No.009 剣神の最後
『ネロ様? 敵が逃げますが?』
俺は、時間を稼ぐというレナードを無理やり背負って逃げ出した。
『ザコが逃げたところで、また出会った時に殺せば良い。あの少年がもし、あの青年を見捨てて逃げていたら、二人とも殺していたがな。友情か、良い物を見たチップ代わりだ』
猛スピードで離脱する俺の姿を、目を細めて見守るネロをよそに、デモネシア兵たちは困惑していた。その様子に、ネロは、
『指揮官がやられてしまった中、よく戦ってくれた英雄諸君。生き残っている隊長格はいるか?』
その声に、現れたデモネシア兵の肩に手を置き、ネロは頷いた。
『よく守ってくれた。残存する全員に世から直に褒美を取らせる。今宵は宴でもせよ。しばらく敵も攻めては来れまい』
その言葉、ひゃっほーと沸く兵たちの声でその場が沸く。その様子に、笑顔を浮かべたネロは、更に告げる。
『新たな指揮官は、世の方で用意する。しばらく戦線の維持に徹してもらえるか? 君たちがこの場の主役だ、よろしく頼むぞ』
「「「「「畏まりましたっ!」」」」」
英雄とはこういう存在なのだ。現れただけ、褒めただけ、宴を用意しただけ、励ましただけ、ただそれだけで、兵の士気は跳ね上がってしまうのだ。
レナードが右腕一本失って切り開いた道は、こうして静かに閉ざされてしまったのだった。
◇◇
「レナードッ! 生きてるかっ!」
「ハァハァ……バカ野郎、何で俺を置いて、ハァハァ……」
「置いていける訳ねぇだろ! 死ぬなよ! もう少しで前線基地だ、治癒術師もいるからなっ!」
俺は逃げ切れた。理由は分からない。きっと、俺が速かったからだろう。そう思っていた。顔の青いレナードは、もはや虫の息だった。急がないと死んじまう。気付けば、前線を押し上げているモンク僧小隊まで戻っていた。
「剣神が重症だっ! どいてくれっ!」
俺の大声に、皆が避けてくれる。治療術師のいるテントまで颯爽と飛び込む。
「すぐ治療してくれっ!」
その言葉を発したあと、そこの状況にギョッとした。傷だらけの兵やモンク僧、聖騎士であふれている。治療の順番待ちをしている状態だった。
「頼むよっ! 剣神なんだよっ! 前線切り開いた英雄なんだよっ! このままじゃ死んじまうっ!」
俺は頼み込んだが、同じように死にかけの重傷者も多数いて、身分や強さで優先する訳にはいかないと、列に並ぶように促されてしまった。
クソッ! 俺も
この時ほど、
「へへ、まさかてめぇに助けられるとはな……しかも、励まされてるなんて情けねぇぜ」
今にも消えそうな声で、そう呟くと、意識を失ってしまった。
「レナード? レナードォォォォォッ!」
「
突然、そんな女の声と共に、辺り一面が青い光に包まれる。出血していた者の血は止まり、浅い傷はみるみる治っていく。死にかけていた者は、
「スー、スー……」
「な、なんだよ、寝ただけか」
レナードのように眠りに就いた。
「「「エイル大司教様ぁぁぁぁぁっ!」」」
「「女神が降臨なされたぞ、アリエル様に感謝を」」
そんな声の先を見ると、三日前に別れたエイルの姿があった。
「皆様、顔を上げてください。治療班は、すぐにこちらの治療班と合流して怪我人の治癒をしてください」
テキパキと指揮する姿は、まさに大司教に相応しかった。そんな様子をボーっと眺めていると、彼女と目があった。
「あら、貴方は先日の……レナードさんのこの腕、どうされたのですか?」
◇◇
「命拾いしちまったぜ」
昨夜から今日は、俺は突撃しなくて良い事となり、休暇となった。そこで、医療班のテントを訪ね、ベッドに横たわる片腕のレナードと面会した。俺の顔を見るなり、弱弱しくそう微笑んだ。腕を持って帰っていれば、再生できた可能性があったそうだが、それどころではなかったので、彼の右腕は失われたままだった。
「なぁ、グレン――」
レナードは昔話を始めた。内容は、様々な仲間の死に際ばかりだった。
「俺はもう誰も仲間を死なせたくねぇ、俺が強ければ死なせねぇで済む、そう思ってた」
俺の知ってるレナードは、そんな仲間想いな奴には見えなかったが、今語っているのが本心だろう。何となく、そう察した。
「でもな、届かねぇよ、あいつは……」
左腕の拳を悔しそうにプルプルと振るわせて、そう呟くと、レナードは黙り込んでしまった。
あいつってきっと、あの銀髪のデモネシアの事だろう。確かにとんでもない強さだったと思う。でも、レナードが本調子なら――
「本調子でも勝てねぇ、初めて怖いと思った」
まるで俺の考えを見抜いたようにそう口にすると、真剣な眼差しで俺を見る。
「いいか、グレン。一人で戦おうとするな、絶対。あいつには、S級冒険者の軍隊ぐらいの力じゃないと及ばない。きっと、あれがデモネシアのボスだ」
S級冒険者の軍隊って……そもそもS級って7人しかいないんじゃなかったっけ?
「……軍人にもS級冒険者級はいる。アリエル教団にもだ。それでも数十人ってところだろうな」
レナードが数十人。想像するとすごい絵だが――
「それでも勝てねぇかもな、ハハ……」
乾いた笑いがレナードから零れる。諦めにも似た表情のまま、話を続ける。
「この腕じゃ、俺はもう剣神として戦えねぇ。せいぜいC級程度の力だ。ただ、S級たちへの面通しは下手な奴よりはできる――」
レナードが語る構想はこうだった。もう戦えない自分は、S級、A級冒険者集めに動くから、その間に俺たちはS級になれ、と。そして、アリエル教団の力を借りて、世界中の強者を集めて、世界の国が力を合わせて、敵本拠地へ乗り込み、ボスへ決戦を挑む。これしか勝つ方法はないと語る。
「難しい話でよく分からねぇよ、レナード」
「こういうのは、ロビンだったな。後で来れるようなら来るように伝えてくれ。二、三日で経つつもりだ。正直、あまり時間もねぇだろう、ボスが出張ってるくらいだからな」
そう告げると、もう用は済んだから修行に励めと追い出されてしまった。仕方がないので、聖騎士団の奴に聞いて、ロビンを見つけ、レナードの件を説明する。
「話は聞いてるよ、レナードさんが無事なのが何よりだ」
「右手なくなったけどな、生きてはいる。もう戦えないってさ」
「……そう、なんだ」
ガッカリした様子のロビンを尻目に、俺は稽古場へ戻り、稽古に励む。レナードですら、手も足も出ない相手がいるんだ。もっともっと強くならないと――
◇◇
「せっかく剣神が命をかけて開いてくれた突破口も、数日で元通りか……」
ツァールはため息を吐いていた。その様子に、エイルが口を開く。
「単騎駆けなんて無茶やらかすからです。相手にもかなりの被害を与えたようですが」
「ああ、三天王の一人、ガータを始末してくれたらしい。それと――」
ツァールは窓の向こうで戦う兵や同志たちの土埃を眺め、さらに深いため息を吐く。
「デモネシアのボスらしき人物と遭遇したという報告。そして、剣神ですら手も足も出なかったという現実。由々しき事態だ」
「そうですね。現存するホミニス族の頂点とも言える強さを誇る、剣神が手も足も出ないとなりますと……」
「バラバラに動いていては、絶対に勝てないであろう」
「他の大司教たちにも伝えておきました。そう遠くないうち、ホミニス族の総力を挙げた攻勢に出ないと、ジリ貧でいずれわたくしたちは滅びます」
「……利益にしがみ付かなければ良いが」
ツァールの不安は的中し、実際に総力戦となるまでに、ここから三年かかる事は今は誰も想像できていなかった。
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