No.006 聖騎士とモンク僧

 大司教ツァール。モンク僧を束ねる彼に迎えられた俺たちは、応接室で一通り

のいきさつ説明を終えていた。


「ブルーヒュドラを討伐してくれたのか、それは我がアリエル教団にとっても嬉しい知らせだ。吾輩からも感謝の意を表する」


 どうやら、まだエイルからの連絡は入っていないようで……そりゃそうだ。馬車で一週間かかるところを二日で着いちまったんだから、伝令の馬より早い到着だ。下手したら、エイルがまだ自分の教会に着いてないって事だってあり得る。


「そして、ご高名の剣神、レナード殿にこうしてお会いできたのも何かの縁、アリエル様の導きだろう」


 うお……こいつ、見た目ゴツいのに、アリエル嬢狂いかよ。そりゃそうか、モンク僧のトップだもんな。嫌悪感が生まれる。

 そんな俺の横では、キラキラとした目でツァールを見つめるロビンの姿があった。


「俺は指導なんて向かねぇ。あんたくらいの地位なら、噂くらい聞いた事あんだろ? 一人で気ままに突っ込むのが性に合う。そこで――」


 ツァールとテーブル越しにソファーにもたれていたレナードは、後ろに立つ俺たちを親指で指す。


「こいつら、お宅で育ててもらえねぇか? もちろん、最前線で構わねぇ。おい、手帳出せ」


 俺たちは言われるがままに、赤い手帳を出す。すると、ツァールは目を丸くした。この赤い手帳、すげぇんだな。皆が目を丸くする。


「A級、とは。吾輩も予想していなかった」

「こっちの爽やかなのは、まだ盾は使った事ねぇみてぇだが聖騎士向きだな。んで、こっちのヤンチャな方はモンクだ」


 レナードがそう告げると、ツァールは目を閉じ、黙り込んでしまった。


「死傷者も多く、一人でも戦える奴が欲しい時期だろ? 悪い話じゃねぇと思うんだけどな」


 期待した反応じゃなかったのか、レナードはそう言って首を傾げている。すると、扉がノックされ、入って来た教徒が何やらツァールに耳打ちをしている。ふむふむと頷くツァールだったが、話が終わり、教徒が部屋を出ると口を開く。


「エイル大司教から、魔術通信で報告が入った。確かにブルーヒュドラは討伐され、その際に、そこの二人が活躍した事も確認した。疑っていた訳ではないが……」


 とそこで言葉を濁らせるツァール。


「裏切者が出たばかりで、急にこんなおいしい話、疑って当然だよな」


 レナードの言葉に、驚きを隠せないで様子のツァール。少し考えたのか、間があって言葉を返す。


「知っているなら、話は早い。我が聖騎士団から裏切者が出たのだ。聖騎士団第二師団長ゲオルグ。一師団を連れて、デモネシア軍に下ったのだ」

「カァ……派手な事する野郎もいたもんだ。でも、悪い選択でもねぇかもな」


 どっちにしろ死ぬんだ。レナードはそう告げ、それなら勝ち馬に乗りたいのが心情だろ。とゲオルグを責める訳でもなく、淡々とそう告げた。


「んで、こいつらの事、預かってくれるのか?」


 その言葉に、ツァールは頷いた。その瞬間、チラりとロビンの顔を見た。花が咲いたように嬉しそうな表情を浮かべている。まぁ、こいつにとっては、アリエル教団、まして聖騎士なんて、最高の栄誉だろう。冒険者にもなれた訳だしな。


「オッケー、んじゃ、お前ら、ちゃんと挨拶しておけ」


 そう促された俺たちは、それぞれ生まれた村と名前を名乗った。その時、「アリエル様のために尽くせる事を光栄に思います」なんて、ロビンの野郎が余計な事言ったせいで、ツァールの顔が明らかに嬉しそうだったのが印象的だった。俺はというと、そんな敬虔な信者どころか、どっちかっていうと疑っているくらいだったから、正直、厄介ごとに巻き込まれたな、くらいの気分だった。


◇◇


 レナードはあのまま、応接間を立ち去り、最前線へと向かっていった。対する俺たちは、ツァールの案内でまずは聖騎士団第一師団長、ローグの元に案内されていた。端正な顔立ちと整えられた髭、茶色い髪の中年の男だった。


「これは大司教様、何か御用で?」

「ロビン、彼は聖騎士団第一師団長のローグだ。ローグよ、彼は敬虔なアリエル教徒でありA級冒険者、そして、我が聖騎士団でデモネシアと戦う決意を持って駆けつけてくれた」

「そうでございますか。最近、前線も押されていて、少しでも戦力が欲しいところでした。ロビンくん、ありがとう。君の参戦に感謝するよ」

「ただ、経験は浅いようだ。実力は剣神とエイル大司教の折り紙付きだ。前線で存分に鍛え上げてほしい」

「なんと、剣神とは意外な人物からの紹介ですね。分かりました。このローグ、彼の成長に尽力を尽くさせていただきます」


 そう言って、ロビンに握手を求めている。それに応えたロビンは、元気いっぱいに「ご指導のほど、よろしくお願いしますっ! アリエル様のために働けて光栄ですっ!」と声を張り上げていた。その様子に、ツァールはもちろん、ローグも嬉しそうにしていた。


 ロビンと別れると、無言の時間が続く。長い廊下を歩き、階段を降り、辿り着いた先は、藁人形が何体も立てられた、訓練場のような場所だった。


「これはっ! 大司教様っ!」


 どこからか大きな声が響くと、そこにいた修道服の連中が全員、動くことをやめ、ツァールに向かい、祈りを捧げる。


「訓練の邪魔をして済まない。ワイセンはいるか?」

「はい、ここにっ!」


 スキンヘッドで目の細い、薄気味悪い中年男性が声と共に駆け寄り、片膝を付き、面を下げた。


「この者、グレンといってな。剣神とエイルからの紹介で、我がモンク僧団に所属する事になった」


 その言葉に、顔を上げたワイセンと呼ばれた男は俺の足先から頭まで、舐めるように観察している。


「若いですね。しかし、すでに完成しています」

「やはり分かるか。こやつはアリエル様がくださった逆転の一手になるやもしれん」

「ええ、ここまでの才は初めて見ました」


 もしかして俺……褒められてる?


「すぐに前線で使えるだろう。基本の型と各術の稽古だけは付けてやってくれるか? 場所は前線で構わぬ」

「はい、畏まりました」


 そして、ツァールはその場を後にした。残ったワイセンは、満面の笑みを浮かべながら、俺にハグして来た。


「ようこそ、我がアリエル教団モンク僧団へ」


◇◇


 モンク僧というのは、拳を武器に戦い、アリエル嬢の力を借りて、治癒魔術や補助魔術を使い、肉体強化して戦う者を指すらしい。全く、世間を知らない、ビルナッチという辺境生まれだと説明すると、


「知らないなら、これから知ればいいのです」


 と、ワイセンは俺を要塞内を連れまして説明してくれた。そして、稽古場に戻ると、用意されていた福音書と呼ばれるアリエル嬢からの尊い教えが書かれているという本を渡される。しかし、残念な事に俺は、


「字……読めねぇんだけど」

「それはそれは……ホリムさん、ちょっといいですか?」


 ワイセンが大声でホリムという人物を呼ぶ。駆け寄って来たのは、俺と年が大して変わらないだろう、小さな少女だった。シアルよりは少し大きいか。


「彼はグレンさんと言います。字が読めないそうなので、福音書への学びを共にしてやってもらえませんか?」

「え? あたしでいいんですか?」


 水色の長い髪を後頭部辺りで縛ったサラサラのポニーテールに、そばかすのある愛らしい顔が印象的な色白の少女は、そう尋ねて、首を傾げている。


「ええ、年頃も近いですし、彼は何分、本日ここに到着されたという事で、この場所自体に馴染めておりませんので」


 チラりと視線が合う。すぐにサッと逸らされた。嫌われたか?


「貴女も良い勉強になるでしょう。こう見えても彼はA級冒険者ですから」

「えっ!? A級なんですかっ!?」

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