第2話 Part.3

『なに?とりあえず、言ってみて』

「俺はあいつを事務所に引き入れたいと思う」

『は?!あんた正気なの?』


 想像以上の大きな声に思わず、スマートフォンを耳から離す。


『殺人犯を世に放つのよ?あんたは犯人がまた人を殺したら重い責任を取らないといけない。分かってる?!』

「ああ。こいつは警察じゃ手に負えない。それなら俺が側にいる方が手っ取り早い。あいにく事務所は極度の人手不足なんでね」

『……分かったわ。でもこれだけは約束して。犯人から目を離さないこと。一緒に行動すること。あと…


 次々と述べられる約束、一つ一つに返事をする。

 范睿は途中、彼女の“ありがたい”お話を聞くのに飽き、上の空でただただ同じような返事を動作として繰り返していた。しかし、そうなるのも仕方のないことだ。なにせ彼女の話は十分にも及ぶものだったから。


『范睿。分かった?』


 (よし!やっと長過ぎる話が終わったぞ。こいつは昔から話が長すぎるんだよ!!)


 范睿は頭の中で何度もガッツポーズをする。退屈な話を長く聞くのは彼が最も苦手とすることだった。

 喜びを声色にのせないよう、天井を仰ぎながら一旦深呼吸をする。


「ああ。めちゃくちゃよく分かった」

『ほんとに分かってるんだか……とりあえず、徐懍を事務所に所属させるのは認めるわ。署長にも話しておく。でも、少しでも問題が起きたらすぐにやめさせるから』


 范睿がありがとう、とお礼を言おうとした瞬間、電話が切られる。彼は繋がっていない電話に向かって「おい!」と文句を言った。

 

「やっと終わった?」


 いつの間にか椅子に座っている徐懍が頬杖をつきながら片眉を上げる。彼は何があっても余裕そうだ。


「終わった、終わった」

「それでどうなった?俺のことについて話してたんでしょ?」


 人を殺して重い罰を受けるかもしれないのにもかかわらず、口元にうっすらと徐懍は不気味な笑みを浮かべていた。


「どうなると思う?」

「そうだな〜。普通一人殺した場合なら懲役刑かな。だけど、俺は特能人だから死刑かも。あなた以外、俺を手に負える人はいない」


 そうでしょ?と期待を含んでいるような、あるいは試しているかのように范睿を見つめる。

 范睿は首を横に振った。


「お前は死刑でも懲役刑でもない」

「じゃあ、なに?もったいぶらないで教えてよ」

「俺の事務所で働いてもらう」


 徐懍は目を見開いて明らかに動揺しているような素振りを見せる。


「俺が、あんたの事務所で働くの?ほんとに?本当にそう言った?」

「ああ。言った」


 范睿には徐懍がどうしてこんなに混乱しているのか全く検討がつかなかった。しかし、既に働くことは決まっていたため、徐懍の腕を掴み、立ち上がらせる。


「覚悟しとけよ。俺はこう見えて結構スパルタなんだ」


 得意げに真逆のことを范睿は言う。

 新人にサボる方法を教えたり、事務所にさえ行ったりしない彼はスパルタとは程遠い。

彼自身、不真面目なのだ。

 徐懍はその言葉を聞いて、口角を上げる。


「あなたも覚悟して」


 まるでどこかの映画のワンシーンのようなセリフ。ここが取調室ではなかったら、どれだけロマンチックだろうか。

 范睿は徐懍の腕を掴んだまま、取調室のドアを開ける。そこには十数人の人がおり、彼の姿を見るやいなや、勢いよく近づいてきた。


「大丈夫でしたか?!怪我は?」

「全然!大丈夫」

「それなら、良かったです」


 強面の男は安堵したかのように、胸に手を当てる。

 すると、「范所長〜!!」と聞いたことのある声が後ろから聞こえてきた。


「おお!後輩くん!さっきぶりだな」


 劉浩宇が息を切らして范睿の前で立ち止まる。彼は黒い肩掛けかばんを持っており、范睿に手渡した。


「李先輩から話は聞いてます。これ、容疑者の貴重品です」

「ん。ありがと」


 范睿は自分よりもすぐ後ろに立つ徐懍に渡す。


「後輩くんも大変だな〜。李静にこき使われて。正直、嫌にならないか?気難しいし」


 劉浩宇は首を横に振りながら「いいえ」と言い、苦笑いする。


「李先輩は僕に色々なことを教えてくれるいい先輩です。いつか、先輩を守れるような強い男になりたいです。今は出来なくてもいつかは」


 范睿にとって彼の願いはささやかで小さなものだった。しかし、劉浩宇にとって李静は自分にはなれそうもないくらい大きくて偉大で、彼女を守りたいと発言するのはおこがましいような気さえした。

 范睿は表情を緩め、思いっきり彼の頭を撫でる。


「うん。それが聞きたかった!よろしくな。俺の幼馴染を」


 それだけ言い残し、彼はエレベーターの方へ歩き出す。

 劉浩宇は急なことに驚き、彼が目の前に居ないのにもかかわらず、「はい」と小さな声で返事をした。


「あなた

「その呼び方やめろ。気にしないで“范睿”って呼べ」


 悠悠とした足取りの徐懍が范睿の隣に並ぶ。


「……范睿は凄く慕われてるね。みんな特能人だって知ってるの?」

「ああ。でもあそこまで仲良くしてくれるのはごく僅かだ。俺の事務所は警察の機関だっていうのにここにはない。それが何よりの差別されてる証拠だよ」


 范睿は口からハッと乾いた笑いを漏らす。

 特能人の存在を世間一般の人は知らない。いや、隠されている。それは世間の混乱を避けるためでもあるし、特能人同士が手を組むことを防止するためでもある。

 今から五年前、特能人による大規模な殺人事件が国内で起こった。犠牲者数は百二人。当時、警察の中でも特能人の存在はあまり知られておらず、解決は難航した。しかし、そんな事件を一人でそれも短時間で解決したのが、特能人である范睿だった。

 警察署長はそんな頭脳明晰で強い范睿を見込み、“特能対策部”を警察署内に作ろうとした。だが、警察署内で反発の声がそれはもう沢山署長の元に寄せられた。

 特能人と互角に闘える普通の人間なんていない。必然的に特能対策部は特能人“だけ”の組織となる。それを警察官達は酷く恐れた。

 『あんなバケモノたちが同じ職場に居るなんて耐えられない』

 『きっと特能で警察を乗っ取る気だ』


 署内を歩くだけで周りの人が范睿を指さしながら恐れた目つきでみる。物を投げつけられたこともあった。

 警察署長はそれでもこの計画を実現したかった。そのため仕方なく警察署外に特能対策部を設立した。

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