No.007 初陣は特攻隊

 あれから何日経っただろう。朝早くから稽古場で、基本の戦い方、拳の振るい方を学び、昼食後、今度は治癒術や補助術の鍛錬。夕食が終われば、ホリムが福音書の内容を丁寧に説明してくれる日々。


 最初はチンプンカンプンだった俺も、ひとまず肉体強化ドーピング再生加速チャージだけはすんなり使えるようになっていた。

 この肉体強化ドーピングってのがすげぇんだ。俺の体なのに、俺の体じゃないくらいの力が溢れて来る。走る速度も、レナードくらいになったんじゃないかって誤解するくらい速くなった。

 んで、再生加速チャージは、治癒ケアとは違い、他者に使用する事はできず、魔力で損傷部位を作り出すものではなく、自己再生能力を上げる物だった。そのため、使用者の肉体の持つ、そもそもの再生能力が重要だと教わった。

 運が良かったのか、俺は傷の治りがロビンや村人たちと比べても早かった事もあり、この術は効果てきめんで、多少の切り傷や打撲は秒で再生されるほどだった。


「グレンくんって才能すごいね」


 ホリムは最初こそ、少しギクシャクしていたが、最近ではそう言って、いつも俺を褒めてくれた。俺が見る限り、皆使えてるし、特別な何かを感じる場面は今のところ見当たらなかった。それに、


「そうか? でも、この程度じゃ、剣神レナードは超えられない」


 そう、俺はレナードを超えてやらなければならない。いつの間にか、あいつに言い返してやるのが目標になっていた。もはや、これが口癖になっていた。


「S級冒険者を超えるって、何級になるの?」

「知らねぇよ、けど、あいつにぜってぇ言い返してやるんだ」


◇◇


 その日の夜は、ロビンが部屋に遊びに来た。ホリムと福音書の勉強をしていたところだったので、彼女を紹介すると、ロビンは嬉しそうにしていた。


「彼は僕、いや僕たちの村の誇りなんだ。理解してくれる仲間に出会えて嬉しいよ」


 ホリムが興味深々に村での暮らしを尋ねて来たので、俺とロビンは久しぶりに阿野時の狩りはこうだった、村は大騒ぎだった、と語っていたが――


「……あの時、俺もっと早く駆け付けていれば「いや、グレンが来てもどうにもならなかったよ。逆に、レナードさんたちが付く前に皆やられてしまっていたかもしれない。遅れてくれて良かったんだよ」


 シアルを助けられなかった自分の不甲斐なさと、久しぶりに直面した。あの尻尾に吹き飛ばされて、横たわるシアルがまだ、瞼の裏にこびりついている。


「あたしの町は、デモネシアに焼かれちゃったんだ……」


 俺たちの話を黙って頷いていたホリムが、沈黙を破った。聞けば、バハヌール帝国の首都オリンドで暮らしていたという。両親ともに、敬虔なアリエル教徒で教団で働いていたという。親父さんは、モンク僧、お袋さんが治療術師という、まさにアリエル信者という家庭だった。


「あの日、デモネシアの大群がやってきて、騎兵団の大軍が向かったけど、全然どうにもならなくて――」


 単体相手なら、騎兵でどうにでもなるだろうが、大群のデモネシアとなると、馬に乗っていても魔術や異能で攻撃されたら一たまりもなかったようで、世界最強の軍事力を誇ると言われていたバハヌール帝国は、その日のうちに炎の海に飲み込まれたそうだ。


「お父さんは、少しでも足止めすると同じように立ち上がったモンク僧や聖騎士の人たちと一緒にデモネシア軍に向かい、それを援護する治療術師たちも一緒に残った。お母さんもそこに残って、あたしは一人、教徒たちと一緒に逃げて来たんだ……」


 俺たちだけが不幸じゃないんだ。ロビンと顔を見合わせる。たぶん同じ気持ちだったのだろう――


「ホリムちゃん、僕たちが強くなって、デモネシアを倒して、仇を討とう。そして、世界を平和にするんだ」


 ロビンがそうまとめた時、ドアをノックされる。入って来たのは、先輩モンク僧で、何でも明日の早朝、朝礼が行われるので送れずに来るようにとのことだった。


◇◇


 眠い眼をこすりながら、朝礼の行われるという広場にいた。モンク僧、聖騎士、治癒術師。アリエル教団の戦力が全て揃っていた。異様な空気に、俺を含め、動揺した空気が広がっている。どよめく会場の正面の高台に、一人の男が立った。


「おはよう、諸君」


 ツァールがにこやかに声を張り上げている。その脇には、ローグだったか、聖騎士団長とエイルに似た感じの女性が胸を張って笑顔を浮かべていた。

 見渡す限り、アリエル教徒。俺にとっては、異様な光景だった。とはいえ、もうすでに俺も、アリエル教徒扱いなんだろうけどな。未だに、信仰する気にはなれないが――


「早朝からご苦労様でした。今日は、突然ですが、皆様に出撃していただく事になりました」


 予想していなかった訳ではなかったが、ホリムの話では入ったばかりの新米が多いそうで、戦力として使えるのかって印象だった。


「実はですね、膠着していた南東エリアを切り開いてくれた者が現れました。彼の開いた道を、我々で維持する事が目的です」


 すぐにピンと来た、それってもしかして――


「自らこの戦線に参加を申し出てくれた、S級冒険者。剣神と呼ぶ方が皆さまには馴染みがあるかもしれません。彼が現在、突破口を開いてくれています」


 やっぱりレナードだった。どこからともなく、おぉと感嘆の声が聞こえる。さすがS級冒険者だ。最近知り合ったばかりなのに、何だか兄貴が褒められているようで鼻が高いぜ。


「我々も冒険者に負けていられません。アリエル様の加護の元、立ち上がりましょう!」

「「「「おぉぉぉぉぉぉっ!」」」」


◇◇


「あのよ、何で俺だけ特攻隊? しかも、一人なんだよ?」


 俺は、モンク僧隊の先鋒として参加する事になったのはいいんだが、何故か、最前列で一人という謎の状況に困惑した。確か、朝礼の時に「小隊単位で行動するので、全て、小隊長の名に従う事」とか、ツァール言ってなかったか?


 遡る事、小一時間――


「グレン。貴方は、小隊長です」

「へ?」

「隊員は貴方一人です」

「は?」

「そして、先鋒……いえ、特攻隊と言っておきましょう。貴方はレナード様の切り開いた道をいち早く彼に追い付き、支援してください」

「待ってくれよ。入ったばっかの俺で務まるのかよ、それ」

「貴方以上の適任者がいないのが現実でして――」


 現場を離れて長い高僧ばかりで、現場で力を発揮していたモンク僧たちはほとんど先日のバハヌール帝国撤退戦で命を散らしてしまったと、ワイセンは悲しそうに語っていた。


「加えて……剣神様からの言伝です。"お前は、俺に追い付けるか?"だそうです」

「あんにゃろう……」


 俺は燃えた。絶対追い付いてやる。いや、何なら見せつけてやる。俺だってできるってところを。


 そんな感じで、俺ことグレン特攻隊隊長(ソロ)は、指をポキポキとならし、首をコキコキとほぐし、ピョンピョンと跳ねて全身の筋肉を緩める。


 レナードほどじゃないにせよ、俺だって一応A級冒険者だ。それに、ブルーヒュドラに致命的な一撃を与えた経験が自信にもなりつつあった。


 ほら貝の音が鳴り響く。ドラを叩き、士気を上げる空気が場を包む。俺の正面は開いているが、その他では遠くで軍が戦っている様子だった。


肉体強化ドーピングっ! 再生加速チャージっ」


 せめて、ロビンでもいてくれたら少し気が楽だったが、聖騎士団は敵の侵入を防ぐ、防御が主体らしく、モンク僧が先行して開いた道を固める役目らしい。何となく、後ろの聖騎士団の旗の辺りを見つめる。


「んじゃ、先にレナードと再会しておくぜ、ロビン――」


 俺は空を見上げる。雲一つない快晴だ。これなら、不意打ちを受ける可能性はかなり低い。待ってろよ、レナード。


「グレン特攻隊、行くぜっ!」

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