No.010 遊撃隊

 俺はツァールに呼び出されていた。あれから三日経ち、レナードもここを去っていた。俺はひたすら稽古をしていたが、福音書の勉強は、あいにくホリムが不在なのでできなかった。まあ、正直、肉体強化ドーピング再生加速チャージがあれば十分でもあるが。


「貴殿には遊撃隊として、各地を転戦してもらいたい」

「ゆうげきたい?」


 要するに押されている戦線に向かい、押し戻す協力し、戻したら他の場所へという隊らしい。隊員は、また俺だけ特別に一人らしい。


「現在のアリエル教団内で、貴殿ほどの腕が立つ者が他におらんのだ。大変な役割で申し訳なく思うが――」

「気にすんなよ、おっさん。戦場が一番良い稽古場だろ?」


 俺の言葉に、頷いたツァールはまず、押し返された南東での戦線維持に向かうように告げた。


◇◇


「うへぇ、だいぶ押し返されてんなぁ。レナードも浮かばれねぇや。って死んでねぇか」


 早速、南東部の前線基地に向かう。そこでは、傷付いた者たちが次から次へと運び込まれ、回復するとすぐに戦場へ復帰していた。ちょうど、ホリムが復帰するところだった。


「あ、グレンくん」

「よぉ、ホリム。久しぶり」

「わぁ、エースの到着だぁ、一安心だよ」


 ホッと胸を撫でおろす彼女の周りでは、その声を聞いて人だかりができていた。


「君がグレンくんかい? 握手してくれないか?」

「エースが助けに来てくれたぞ! 皆、頑張ろう!」

「「「おぉぉぉぉっ!」」」


 今なら分かる。彼らは、素人に毛が生えた程度の強さだって事が。傷の負い方、動く速さ、全ての面で戦闘向きではない者たちだ。


「俺が来たからには大丈夫! 任せておけ!」

「「「おぉぉぉぉぉっ!」」」


 これが士気って奴か。焦燥し切っていた皆のやつれた顔に、笑顔が戻った。よし、やってやらぁ。


◇◇


 この日の夜は、宴が行われた。俺の登場で、一気に前線を押し上げる事ができたからだ。指揮官に呼び出され、皆の前で紹介される。何だかこういうの照れ臭くて好きじゃねぇ。


 ただ、稽古場での稽古と違って、命懸けの緊張感のおかげか、術の成長や視野の広さの成長は急速だった。多少の傷は負いながらでも前進して回復できるくらい、余裕すらあった。


「エースッ! グレンッ!」

「「「グレンッ!」」」


 そして、この雰囲気に、完全に調子に乗っていた。次の日も、もうひと踏ん張り前線を上げておこうと思ったが、周りが付いて来れずに終わった。その日、指揮官たちから謝罪される。付いていけるはずの優秀な兵たちは、皆前回のレナード突撃戦で戦死してしまっているそうで、新米、新兵ばかりの構成なので、付いていけないのだと言われる。


 俺も新米なんだけどな。


 翌日は少し面で攻略していき、遅れている部隊がないか気にしながら前に進む。初日から比べれば、ひと町分くらいは進めたんじゃないだろうか。その日の夕暮れ、南部の援護に回るように伝えられ、そのまま俺は南部へ向かう。


 南部では、聖騎士たちが防衛戦を繰り広げていた。攻勢に出るための攻撃力が足りないのだ。俺が夜のうちに合流すると、さっそく指揮官たちに迎えられる。中にはロビンの部隊長、ローグの姿もあった。という事は、この辺りにロビンもいるって事だな。


「同じ新米なのに、こうも違うとは」


 俺はエース。ロビンはただの新米。もちろん、最前線で戦えるだけの力はあるようだが、エースからは程遠いと言われている。俺は不愉快に思い、


「教え方が悪いんじゃねぇか?」


 とつい言ってしまった。この一言が、聖騎士団内で揉め事に繋がるなんて、その時の俺は全く考えもしなかった。


◇◇


 次の日も倒した。とにかくデモネシアを倒した。俺は目立つ真っ赤な髪色をしていたので、紅き流星なんて呼ばれ始めていた。流星の如き速さで現れ、敵を倒して回り、戦線を押し上げるエース。悪い気はしなかった。


 一方、ロビンは俺の活躍と比較され続け、ちょっとしたイジメのような状態になっているという噂を耳にした。この話をしてくれたのは、南西部の報告に来たワイセンだった。ローグから相談を受けたそうで、先日の指揮官への会議で、俺が無礼な事を言った腹いせに、ロビンに当たっているという。


「どうしたらいいんだ?」

「さて、どうしたものでしょうね……皆さん、ちゃんと福音書を呼んでいただければいいんでしょうけど、ホミニス族とは脆い物で、簡単に感情に流されてしまいますからねぇ」

「片っ端から二度とロビンに手が出せないようにシめて回るか」

「貴方という人は……一応、貴方も敬虔なるアリエル教徒であり、モンク僧ですよ? そのような暴力で解決しようなどという考えはすべきではありません」

「ちっ、でも相手は数でイビってるんだろ? 敬虔な教徒はどこ行った?」

「……はぁ、その件は私に任せてもらえますか? 悪いようにはしませんから」


 ワイセンはそう言い残すと、南西部へ戻って行った。ロビンは大丈夫だろうか。俺はロビンが心配で、ロビンの宿舎を探しにいくと――


「てめぇ、実力ねぇくせに、あいつのおかげで優遇されてんだろ?」

「そう、ですね、すみません、はは」

「はは、じゃねぇよ、ボケがっ!」


 ガツンッ!


 頬に一発拳が入った。殴られているのは、ロビンだった。囲んでいるのは同じ聖騎士の連中だろう。修道服を着ている。この野郎――


「おい、てめぇらっ!」

「ゲッ! 紅き流星っ!? 何でこんなとこにっ!?」

「俺に文句があんなら、俺より強くなってから言いやがれ! 関係ねぇそいつに当たるんじゃねぇ!」

「な、何もしてねぇよ、い、行こうぜ」


 そそくさと逃げる連中を無視して、倒れ込んだロビンに肩を貸す。


「大丈夫か、ロビン」

「はは、あのくらい序の口さ。グレンこそ、どうしたんだい、こんな場所に?」

「お前が心配で来た」

「え?」


 ワイセンから聞いた話をすると、ロビンは黙って俯いていた。


「汚ねぇ奴らだ。自分たちが努力しない「違うよ、グレン!」


 俺の文句を遮ったロビンは語り出した。俺と、ロビンや他の奴らは生まれた時点で才能が違うんだと。それは理解しているけど、何で自分は才に恵まれなかったのだろう、恵まれていれば仲間たちを死なせずに済んだかもしれないのに、という苛立ちがこういう形になって表れているんだと、


「でも、お前が犠牲になる事ねぇだろ?」

「いいんだよ、グレン。僕は君が誇りだ。皆は君を尊敬し、誇っている。戦場で見かければ、活躍を目の前で見たと自慢して回るくらいだよ? 僕に苛立ちをぶつけているのは、一部だから」

「一部でもなぁ……「いいから、君は君のすべき事に専念してほしい。せっかくレナードさんが切り開いた未来への希望を繋げるのは、たぶん君だけだよ」


 ったく、ロビンの奴は甘いぜ。あんな奴ら、ロビンより弱いだろうに。何で手を出してシめちまわねぇんだ。クソッ、面白くねぇ……


 苛々しながら、歩いていると、


「あ、あの、紅き流星、グレン様ですよね?」


 一人の青年が声をかけて来た、見たところ、修道服と装備的に聖騎士か。ロビンをイジめている一員じゃねぇだろうな?


「は、初めまして、僕はアートンと言います。ロビンさんにはいつもお世話になってまして」


 頭を下げたアートンという青年は、パッと花咲くような笑顔を浮かべた。


「不躾ですけど、握手してくださいっ! 僕の戦線で活躍されている姿が目に焼き付いてしまって、尊敬しています! ロビンさんからも、たくさん武勇伝を聞いておりまして――」


 どうやら、村の話を知ってるし、狩りの話も語るところを見ると本当にロビンとは仲間のようだな。なら、握手してやるか。


「ありがとうございます! これで明日も頑張れます!」

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