No.004 A級冒険者突誕
赤い冒険者手帳を手に、柄にもなくニヤニヤしている俺がいた。組合支局内で、それを渡された瞬間、周りにいた冒険者たちが目を丸くしていたのが印象的だった。
「おい、あの人、あの大剣ってまさか、剣神レナード様かよ? 見間違いじゃないよな?」
そんな声が聞こえる中、別の声も聞こえる。
「マジかよ、あの二人、初めて見る顔なのに赤受け取ってんぞ」
「ひぇぇ、黄色も初めて見たけど、赤も初めて見たわ、本当にあるんだな」
悪い気分じゃねぇ。ロビンも嬉しそうに手帳を抱き締めている。そりゃ、夢だった冒険者になれたんだもんな。
家族や仲間は全て失ったけど、その分、新しい喜びがあってもいいか。
「あぁ、女神アリエル様、感謝します」
また、アリエル嬢を拝んでやがるよ。村の皆を見殺しにしたような女神なのにな。感謝する要素が俺には見当たらねぇけど。
「よし、お前ら、最前線まで一気に行くぞ」
レナードはマジメな顔してそう告げると、俺たちを連れて町を出る考えのようだった。手に持った大きな布袋には、金貨が山ほど入っている。
「その前に、あいつらにはこれを分けねぇとな」
そう言って、商店街に足を向ける。街中にある大きな食堂の隅の丸テーブルには、バイクル、ルイ、エイルの三人が揃っていた。
「揃ってんな、んじゃ、分け前だ」
袋からジャラりと金貨をテーブルに広げたレナードは、各自に割り振っていく。その中には、なんと、俺とロビンも含まれていた。しかも、他の連中より多いぞ?
「レナードさん、僕らのとこ、間違ってないですか?」
アホロビンッ! 間違いなら間違いで黙ってもらっておけばいいものを、いちいち聞くんじゃねぇよ――
「儂らからの詫びだ」
「うん、私が逃がさなければ、君たちの村は襲われなかったからね、僕からの詫びも入っているよ」
バイクルとルイは、申し訳なさそうにそう告げる。
「わたくしからも、あなたたちが冒険者になると聞きましたので、餞別程度ですが」
エイルは、まるで俺たちを励ますように優しく微笑んでいた。
「皆さん……ありがとうございます」
ロビンは目を潤ませて、深々と頭を下げていた。
「えっと、その、ありがと」
俺はなんかこういうの、照れくさくて苦手なんだよな。軽くお辞儀して済ませると、ガンとまた頭に鈍痛が走る。レナードのゲンコツだ。
「イテッ!」
「てめぇは、本当に礼儀がなってねぇガキだな。あんまり可愛くねぇと、戦場で味方に裏切られんぞ?」
その場が爆笑に包まれた。俺も頭はゲンコツで痛かったが、釣られて笑った。ロビンは嬉しそうに微笑んでいる。
「そうだ、バイクル」
「何だ?」
「お前んとこの軍、前線上がってるところないか?」
「……あるにはあるが」
レナードの質問に、不安そうに俺とロビンを見つめるバイクル。その様子に、レナードは、
「おい、お前ら、手帳出せ」
言われるがまま、赤い手帳を出す。すると、バイクルだけでなく、ルイもエイルも目を丸くしている。
「ほ、本気ですか?」
動揺気味にルイが尋ねる。そして、俺たちの顔を見る。その顔からは、「本当に君たちいいのかい?」という言葉が聞こえて来るようだった。
「……確かに、見どころはある、が」
バイクルは腕を組み、目を閉じて考え込んでしまう。
「もう手帳を受けてしまった以上、後戻りはできません。それがあの組合のルールのはずです」
悲しそうな目で、俺たちを見つめながら、そう呟いたエイルだったが、重い空気を切り替えるように、立ち上がると、
「では、わたくしは教団での仕事もありますので、ここで失礼します。皆様にアリエル様の加護があらんことを」
皆に別れを告げ、分け前の金貨を受け取り、立ち去った。残ったバイクルとルイは、心配そうに俺たちを見てはため息を吐いている。その重い空気を破ったのは、誰でもなく、俺だった。
グゥゥゥゥ~。
腹が鳴ったのだ。朝飯を食ってから、結構時間も経っており、普段より食う量も少なかった事もあって、腹が減っていたのだ。
「……グレン、空気読もうよ」
ロビンが微笑しながら、手を挙げてウェイトレスを呼ぶ。
「とりあえず、皆さん、何か食べませんか? お世話になりましたし、僕がおごります」
そうロビンがいうと、またゴツンと頭に鈍痛が走る。
「イッテェ……」
「お前、こいつのダチだろ? よく見習え、ボケッ!」
「いちいちゲンコツすんなよ、痛ぇな」
ゴツン。追撃される。
「口答えすんな、新人。てめぇが俺に逆らって良いのは、俺より強くなった時だ」
「チッ……」
絶対、強くなってやる。強くなって、こいつを見返してやる。この時の俺は、その思いで頭がいっぱいになっていたが、ロビンが適当に注文した品が手元に来ると、思わず無言でかぶりついてしまったのだった。
◇◇
無我夢中で飯を平らげているうちに、他の連中ではすっかり話がまとまったようだった。
「んじゃ、決まりだな」
まだ、納得行かなそうなバイクルだったが、渋々頷いていた。何がどう決まったんだ? 俺は食うのに夢中で理解していなかった。
「では、私は祖国へ帰りますので、ここでお暇いただきますね」
「ああ、またどこかでな、ルイ」
立ち上がったルイに、そっけなく手をひらひらとさせたレナードは、ルイの姿を追わずに話を戻す。
「要塞都市ランドールか、何年ぶりだ? 二年ぶりか、よく落ちずに頑張ってるじゃねぇか」
「ああ、アリエル教団のモンク僧たちが奮闘してくれててな」
「へぇ、我関せずだったアリエル教団らしくねぇな」
「南のバハヌール帝国が落ちたらしくてな」
「は? マジかよ? あそこの騎兵団、他の国より頭一つ抜けてたぜ?」
「ああ、対デモネシア同盟がなければ、我がナスルーツ共和国も植民地にされていたかもしれぬ。それほどの軍事力の国が落ちたのだ。逃げ延びたアリエル教団のツァール大司教が、二度と同じ過ちを繰り返してはいけないと、エイル大司教に討って出るべきだと進言したそうだ」
「ツァールってモンクのトップだろ? 逃げるしかできなかったのかよ?」
「信者たちを逃がすので手一杯だった、というのがもっぱらの噂だが、真相は知らん」
腹がいっぱいになり、ようやく話の内容が頭に入って来るようになった。どうやら俺とロビンは、レナードと一緒に、この国の南端の地、デモネシアと戦う最前線基地、ランドールという場所に向かうらしい。
「しかし、モンクがいるのは都合がいいな」
レナードはそういうと、俺の顔を見る。モンクってなんだ?
「確かにな、儂もレナードも拳は教えられんからな」
バイクルはそんなレナードを見て、何か納得したように頷いていた。
「ちっ、失敗したなぁ。こんな事なら、さっきエイルに一声かけておけば良かったぜ」
「それには及ばん、儂からエイル大司教へは話を通しておこう」
「ああ、助かるわ、頼む」
話が終わったのか、バイクルが立ち上がり、
「儂は前線へ配置されておらぬ。国内警備が主でな。馬車を手配しておこう」
と言い残し、立ち去ろうとすると、
「馬車はいらねぇよ、走った方が三倍速ぇ」
レナードがそう告げる。だろうなと笑い、達者でなとバイクルも去った。
「さてと、お前ら――」
俺とロビンを交互に見つめるレナード。ニヤりとする。
「腹ごなしに二日ほど走るぞ、遅れんじゃねぇぞ」
「はいっ!」
「うっす……」
テーブルの金貨をレナードから渡された布袋にしまい込み、店を後にする。
「到着する前に、死ぬんじゃねぇぞ?」
町の入り口の警備員がお辞儀しているのをよそに、その言葉と同時に、レナードは走り出した。
「嘘、だろ?」
それも、とんでもない速さで。
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