No.011 不運の連続

 この日は、南西部だった。毎日のようにあちこち移動しているため、いつどこにいたかを覚えていないが、全部隊の司令官とは顔馴染みになりつつあった。少しずつ、本当に少しずつだったが、戦線の押し上げには成功していた。

 そして、嬉しい事があった。元レナードの正規パーティメンバーだったというS級冒険者、ガルファという双斧士が参戦してくれた。ソフトなモヒカンに無精ひげの偉丈夫な中年の男で元戦神と呼ばれていたという。どうやら、片腕となったレナードが知り合いを訪ねて回っているようで、子供もできて引退した身だったが、


「放っておけば、ホミニスの未来はない。その子も守れない」


 という、隻腕の剣神の言葉は真実味があり、幼い子供と妻を残し、参戦したという。俺を見てすぐ、


「貴様が剣神の言っていた奴の代わりの拳神だな。オーラが違うから一目でわかるわい、ガハハハ」


 レナードは俺を拳神と伝えているようだ。並べてくれて嬉しいんだが、まだまだ俺はレナードほど強くなっている気がしないから、少し後ろめたさがあった。

 ガルファはさっそく、南西部戦線に加わり、前線の押し上げに貢献してくれ、その分、俺は南部と南東部の援護に回る事が増えて来た。


 そんなある日の事だった。南東部戦線の援護に回り、一通り戦いを終えて、陣に帰還すると、戦死者たちの埋葬が行われているところだった。よくある光景なので、気に留めた事はなかったが、その時は、一目でそれが分かってしまった。


 ホリムの遺体だった。俺は、それを見つけた瞬間、体が凍ったように動かなくなってしまった。一生懸命、福音書を教えてくれて、俺をエースだと尊敬してくれて、時々不貞腐れたり、何となくシアルと重ねていただけに、動揺を隠せなかった。


 また、助けられなかった――


 火葬される遺体を呆然と眺めていると、そんな俺の姿が珍しかったのか、周りの連中が心配そうに集まって来たのを気配で感じる。


「早く終わらせないといけませんね」


 そんな俺に声をかけてきたのは、エイルだった。今日はエイルもこの陣にいる日だったのか――


「知り合いがいたのですね……悲しいでしょう。ですが」


 俺の肩を抱き、正面に向き合ったエイルは、俺より低い身長なのに、俺より大きく感じるほどの力強い目で、


「今や貴方はわたくしたちの教団になくてはならないエースです。悲しくても、笑ってください。その悲しみを力に変えて、敵を討ってください。それが一番の弔いになりましょう」


 そう告げた。俺はその真剣な眼差しに頷くと共に、自分に課せられたエースとしての使命を再認識するのだった。そういえば、レナードも弱音を吐かなかったな。いつだって強くあった。あれもS級冒険者としての心構えだったのかもしれない。俺も見習わないといけないな。


「エイル、なんだ、その……ありがとな」

「いいえ、アリエル様のご加護がありますように」


◇◇


 不運というのは不思議な物で続くものだ。数日後、南部戦線では、俺を尊敬していた、ロビンの友人だと名乗ったアートンを見送る事になった。全員を守る力はさすがにない。それぞれ自分で強くなってもらわないと――


 その翌日、ロビンが仲間を守って苦戦している場面に遭遇する。もう少し遅かったら、ロビンも危なかったかもしれない。何だか嫌な空気の流れだと思いながら、南部戦線を押し上げていると、災厄に出会ってしまった。


 あの出で立ち、司令官たちが話していた姿そのものだった。真っ赤なカニのような頭に角がたくさんあり、細身で黒く長い爪の目の下にクマのある中年の男のような姿――デモネシア三天王、ゾロンバータ。

 レナードはガータと対峙した際、自身の小隊だけでなく、中隊まで壊滅させられたと話していた。まさか、ロビンを助けて早々に出くわすとは――


「グレンッ! 気を付けて! あいつ、只者じゃない、指揮官だ」

「分かってる――」


 どうする? 全員で戦えばワンチャン勝てるか? いや、もし負けたら、ロビンも死ぬ事になる。どうしたらいい、どうしたら?


「逃げないでください! わたくしが援護します」


 考え込んでいると、何故かエイルが後ろにいた。治癒術師がいるなら、ロビンたち聖騎士団もいるんだ、きっとイケるはずだ。そんなただポジティブなだけの期待で、俺は構える。


「ロビン、他の聖騎士たちも戦えるか?」

「もちろんさ、共闘できるなんて久しぶりだね」

「自分たちも戦えます!」


 俺たちが気付いた事を察したのか、ニヤりと笑みを浮かべたゾロンバータ。


『ケケケ……美味そうな獲物を見ぃーつけた』


 次の瞬間、俺は後ろに飛び避けた。奴の攻撃が足元に来たからだ。


「ロビンたちは、エイルの護衛を! 絶対、彼女を守ってくれ!」

「「「了解」」」

「エイルは俺のフォローを!」

「もちろんです」


『へぇ? あれを避けられるのかい? 人族にもなかなかの者がいるんだねぇ』


 ゾロンバータは、地面にぶっ刺さった爪を抜くと、その爪をペロリと舐める。紫色の舌が唇を這う。気味悪い野郎だぜ。


全力肉体強化フルドーピングっ! 再生加速全開フルチャージっ!」


 俺は戦っているうちに、二つの上位術をいつの間にか使えるようになっていた。それに気付いたのは、ワイセンだった。さすがは、モンク僧第一師団長やってるだけのことはあるよな。

 今まで使っていた物の倍は効力があり、これを使った俺は――


 ドゴォォォォォォォッンッ!


 地面に大穴が開くほどの力を手に入れる事ができた。カニ野郎はどこいった?


『やりますねぇ、でも上が甘いですよ』


 その声に反応して、前に飛ぶ。後ろに飛ぶ事を予測したような攻撃は空振りになった。


『おやおや、もう普段なら三回は殺せてるんですけどねぇ』


 首を傾げているゾロンバータに、俺はすかさず飛び込み、蹴りを放つ。風圧が一面に吹き荒れる。しかし、手ごたえはない。


「グレンッ!」


 ロビンの声だ。即反転して、エイルたちを見る。すると、一人の聖騎士が術の一つである、防壁ウォールを貫かれ、胸に穴を開け、口から血を流していた。


「チッ」


 俺が倒せそうもないから、弱い奴のところに行ったか。すぐに援護に入ると、カニ野郎は距離を取って、飄々としていた。避けるのが上手い。厄介だ。当たれば仕留められる自信はあるんだが――


「援護しよう」


 そんな中、この状況に気付いて駆けつけてくれた者がいた。聖騎士第一師団長、ローグだった。彼なら、ロビンたちより、しっかり守ってくれる。安心感が生まれる。おかげで俺は、攻撃だけに専念できる――


 しかし、何度やっても空振りばかり。上手に避けられてしまう。当たらないから焦る。焦るからますます当たらないという負のスパイラルに陥っている己に気付けないでいると――


「動きが直線的過ぎるっ! もっとフェイントを使えっ!」


 とローグの激が飛んで来た。なるほど、フェイントか。考えてもいなかった。その助言は的確だった。あまり同等の相手と対峙する事のない、三天王級にとって、フェイントという行為自体が珍しく、対応に困ったようで――


 ドガァァァァッンッ!


「当たったっ!」


 やっと一撃、お見舞いする事に成功した。その一撃はカニ野郎の右上半身を吹き飛ばしていて、ホミニスなら死んでいる状態だが――


「……ちっ、再生すんのかよ」

『いやぁ、びっくりしたよ。死ぬかと思った。あはは』


 何か言って笑ってやがる。再生か、思ったより厄介だな。どこを狙えばいい?


「拳神っ! 頭を吹き飛ばせっ! それで再生もできなくなる」


 ローグのアドバイスに頷く。だが、次の瞬間――


「ぐあぁぁぁぁぁっ」

『お前、さっきから煩いよね?』


 カニ野郎の攻撃がローグに直撃してしまう。盾も術も貫通して、左足を切断されていた。

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