No.008 デモネシアの英雄
『ネロ様、報告いたします。北東部がかなりの勢いで押されております』
伝令の報告を、玉座に腰を掛ける青年が聞く。長い銀髪に尖った耳、その脇に顔ほどの大きいさの鋭い角のある青白くもとても端正で整った顔が、肘置きに肘を付き、頬杖を付きながら笑う。
『ふふ、三天王は何をしている?』
『はっ! ゾロンバーダ様は、北西を指揮しております。こちらは、現在膠着状態ではあるものの、優勢であるようです。』
『ムンは、西南軍指揮だったな』
『はっ! 特に問題ないとの報告が届いております』
『ガータか……あやつは血の気が多いからな、戦略を練る事に関してはあまり上手くないのは分かっていたが、あれだけの戦力を与えて押されるほどの戦力が敵方にあったか? ガータは何をしている?』
ネロの問いに、伝令は戸惑っていた。伝えるべきか、いや、伝えなければ伝令としての役目も果たせない。自然と膝を立てて頭を垂れていた足元から、ガタガタと震えが始まり、気付けば全身が震え、汗が止まらなくなっていた。
『ふむ、聞こえなかったか? もう一度問おう。ガータは何をしている?』
意を決した伝令は、顔を上げ、涙目の瞳で告げる。
『ガータ様は……戦死されました』
◇◇
まさかとは思った。デモネシア族ってのは、長生きだから繁殖なんてしてねぇなんて噂があった。レナードは、大剣を振り回しながら不満を脳内でぶつけていた。
「――切っても切っても、切っても……沸いてきやがって」
ひとまず、南東部の戦線はかなり押し上げられただろう。しかし、全く休ませてくれねぇ。そんな状況で疲労が溜まりつつあったレナードだったが、後方の援軍は全く来る気配を見せない。広げた陣地を維持するだけで精一杯のようだ。
「クッソ、こんな事なら、恰好付けて一人で来るんじゃなかったぜ」
昔組んだS級冒険者たちを思い出す。あいつらにでも声をかけておけば良かった。そんな後悔が浮かんでは、「引退した奴だっている」と首を横に振って思いを振り払い、目の前の敵の殲滅だけに集中しようとしていた。もう二日間寝ていない。寝ない事自体は、討伐依頼ではよくある事だ。だが、戦い続けての二日間というデスマーチは、レナードにとっても初めてだった。多少は、
「まさか、こんな前線まで、敵の指揮官が出張ってるとは思わなかったぜ」
突撃を始めた初日。まさかのデモネシア族三天王と呼ばれる指揮官の一人、ガータと出くわしちまった。この戦闘は、熾烈を極め、多少連れて来た小隊員は全滅、援護に入った中隊員たちも壊滅状態まで追い込まれ、何とか仕留めたが――
「あれさえなきゃ……こんなに弱る事もなかったんだけどなぁ」
ギリギリまで頑張ってレナードを回復してくれていた軍の治癒術師も魔力切れを起こして倒れ、そのままザコどもに殺されちまった。あいつの回復がなかったら、ガータを仕留める事もできなかった。軍人としては、名誉のある死だった。だが、それはレナードが生きて戻り、軍人どもに報告できて初めて伝わる話だ。
このままだと帰れる気がしねぇ。レナードは、戦い自体は諦めていなかったが、ここが死地だとどこかで悟っていた。
「勝てねぇまでも、あとどれだけ道連れにできるか、剣神の恐ろしさを見せつけてやる――」
大剣が宙を切り、デモネシアたちが複数同時に上下真っ二つになる。こいつらは、死ぬと蒸発して消える。死体も残らない。だから、レナードがどれだけ倒したかという記録すら残らないのだ。
「――あのガキたちは、生き残ってるのか、死んだのか」
◇◇
「死にさらせぇぇぇぇっ!」
俺の拳が次々とデモネシアたちを蹴散らしていた。想像以上に弱かった。大抵、一撃で仕留められる。
「へっ、良い感じじゃんか」
おかげで後方部隊がスムーズに進軍できているのが確認できる。このままこの界隈のザコを一掃して、戦線を上げたいところだが、レナードに見せつけてやらないと、という気持ちが勝っていた。
俺は、後方を待たずにどんどん奥へ奥へ進む。多少、傷付けられても、
強敵らしい強敵に出会わず、持てる最速で前に出続けた。多少、足止めされる時間はあったが、それでも全部ぶっ倒して進める。
このころには、俺は俺自身を過信し始めていた。
「俺って最強なんじゃね? はははっ!」
◇◇
バカみたいにデカい魔力を感じて、レナードは鳥肌を立てていた。「ここにいたら死ぬ」そう脳内ではアラートが鳴り響いている。完調でも、勝てるかどうか分からないほど、強大な何かが近づいているのが分かる。
『ネロ様っ! ネロ様が来てくださったぞっ!』
さっきまで絶望の顔をしていたデモネシアどもが、笑顔で語りあってやがる。なんだ――
レナードの視線の先に、デモネシアたち両脇に避け、膝を立て敬礼する道ができていた。黒い外套と銀色の長い髪が土埃と共になびき、遠目からも分かる只者ではない感に、レナードは諦めた。
「チッ……今日は運がねぇや」
ボロボロの体で大剣を担ぎ、仁王立ちして精一杯に強がってみせるレナードに対して、冷徹な顔でゆっくりと近付いて来るソレ。
こいつは、これ以上進ませたら不味いぜ――
『人族にしては、非常に研鑽を積んだようだな』
数メートル先に立ったソレは、何かを語りかけているようだった。だが、レナードにはデモネシア語の理解はなく、警戒を強めるだけだった。
『余の元で働ないか?』
右手をそっと前に出すソレに、びくっと後ろに飛ぶレナード。とんでもないもんを前にして、ビビってる自分に微笑するレナード。思わず、逃げちまった。こんな事、何年ぶりだろう。
「何言ってるか、分からねぇよ、銀髪イケメン」
◇◇
後方部隊をかなり離してしまった俺だったが、直感的にレナードが近くにいる気がしていた。動物的な勘やって奴だ。それに、何故か急に邪魔するデモネシアがいなくなった。どういう事だ?
「レナードッ!」
そんな事を思っていた矢先、大剣を肩に担ぎ、敵と対峙するボロボロのレナードを見つける。その声に反応して、チラりと視線をよこしただけのレナードだったが、警戒したまま、敵を見つめている――
ドウンッ!
何かが弾けた。どうやら、俺に向かって何かが迫っていたようだった。それをレナードが弾いた状態だった。敵と俺の間にいつの間にか立っていたレナードが声を張り上げる。
「グレンッ! 逃げろっ! お前じゃ相手にならねぇ!」
「いや、レナードの方がボロボロじゃんか! 俺、強くなったんだぜ、見てろよ!」
「っ! バカ野郎――」
俺の突撃を制そうと、レナードが右手を出した瞬間、その右手が目の前でスパンと切れ、落ちるのが視界の端に映る。
同時に俺の左半身を縦に痛みが走り、血が噴き出る。
「い、てぇぇぇぇっ!」
肉を割き、骨を断たれた痛み。だが、
「だ、から、逃げろっつっただろうが」
右腕が二の腕から切られ、骨と筋肉の断面が見え、大量の血を流すレナードは痛みに耐えながら、そう告げる。
「に、逃げろって言っても」
「お、俺が時間を稼いでやる、お前だけ逃げろ」
こそこそと、敵に聞こえないように言っている。銀髪の青年は、ニヤニヤと様子を見ている。まるで次は何をして来るのか、想像して楽しんでいるようだった。
その表情はよく知っている。狩りをする時のロビンの顔だ。未来を予測して、的中させる喜びを知っている顔――
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