No.003 珍しい推薦

「なんと……ついにブルーヒュドラが討伐されましたか」


 受付はレナードがポケットから出した冒険者黄色い手帳を見せると、すんなりと奥に通され、案内された応接間では、禿げあがった頭と白くて長い髭の老人、ポッケル支局長と名乗る人物が目を丸くして、事の次第を聞いていた。


「そうですか、ビルナッチの民は全滅……」


 ガックリと肩を落とし、俯く老人に対して、バイクルは俺とロビンを前に出した。


「いや、こいつら二人だけ、生き残りました」


 老人は、その言葉に顔を上げると俺とロビンの顔を見て、涙を流す。


「そうかそうか、二人だけでも生き残ってくれたか、それは良かった」


 そう言って、俺たちを順番に抱き締めた。何でも、奥さんがビルナッチ出身者らしく、十年前まで年に一度程度、遊びに来ていたという。その奥さんも、十年前に他界したそうで、いつの間にか長話になっていたところ、


「おい、爺さん。昔話はもう良いから、ヒュドラの死体確認と報酬の手配、早くしてくれるか?」


 レナードが煽るように言い放った。申し訳ないと頭を下げた組合支局長は、そのまま部屋を出て行く。


「ったく、爺は話が長くて敵わねぇ、なぁ?」


 と俺とロビンを見るレナード。その頃には、俺も殴られた恨みも少し薄れていて頷いた。


「だろ? とっとと宿に戻って寝てぇよなぁ?」


 そう告げるレナードに、俺は確かにと思っていたが、ロビンは違った。


「……すみません。僕たちはお金を持っていませんので、宿に泊まる事が「バーカッ! 誰がガキに金払わせるかよ。なぁ?」


 ロビンの言葉を遮ったレナードが、バイクルやルイ、エイルを見渡す。


「無論だ。今回の戦いの功績は、お前たち二人にも十分にある」

「うん、若者二人が無理してくれなかったら、私たちももっと被害受けてたかもしれないし、この港町まで逃げられていた可能性だってあった」

「坊やたちをここで捨ておいたら、アリエル様がお怒りになります」


 改めて、ロビンを見つめ直したレナードは告げる。


「お前らに今回の報酬の分け前をやる。それとな――」


 ニヤリと笑みを浮かべ、テーブルの向こうにある窓の外を遠い目で眺めながら、


「俺が推薦してやる。冒険者になれ」


◇◇


 宿というのに泊まるのは、初めてだった。ベッドというフカフカの寝床は、村の藁と比べるのもおこがましいほど、快適そのものだった。ひとまず、冒険者組合を出た俺たちは、レナードの泊まる宿で部屋を借りる事になった。ロビンと俺は相部屋だ。


「冒険者かぁ、夢だったんだ、実は」


 今日はもう休めと、部屋に置いて行かれて、ベッドを堪能している俺をよそに、窓の外を眺めながら、ロビンがそう口にする。


「そうだったのか、知らなかった」


 そう、知らなかったのだ。村では、ロビンは英雄、いずれは村長になる器だと期待されていた。だから、村を出たいロビンとは裏腹に、村人は彼を頼る事が多かったのだという。


「皆に必要とされている以上、僕は絶対あの村を出られないと思っていたよ」


 そんな事を思っていたとは、思いもよらなかった。


「出ていけと怒られるグレンが、羨ましくもあったくらいさ」


 そう、俺はよく、村長はもちろん、お袋やシアルにすら、出ていけとよく言われていた典型的なクソガキだった。


「こんな形じゃなきゃ、出る事は出来なかった、だろうね……」


 複雑な表情で、悲しみもあるが喜びもある。そんな奇妙な面持ちで俺を見つめるロビン。


「グレンもなろうよ、冒険者っ! そして、一緒に世界中を旅しよう」


 世界中を旅か。悪くない。レナードには少し思うところはあるものの、帰る場所もないわけだし、どうせ狩りするなら冒険者でも一緒か。程度に思った。


「そうだな、それも悪くねぇ」


 俺はこの時の事を未だに後悔している。こんな浅はかな決断をせずに、ポッケル支局長でも頼って、アレンドの町で二人で漁師にでもなってりゃ良かったのかもしれない。


◇◇


「こいつら、俺の推薦な」


 翌日、レナードから朝食に誘われ、そのまま冒険者組合アレンド支局に入り、ポッケル支局長と面談していた。


「なんと、最強の剣士と名高いレナード様自ら推薦とは」


 ポッケルは、また目を丸くしていた。何でも、レナードが推薦するのは初めての事らしく、推薦という行為がある事は知っているが、詳しい内容まで知らないという状態だったようで、


「どのくらいの?」


 と尋ねるポッケルに、


「は? 何が?」


 という具合だった。どうやら、推薦者は推薦するもののクラスを自分で決められるそうだ。まして、世界で七人しかいないというS級のレナードのお墨付きとなれば、どのクラスからでも良いという話らしい。


「そうだな……こっちのヤンチャな奴は、ちっと危なっかしいからな。実力はA級なんだけどなぁ。そっちの爽やかな奴はB級の中ってとこだから――」


 俺とロビンを交互に眺め、天井を見て悩んでいるレナード。俺ってA級

なのか。上にSだけだから、かなり強いんじゃね?


 ガツンッ!


「イテッ!」

「何ニヤけてやがる、ボケッ!」


 結構、強めのゲンコツにビックリした俺をよそに、レナードはニヤニヤとしながら、次の言葉をポッケルに告げる。


「Aだ」


 その言葉に、ポッケルはポカンと開いた口が塞がらない様子だった。しばらく、目を泳がせながら、やっと出た言葉が、


「……え、Aですか?」

「ああ、Aだ」


 再び告げたレナードに、ポッケルは参ったなという表情で、俺たちを哀れんだ目で見つめる。


「Aですと、地域災害級の討伐依頼や支援要請を断れませんが」

「ああ、んな事知ってる、通った道だ」


 は? 断れない?


「せ、せめて、Bからでも「いーや、Aだ」


 断固として譲りそうもないレナードに、冷や汗を垂らすポッケル。その様子に、ロビンが口を挟む。


「あの、レナードさん」

「なんだよ?」

「僕たちは、冒険者のボの字も知らないのですが、いきなりAで大丈夫なんでしょうか?」


 ソファーにふんずり返っているレナードがロビンに振り向き、ニカっと笑う。


「バッカだな、お前。討伐以外、何ができんだよ?」


 その言葉に、俺は何故か納得した。集落とこの町しか知らない上、狩りしかして来なかった俺たちだ。討伐依頼が一番性に合ってるだろう。


「あのな、簡単な討伐依頼はみーんな取り合いなんだよ」


 そのままレナードは語った。自分の時はまだ、様々な討伐があったという。しかし、最近、比較的討伐依頼の多かった低級デモネシア族の依頼はほぼなくなったという。何でも、デモネシア族が団結するようになり、最近の討伐依頼は、ほとんどが統率されたデモネシア軍に対する軍隊からの支援要請、いわば傭兵のような仕事が主流になっているのだとか。


「今回みたいなドラゴン系の討伐なんて、滅多にねぇレア物よ」


 害獣類の討伐は、それこそたかが知れており、実力のない冒険者たちが群がっており、ほとんど受ける事ができないそうだ。その他の依頼は、町の便利屋的な仕事ばかりで、田舎育ちの野獣のような俺たちには向いてないという話だった。


「ただ、Aになると違う。その軍隊からの支援要請を受けられるようになる。この地域はまだまだデモネシア戦線に晒されてないから、依頼はねぇだろうけど……なぁ、爺さん?」

「……そうですね、レナード様のおっしゃる通り、討伐の依頼の数は非常に少なく、この町程度では、便利屋の仕事すら、取り合いになっている始末」


 ポッケルも理由を聞くと納得したようで、顔に不安の色はなくなって頷いていた。


「経験が足りねぇだけで、実力的にはちょっとしたデモネシアとも渡り歩けるんだよ、こいつら」

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