デモネシア南方戦線

No.005 馬車なら一週間

 俺は、体力には自信があった。走るというレナードに付いて行けると思っていた。しかし、現実はそんなに甘くなかった。


「ハァハァ……は、速いね、レナードさん」


 もう、点にしか見えないほどの距離が開いている。俺は全力だった。その横で、俺よりへばってるのはロビン。普段の狩りの時も、ロビンには頭を使ってもらう事が多く、体を使うのはいつも俺だった。


「化け物かよ、あいつ」


 そう呟かずにはいられなかった。俺の全速力だって、村一番だった。その俺を、こんなに離して、いや、どんどん離れて行っている。差が埋まらない。それがまた悔しかった。「逆らっていいのは俺より強くなった時だ」という言葉の自信、ただ走るという行為ですら、この差だ。


 俺はあいつより強くなれるのか?


 疑問に思うくらい、差はデカかった。日も暮れ、見失いそうになり始めた頃、速度を落とし始めたレナードと合流した。


「思ったより、走れるじゃねぇか」


 ぜぇぜぇ、ハァハァ言ってる俺とロビンは、疲れ切って地面に倒れ込んだ。それを見て、ニコりと笑顔を見せたレナードは、汗一つ書いていない。俺はそれに恐怖すら覚えた。


 化け物だ。


「ほれ、倒れてねぇで飯の支度しろ。ロビンっつったっけ? お前は火を起こせ」

「ハァハァ……は、い」


 やっとの思いで立ち上がるロビンは、フラフラと木の枝を集めに近くの林に向かう。ゴツンッ!


「イタッ!」

「てめぇはいつまで寝てんだ。早く獲物狩って来い、得意だろ?」


 ゲンコツを貰った俺は、どうやら食料調達役らしい。胡坐をかいて、その場に座ったレナードをよそに渋々、俺は立ち上がり、ロビンの後を追う。


「そっちじゃねぇ、あっちだ」


 レナードに指された方を見ると、ちょうどミルチの群れがいる。


「群れ、だけど?」

「ミルチだろ?」

「群れは危険だから手を出すなって村長が「お前、冒険者じゃねぇのか?」


 そうか。ここはもう村じゃないんだ。実感がなかった。考える暇もなかった。次から次に色んな事が起きたから、今やっと、村がなくなった事を実感した。


「ぼ、冒険者、だ」

「なら、あれ」

「……うっす」


 俺はミルチの群れの方へ走り出した。


◇◇


「思ったより傷だらけになったな」


 ケラケラと笑いながら、やっとの思いで手に入れたミルチの肉を食うレナードを見て、少し不貞腐れた。群れなんて初めて挑んだし、そもそも突撃しかできない俺を、いつだってロビンが上手にコントロールしてたんだ。ボロボロになって手に入れた肉を頬張る。


「大変だったね、グレン。でも、おかげでおいしいよ」


 火起こしを終え、テント張りをさせられていたロビンだったが、走った疲労が溜まっているのか、少し元気がなかった。


「お前ら、これくらい、朝飯前にしないと、戦線行ったらすぐ死ぬぞ?」


 ミルチの群れより危ないのか? 村とその周りの森や山しか知らない俺には、想像も付かない世界だった。


「ただ、センスは悪くねぇ。まぁ、一カ月生き残れれば、それなりになってるだろ」


 一カ月。たった一カ月でそれなりになれるのか? 俺は不思議に思っていた。するとロビンが、


「強くなれなければ、それまでに死ぬ、という事ですね」


 俯きながら、そう呟くと、レナードは爆笑していた。


「そういう事だ。ちなみに、励ましになるか分からねぇがな――」


 前線には、俺たちと変わらない年の、15、16歳という若い少年、少女がたくさん動員されているという。それも、大した教育も受けないで、だ。


「お前らはまだ、戦えるだけの力があるからマシだ。生き残る可能性がかなりある。だけどな、そこで戦ってる若い奴らは、ただの農民上がりや商人の子、貴族の末席だの、戦いを知らない連中ばかりだ。何でそうなってるか、わかるか?」


 その質問に、俺は頭をひねる。少し間を置いて、ロビンが答える。


「それだけ、被害が拡大している、という事でしょうか?」

「簡単に言えばそうだな。早い話、戦えた連中は皆死んだ。ただ、それだけだ」


 村しか知らない俺とロビンにとって、それはとても衝撃的な言葉だった。


「昔はな……言っても、10年くらい前か。俺がお前らくらいの頃は、デモネシアは群れるのを嫌っててな。どこかで暴れてる奴がいるって聞いて、討伐に向かっても単独や少数だった。それが、ここ数年、どんどん組織化が進んでやがる」


 腰に下げた鉄瓶から、酒か何かをグビっと飲んだレナードは続ける。


「お陰で、国や宗教の違いで協力できてなかった俺たちホミニスは、あっという間に追い込まれちまった。最近になって、ようやく対デモネシア同盟という名の連携を、冒険者組合、アリエル教団が中心になって各国を巻き込んで作ったばかり。その間に、バイクルも言っていたが、バハヌール帝国が落とされちまった。状況は一刻を争う」


 もう一口、口に運んだあと、真剣な眼差しで俺たちを見つめ、


「この戦い、負ければ俺たち、ホミニス族を待ってるのは死だけだ。勝つ以外に生きる道はねぇ。例え、今、この場からお前らが逃げたところで、負けた時にはいつか殺されるだろう。だからな――」


 満天の星空を見上げたレナード。それにつられて、俺とロビンも空を見上げる。


「生き残るには、勝つしかねぇんだよ」


 何か含んだ、悲しそうな瞳が印象に残る言葉だった。


「分かりました。死ぬ気で強くなります!」


 そんな重い空気を、ロビンは元気いっぱいに作り変えた。こういうムードメーカーなところは、本当に羨ましくもある。俺には真似できねぇ。こういう奴が、いずれ英雄と呼ばれるんだろうな。


「そうしてくれ、明日にはランドールに入るぞ」


 その言葉を最後に、レナードは横になり、大あくびをして眠りに就いた。


「頑張ろう、グレン」

「……そうだな」


 強い事に越した事はない。ただ、俺はそこで横になって眠る化け物ですら倒せない相手がいる事をこの時はまだ、想像もしていなかった。この化け物の傍に居れば、安心して強くなれる。そんな甘い考えすら、持ち始めていたのだった。


◇◇


「え? 今、なんて?」

「だから、アレンドから来たんだよ。ブルーヒュドラをぶっ倒して、バイクルからまだ伝達回ってねぇのか?」


 翌日の夕方。俺たちは無事、ランドールに辿り着いていた。しかし、門番が通してくれない状況だった。


「バイクル将軍からの伝達は、今のところ確認できてません。そもそも、アレンドからですよね? 馬車なら一週間かかりますよ? 少し待ってください――」


 門番は、もう一人の門番に声をかけると、俺たちの警戒を任せ、要塞の中へ走っていった。


「頭固ぇなぁ、軍人さんはよ」

「すみませんね、剣神の旦那。見れば分かってるんですけど、一応、自分らの職務なもんですから」

「それにしても、前より警備が固くなってるな? 何かあったのか?」


 レナードの問いに、一瞬躊躇した顔を見せた門番だったが、顔を近づけ、こっそりと呟く。


(実は、裏切り者が出たんでさぁ)

「なるほどねぇ、通りで」


 納得した様子で、レナードはならしゃあないと、腕を組み、もう一人が帰って来るを黙って待っていた。その間に、呼吸が整った俺とロビンは、改めて要塞都市という物の迫力に圧倒されていた。


 見渡す限り、壁だった。周りには堀があり、水が敷かれている。並みの人間では、侵入する事すら困難だろう。ま、俺はちょっと壁駆け上がれば済むけどな。


 なんて事を考えていると、帰って来た門番がレナードに深々と頭を下げている。どうやら、確認が取れたらしく、協力要請に応えてくれた感謝の意を表しているようだった。


 そのまま俺たちは、中へと通された俺たちを待っていたのは、スキンヘッドのやたらガタイの良い、修道服を身にまとった中年の男だった。

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