No.002 怒りの一撃
「女神アリエルの加護の元、この者に再び生きる活力を与えん、
俺にかざされた褐色肌に短い黒髪の修道服の中年女の手からは、青い光が放たれる。治癒魔法。実物を見るのも受けるのも初めてだった。全身に何か言い知れぬ力が巡り、千切れかけていた足が見る見る再生していく。その様子に感心している中、剣士の男が言った。
「こんな田舎集落に、これほどの実力者がいるとはねぇ」
腹にドデカい穴が開け、横たわるヒュドラを見上げながら、ニヘラと笑顔を浮かべている。
「もう動けるはずですよ、大丈夫ですか?」
女は俺にそう尋ねる。その言葉に頷きながら、思い出していく。
「……そうか、死にかけたんだな」
ぼそりとつぶやく俺をよそに、少し離れたところで倒れているロビンに駆け寄った治癒術師の手から再び青い光が放出された。ロビンも無事か。疲れ切った感覚で空を見上げ、改めて振り返る。
あの時、俺は感情のままにヒュドラの懐に入り、一撃をお見舞いした。それは、見てわかる通り、腹にドデカい穴を開けるだけの一撃だった。
だが、それですぐ息絶えるヒュドラじゃなかった。最後の力を振り絞ったのか、俺に嚙みついて来たのだ。その顎は頑丈で、全力を一撃に込めた俺には、振りほどく力も残っていなく、嚙み千切られかけている足の痛みに、もはや諦めていた。
シアル……ろくでもねぇ兄貴だったけど、一矢報いてやったぜ、へへ――
「グレンッ! 今助けるからっ!」
ヒュドラのウロコ越しだからか、とても曇った小さい声が聞こえた。その言葉に励まされ、痛みに耐え、もがいていると見慣れた剣先が、俺を挟んでいた口の中へ姿を見せる。そして、痛みが少し和らぐのを感じる。
「もう少しだ、頑張るんだ、グレンッ! 必ず、助けるからっ!」
今度はちゃんと聞こえた。ロビンの声が――
そこからは意識を失ったようで、記憶がなかった。飛竜を宥めていた魔術師の中年のプリムのデカいハットを被る全身真っ赤で長い黒髪の男が歩み寄る。
「君のおかげで憎きブルーヒュドラを仕留められたよ、ありがとう、若者」
そう声をかけられ、頭を撫でられた。それから、魔術師は剣士や斧士の元に歩み寄って談話を始めている。その様子を呆然と眺めていると――
「英雄だよ、グレン。君は僕の、いや、この村の誇りだ」
その言葉に振り返ると、グレンが立ち上がり、手を差し伸べていた。その手を掴み、立ち上がる。やっと、状況を完全に思い出した。向こうに倒れているシアル。あちこちに広がる惨状――
「しかし、申し訳ない事をしてしまったな」
斧を脇に立てた顎鬚が達者な中年の男が、集落の様子を見ながら悲しそうな表情を浮かべている。その様子に、剣士の男が肩を叩き、励ますように言う。
「あ? しゃあねぇだろ、逃げちまったんだから」
しゃあねぇ?
「すみません。私が進路を塞ぎ切れなかったせいです……」
そう口にすると、魔術師の男は頭を下げている。
「気にすんな。俺らは被害ゼロ。ブルーヒュドラ相手で誰死ななかったんだ、幸運だろ?」
気にすんな? 誰も死ななかった? 幸運?
「この村の方々に、安らかな眠りを……」
治癒術師はそういうと、アリエル教徒らしい祈りを捧げている。
「……ふざ、けんな」
俺は再び、頭に血が上ると同時に、剣士の首根っこを摑まえる。
「しゃあねぇだと? 幸運だと? この状況見て、よくそんな事を言えんなっ!」
剣士に向かって怒鳴る。俺より十以上離れているのだろうか、しかし中年というには若い。短くサラサラな金髪に整った顔立ちの青年は、俺を睨むと同時に手を振りほどくではなく――
「――ガッ!」
思いっきり左頬を殴って来た。殴られるとは思ってなかった俺は、何の抵抗もできずに、しかも意外と手加減なしだったのか、盛大に吹き飛んだ。
「おい、レナードッ! 何も殴る事はないだろう」
斧士の男が割って入る。追撃をしようとしていたのか、レナードと呼ばれた剣士の男は、その仲裁に、
「チッ……」
と舌打ちしているのが、振り返ると見えた。痛ぇ。物凄ぇ一発だった。今まで殴られたホミニスの誰よりも重い一発だった。親父より強ぇ奴がいたのか……
「――
転がった俺の元に駆け寄って来た治療術師の女が、すぐに治癒をしてくれる。
「レナードさん、彼はまだ子供です。分かってあげましょう」
女の言葉に、背を向けたレナードは、ハイハイとでも言いたげに、右手を上げ、フリフリと脱力してみせる。
「ごめんなさいね、坊や。彼なりの優しさだと思ってください」
優しさ? とても理解できる言葉じゃなかった。少なくても、今の俺には。
◇◇
港町アレンド。数万人が暮らすと言われる漁業が盛んな町だ。俺が住んでいたビルナッチからは徒歩で北西に半日程度でたどり着ける、唯一の交易相手だった。
そんな経緯もあり、俺もガキの頃に親父と来た事があり、見覚えのある景色に呆けていると、横を歩くロビンは少し浮かれているようだった――
「お前たちはどうする? 儂らはアレンドに向かうつもりだ」
殴られた後、斧士の男の意外な言葉に、俺とロビンは顔を見合わせた。村中確認したが、生存者は誰もいないと語り、残りたいなら残ればいいと告げる。選択は俺たち次第――
「……連れて行ってください」
迷う事なく、ロビンが独断でそう告げた。特に反対する理由はなかったから、止めもしなかった。だが、殴られたという記憶から、愛想よくできない俺に対して、ロビンは斧士の男や魔術師の男、治癒術師の女から懸命に話を聞いていた。
どうやら、このパーティはS級パーティらしく、ブルーヒュドラの討伐依頼でビルナッチの東の山の麓で戦っていたらしい。しかし、思わぬ抵抗と意表を突かれた行動に逃がしてしまい、追っていた先に俺たちがいたという事だった。
剣士がレナード。超強いそうだ。剣士の中じゃ、簡単に言えば規格外らしい。通りで拳一発が凄まじかった訳だ。
んで、斧士の髭親父は、バイクル。俺の倍くらいの長さの柄に、その半分くらいの横幅のドデカい斧を軽々と担ぎ、重装備で堅めている姿は、まるで将軍。と思っていたら、実際に国軍重歩兵団長らしい。
ロンゲおっさんの魔術師のルイ。飛竜使いでもあり、空から陸から遠距離で攻撃できる引っ張りダコの人気者らしい。今回の討伐に協力した理由は、故郷がブルーヒュドラに燃やされたから、だそうだ。
最後に褐色姐さんのエイル。何でも、アリエル教団の四大司教の一人らしく、普段は大司教として生活しているそうだ。今回の参戦は、東の大都市、バーレイルの民衆がブルーヒュドラに怯えている様を見過ごせないという理由だという。
実力者揃いだが、臨時パーティだった事もあり、連携不足もあって逃がしてしまった部分はある、とバイクルが語ると、レナードが一言、
「十分、連携できてただろ? 誰も死んでないのが答えだ。予想外な事なんて、A級以上の討伐依頼では当たり前だ」
そこからは、誰もその件について語らなくなった。純粋な冒険者は、剣士のレナードとルイの二人。後は、国から要請されたようなものだった。ルイは私怨だから、純粋に冒険者として、依頼を受けたのはレナードだけか。
俺は、ロビンと話す彼らの会話を聞いて、状況を勝手に理解しつつあった。討伐の報告を冒険者組合に報告のため、アレンドの町外れの大きな屋敷にたどり着いていた。
「これが冒険者組合」
ロビンは目をキラキラさせていた。確かに、狩りの最中で仲間の命を奪われるなんて日常だったし、それこそ、いきなりミルチの大群の通過に巻き込まれて死ぬ仲間もいたから、慣れちゃいるんだが――
切り替え早すぎんだろ!
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