第2話 Part.2

范睿は椅子に座り、劉浩宇から貰った書類にざっと目を通し、取り調べを始めた。


「はじめまして。俺の名前は范睿。二十九歳だ。お前は?」

「…………」

「いいよな〜、大学生。大学では何を専攻してる?俺なんて大学生の頃は留年ギリギリでいつも幼馴染に頼ってたよ」

「…………」

「好きな食べ物ある?俺は甘いものが好きだな」

「…………」


 范睿がいくら話題を振っても徐懍はずっと下を向いて黙っている。こんな頑なに無視されるのは初めてだった。


「お〜い。徐さ〜ん。徐懍聞いてるか〜?」


 やはりなんの反応もない。范睿はつまらなくなり、体を大きく伸ばす。その時、徐懍の指から青く光るものが見えた。目を凝らしてみると、左手の薬指に青い天然石のようなものがはまっている指輪をしていた。范睿はなんだか凄く気になり聞く。


「お前、その指輪、なんだ?」


 徐懍はすぐさま右手で指輪を覆い隠す。明らかに瞬きの回数が多くなっており、動揺していることが分かった。


「薬指ってことは恋人か?いいな。お前の好きな奴はどんな人なんだ?綺麗系?それとも可愛い系か。ちなみに俺は綺麗な人がタイプだな」


 范睿はここぞとばかりにたたみかける。


「ここには俺とお前しかいない。俺にだけ秘密で教えてくれよ。な?」

「あんたには関係ない。さっさと本題に入って」


 初めて聞いた徐懍の声は地を這うような低い声だった。

 徐懍は目の前に座る范睿をキッと睨みつけながら続ける。


「あんたが本当に聞きたいのは事件のことだろ?さっさとしてくれ」


 范睿はついさっきまで目の前の男が白百合のようだと思っていた自分を殴りたくなった。こいつは全然白百合なんかじゃない!

綺麗な見た目をしていながら毒を持つスズランじゃないか!

 なんとかイライラするのを落ち着けて、目の前の相手にきちんと向き合う。


「分かった。なら単刀直入に聞こう」


 范睿は口角を上げて、身を乗り出す。


「お前はどんな特能を持っている?」


 徐懍はニヤリと片方の口角を上げる。しかし、目は少しも笑っていなかった。獲物を狙うような目つきでじっと范睿を見つめている。


「何のこと?特能なんて聞いたことない」

「なら、教えてやろう。“特能”っていうのは特殊な能力のことだ。普通の人間には出来ない事ができる。例えば、重いものを軽々持ち上げれたり、火を操ったり、氷で色んな物を凍らしたりな!」

「何が言いたい?」


 范睿は「もう分かってるだろ?」と問いかける。 

 徐懍は足を組み、「分からない」と首を傾げた。


「お前が殺した王梅鈴。彼女はただの凍死じゃない。心臓を一瞬で凍らされたことによって死んだんだ。こんなこと特能人以外、誰が出来る?」


 劉浩宇に貰った司法解剖の結果。不審な点というのは心臓が凍っていたということ。そして、死んでから一週間経っているのに溶けていないということだった。

 范睿は言ってやったぞという達成感から勝ち誇ったような表情をしている。

 実際、彼も特能人でとてつもなく強い。今、徐懍が襲いかかってきたとしても余裕で倒せるだろうと思っていた。


「そうだな。大正解」


 徐懍が右手でパチンと音を鳴らす。その瞬間、取調室の電気が消え、真っ黒になる。

 范睿はゆっくり椅子から立ち上がった。彼にとってここでの戦闘は慣れっこなのだ。


「おいおい。こんな狭い部屋で何をするつもりだ?俺の心臓を王梅鈴と同じように凍らせる気か?」

「それはどうだろう?」


 范睿は手から火を出し、視界を明るくする。その時、自分に向かって猛烈なスピードで長細い巨大な氷が向かってきているのが見えた。すぐさま、避ける。


「そんなんじゃ当たらないぞ」


 范睿はあえて煽る。しかし、内心では焦りまくっていた。彼が思っていた以上に徐懍は強すぎたのだ。

 徐懍は笑いながら沢山の大きな氷を一気に作り出し、攻撃する。

 范睿は必死に避けながら、ズボンの後ろに入れていた拳銃を取り出し、迫ってくる氷に向けて打つ。銃弾は炎をまといながら命中した。


「あんたも特能人なんだ。しかも炎の使い手」

「それがどうした?」

「いや、昔のことを思い出した」


 徐懍は不敵な笑みを顔全体に浮かべる。何を考えているのか全く分からない。


「范所長!范所長!大丈夫ですか?!」


 取調室のドアが叩かれる。

 范睿は大声で「入ってくるな!」と叫んだ。銃を両手でしっかりささえる。彼は徐懍の動きを陣で封じようとしていた。

 そんな時、ぱたりと攻撃が止む。范睿は銃を持ったまま「どういうつもりだ?」と問いかける。


「俺は殺し合いをするつもりはない。ただあんたの実力が知りたかっただけ」

「そんなに俺のこと気になってたのか。どうもどうも」


 暗闇の中、范睿は徐懍の指輪の青かった石がオレンジ色に光っていることに気づく。


「おい!その指輪一体何なんだ?普通の指輪じゃないだろ」


 徐懍は言われて初めて気がついたのか、指輪をしている薬指をじっと見つめる。そして右手でぎゅっと握った。再び指をパチンとならし、電気をつける。

 范睿は不審に思いながらも椅子に座った。


「徐懍。お前がまさかこんなに強いとは思わなかった」

「そう?俺ってそんなに弱く見える?」

「まぁな」


 范睿は立ったまま腕を組む徐懍をじーっと見つめる。するとそれに気づいたのか、目が合った瞬間に徐懍は麗しい笑顔を浮かべた。

 たとえ恋愛対象でなくても、綺麗な人に微笑まれると胸はドキドキするもので。范睿はごまかすように咳払いをし、立ち上がる。そして李静に電話をかけた。

 彼には解決しないといけない問題がある。それは徐懍の処罰についてだった。

 

「もしもし。李静。話したいことがあるんだけど今、大丈夫か?」

『ええ。大丈夫よ』


 電話の向こうから電話の鳴り響く音や、大勢の話し声が聞こえる。彼女は今も忙しいのだろう。 

 范睿は早口で喋る。


「今さっき徐懍の取り調べをした。あいつは特能人だ」

『特能人?!本当に?』

「ああ。しかも相当強い。俺はあんなに強い奴を他に知らない」

「ありがとう」


 徐懍がクスクスと口に手を当てて笑う。范睿が睨むと声には出さず口だけで続けて、と言った。


「それで俺には考えがあるんだけど、また李静に迷惑がかかるかもしれない」


 李静が電話越しで大きなため息をつく。彼女が頭を抱えているのが容易に想像できる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る