています。そして、まだ戦えます」

「……」

「アリエル様のご加護のおかげです」


 違う。とも言い切れねぇ。だけど、納得もいかねぇ。助けるならもっとちゃんと助けろって思っちまう俺がいる。


「グレン、また助けられたね、ありがとう。君は本当に僕らの誇りだよ」


 ローグの死体を眺めるの俺の肩に手を回し、村で暮らしていた時のように、ロビンが励ましている。


「……ちっ」


 アリエル嬢に助けを求めている時点で他力本願だ。俺が弱いせいだ。もっと強くなればいい。これが、今の俺に出せた最適解だった。


◇◇


『ほぅ、ゾロンバータも敗れたか』


 ネロは、落ち着いたまま、玉座でチェスを楽しんでいた。相手は、裏切者の聖騎士ゲオルグだった。


『次は貴様の番だぞ、人族』

『イエス、ボス』


 ゲオルグは、捉えたデモネシア族の尋問を担当していた。尋問するために、多少デモネシア語を勉強しており、片言ではあるが、会話する事ができていた。ゲオルグが動かしたクイーンに対して、ルークで潰すネロは笑う。


『迂闊過ぎるな、つまらん』

『ソーリー、ボス』


 三天王の二人がやられた。伝令は動揺を隠しきれずに、指令を待っている。しかし、ネロは全く気にする様子もなかった。何故なら、


『そこの伝令、案ずるな。いざとなれば世が出る。もうよい、下がって休め』

『ハッ!』


 たった一言、世が出るという言葉だけで、伝令は安心し切っていた。


『ボス、人族ボスヨリ、ヤサシイ、デス』

『ふ、人族のリーダーは鬼のような気質なのだな』


 こうして、ゲオルグはどんどん、ネロに憧れを強くして行く事になる。


◇◇


 俺はツァールのところを赴いた。理由は、簡単。


「今よりもっと、強くなる方法、か……」


 モンク僧の最高指導者であるツァールなら、何かヒントをくれるかもしれないという思いだった。しかし、そんなの幻想でしかない事を思い知るだけだった。


「貴殿ほどの才に溢れる者は初めて見る。よって、せっかく頼ってもらったところ、申し訳なく思うが、吾輩では教えられる事は何もない」


 ツァールの話では、すでに俺はモンク僧最強だというのだ。俺より上が存在しない以上、教える事ができる人間もまた、存在しないという事になるという。

 まぁ、確かに一理あるけど、何か考えてくれても良くないか、と思う部分も正直あった。


「あはは、それはツァーリ大司教様も困っただろうね。最強のモンク僧が、自分より弱い、しかも前線から離れて時も経つ者に強くなりたいと相談してくるんだから」


 南部戦線の夜、久しぶりにロビンと二人で飯を食っていると、そんな話になった。そして、ロビンは、


「弱くても悩むけど、強くても結局悩むものなんだね」


 どうやら、ロビンは俺と比べて実力差が開き過ぎる事に悩んでいる様子だった。


「俺は攻め、お前はいつだって守りだっただろう? 今も昔も変わってねぇだけだ」

「あはは、でも最近のグレンは、賢くもなって来てるよ。昔はミルチかってくらい、猪突猛進しかできなかったけどさ」

「おいおい、ミルチはねぇだろ」


 こういう時間がいつまでも続けばいいのに。そんな願いは、夜明けと共に戦場にかき消されていく。いつまで生き残れれるのか――


 三天王の二人を失ったんだ。ボスが自ら再び出て来てもおかしくねぇ。出くわしたら俺はどうしたらいいんだよ? なあ、レナード、教えてくれよ――


◇◇


「ヘェ~クションッ! 誰か噂してやがるな?」


 その頃、レナードは、西の大国ラベルンロンド連邦国の東の村、エスタの酒場で飲んだくれていた。

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